第7話 震天不動②
「ごめんなさい、まさかリーリヤがあんなになるなんて、あたし思わなくて……」
目覚めたわたしは船室にいた。
どうやら気絶した後運ばれたようだ。
リーリヤが枕元に座って謝罪している。
そちらに反応する前に、医療キットや医務室へ寄った形跡を調べる。
使った形跡はない。
最初に言った医療記録を残さないようにするというわたしの言葉をフォスはきちんと守ったようだった。
「あの……リーリヤ、大丈夫……?」
そんなわたしにフォスが再度、おずおずといった様子で声をかけてくる。
一通りの確認と身体の状態を判断してから反応する。
「はい。問題はありません。まさか、毒を盛られるとは」
「毒じゃないんだけどね……えっと、熱かった?」
「はい。焼きゴテかと思いました」
「で、辛かった?」
「……辛い……? 舌を針で刺されたあの感覚のことでしょうか」
「………………」
フォスがなにやら考え込んでいる。
一体何を考えているのやら。
まったく、あのような兵器を出してくるのなら、わたしの排除を検討?
しかし、目的を果たす上で非合理的だ。
などと考えている間に、なにやら彼女の中で得心に至ったようで頷いてから、まるで子供に諭すように説明を初める。
「えっとね、リーリヤ。たぶんリーリヤはすんごい猫舌で、辛い物が苦手なんだと思う。あまり辛くないようにしたんだけど、ごめんなさい。まさかあんな風になっちゃうなんて思わなくて」
「なるほど……?」
わたしは即座に猫舌と辛いを検索する。
なるほど、高温のものを飲食することが苦手な人および、その状態。
温かいものや熱いものを食べたことがありませんでしたから、知りませんでした。
それであの舌を針でさされたような、ピリっとした感覚が辛いということですか。
「あの、もしかしてなんだけれど……辛い物食べたの初めて?」
もうムキになることもないか。
わたしは嘆息しつつ白状することにする。
「辛い物どころか、アルバトロス以外のものを食べたことはありません」
ヴァイオレットお嬢様のところにいた頃から、食事といえば基本的にあの完全固形栄養食アルバトロスだけだったから、まったく知らなかった。
アルバトロスはそれだけで日々を過ごすに必要十分な栄養を摂取できる、超高効率な食物だ。
これだけあれば、理想的成長ができるとすらネットの地下付近ではうそぶかれている。
実体験なのでそれは事実だ。
栄養状態が悪かった幼少期を送ったわたしが、このように非常に豊満かつ理想的な体型に成長できたのもアルバトロスのおかげと言えるだろう。
そして、アルバトロスには一切の味がない。
だから、食物はみんなあんなものなのかと思っていた。
「ああ……」
わたしの言葉を聞いたフォスが、悲しそうな顔になって目を覆いました。
どうかしたというのか。
それからしばらく待っていると、なにやら決意したようにわたしを見つめてくる。
なんだか面倒なことになりそうな予感がする。
「わかった、あたしがこれから毎日ご飯を作る!」
「その必要はありません。わたしにはアルバトロスで十分です」
「ダメ!」
「強情ですね。今まで問題ではなかったのに、今更どうしたというのです」
「確かに、今更だけど。アルバトロス以外食べたことないとか聞かされたら、もう色々美味しい料理食べさせたくなるでしょ!」
ふむ、特殊な性癖ということか。
まったく世の中は広い。
このような性癖の持ち主もいるとは、なんとも奇特なものだ。
「なんかすんごい失礼なこと考えてない?」
「いいえ、世界は広いと思っただけです」
「なぜに!?」
そんなやり取りがあってからさらに二サイクル。
合計四隻のAI貨物船を乗り換えて、わたしたちはようやく目的地の惑星ファルクト、その一歩手前のステーションまでやって来た。
「うわぁ……」
宇宙港からステーションの居住モジュールまでやってきた。
このステーションは工場労働者のために作られた娯楽ステーションで、今までのステーションと違って多くの人がいるし、開放型の大天井からは惑星ファルクトとその十七の衛星を眺めることができる。
それを見上げて、フォスは間抜けな顔をさらしている。
「口が開きっぱなしですよ」
「だって……こんなのあたし初めてで……」
確かに初めて宇宙に出た時、このように自分がちっぽけに感じるほどに巨大な惑星や広大な宇宙を見た時は、こうなる。
窓もない貨物船での旅を続けていたから、今さら実感が来たのだろう。
こうして見れば、やはり年相応の子供だ。
かといえば、先の料理の一件のように強情にもなる。
まったくわからないものだ。
わたしはフォスを置いて、先へと進む。
目的のオリクト・タリスマンは、惑星ファルクトにいる。
まずはこの娯楽ステーションから、衛星のひとつに渡りそこから資材を運ぶ資材船に乗り込んでファルクトに降りたいところだ。
まずは、衛星へ渡る方法を探す。
「あ、待ってよ!」
わたしが先に行っていることに気がついたフォスが慌てて追いかけてくる。
「別について来る必要はないですよ」
「七星剣に会わなきゃ姉さんがないかわからないもん。ついて行かなきゃ」
「そうですか。子守りはしませんのでそのつもりで」
「わかってる。子供扱いしないで」
警告はした。
あとは自己責任だ。
「しかし……」
娯楽ステーションというからには、もっと活気にあふれているものかと思ったが、ステーション内はどんよりとした空気が蔓延しているように思えた。
道行く人たちの顔は疲れ切っていて、楽しんでいる風ではない。
酒場にいる人たちも、好きで飲んでいるというよりかはどこか義務的なものを感じる。
「なんだかみんな元気ないね……」
「わたしたちには、関係ありませんね」
疲れ切っているなら好都合だ。
警備にもほころびが出ている可能性がある。
「あっ」
ふと歩いていると、目の前で人が倒れていた。
「大丈夫ですか!」
フォスが駆け寄る。
「助ける気ですか」
「当然じゃないですか! 大丈夫ですか」
「なにか……食べ物を……」
「わかりました、今すぐ買ってきますね。リーリヤさん、お金貸してください」
……仕方ないですね。
百万クレジットで良いでしょうか。
「ちょ、なんて額渡してるんですか!?」
「少なかったですか?」
「多すぎです! 千クレジットくらいで十分ですから!」
「そうですか」
食料の値段はみないから知らない。
アルバトロスは基本業者からまとめて箱注文するので、大体これくらいの額になるのだが。
フォスが市場に走って行って、わたしはその間、男の見張りだ。
といっても男は動けないようで、ずっと倒れている。
「……わかります。そうやってずっと、倒れているしかない……」
誰かが来るまでは。
「いやぁ、助かりました」
フォスが買って来た食事を平らげて、男とはすっかり回復したようだった。
「困った時はお互い様ですから。でも、どうしてあんなに空腹に?」
「金がないんだよ。俺は、あの衛星工場で働いてる。けど、朝から晩まで働いても、まともな食事もできねえ」
「そんな……」
「それなら辞めれば良いのでは」
わたしの指摘に男は鼻で笑う。
ムカッ。
「辞められるならやめているさ。少しでも文句を言ったり、逆らったりしたり、辞めようとしたら、アレを見てくれ」
男がステーションの天井付近を示す。
そこには白いドローンが飛んでいる。
アイテール銃器で武装した戦闘用飛行ドローンだ。
「アレで殺されるということですか」
「そういうことだ」
「酷い……」
だが、おかげでこのステーションの現状にも納得がいく。
「くそ、何が七星剣だよ。なにが英雄だよ。俺たちを奴隷みたいにこき使いやがって……!」
どうやら随分と好き勝手やっているようだ。
「リーリヤ……」
何とかしたいとフォスの目が雄弁に語る。
「もしかしたら何とかできるかもしれません」
「本当か!」
「そのためには誰にも気がつかれず衛星工場に行きたいのです。できれば、ファルクトに資材などを送る予定のある衛星工場に」
「あんたら……いや。それならうってつけの奴がいる」
男が言うには、金を払えば目的地に運んでくれる非合法の運び屋がこのステーションにはいるという。
その運び屋なる男との接触方法と会う際のルールを男は教えてくれた。
「ほら、やっぱり助けて良かったですね」
おかげでフォスは得意満面だ。
娯楽ステーションの下層の方にある、多少アングラな遊びが行える区画のあらかじめ指定されたポイントにつくと既にそこには運び屋と思われる男がいた。
優男にも見えるが、この時代見た目と戦闘能力は比例しない。
少女型の義体が最新鋭戦闘義体の特殊部隊を壊滅させたという事件もある。
相応に心得と戦闘能力を持っているとして警戒しながら近づいていく。
「そこで止まれ」
路地の入口で止められる。
逆らう気はない。
言う通りにする。
「あなたが運び屋ですか」
「ルールその一、質問はなしだ。積み荷と運び先だけ教えろ」
「積み荷はわたしたち。直近で、資源をファルクトに送る予定のある第五衛星へ」
「良いだろう。前金で五千。到着時に残り五千だ。支払いは――」
「――現金払いですね?」
「ああ。ルールその二、報酬は現金払い」
今の時代、現金で取引などどこも行われていない。
サイボーグ化していれば、いつでもネットに接続しているおかげですべて電子決済する。
現金を持ち歩くのは、よっぽどの変わり者くらいか、懐古主義者くらいだ。
しかし、電子決済と違い足はつかないことから価値あるものを現金として取引を行う者たちがこの銀河には少なからずいる。
「現金なんて、あるの……?」
「もちろん用意しています」
この運び屋の話を行き倒れた男に聞いたときに聞いていたから用意している。
ルールを厳守すること。
必ず仕事を完遂する。
現金あるいは現物の払いでしか仕事をしない。
「どうぞ」
スカートの中から取り出した現金として用意した宝石が入った袋を運び屋の足元へ放り投げてやる。
「おまえ……」
何やら言いたいことがありそうであったが、一瞬、躊躇ったあと運び屋は袋を受け取りその場で数え始めた。
「宝石か……確認した。依頼を受けよう。ついて来い」
運び屋が歩き出したので、距離を詰めないようにしてついていく。
「わわっ」
またも何もわかっていないフォスが慌てた声を出しておっかなびっくりついてくる。
彼について行った先には、建造時の資材搬入ドックがあり一隻の高速艇が鎮座していた。
どうやら漆黒のそれが運び屋の船であるらしい。
「乗れ。ルールその三、俺の指示は絶対。なにがあろうとも俺に従え」
「かしこまりました」
「はーい」
わたしたちにあてがわれたのは貨物室だ。
本当に積み荷としての扱いだけなのだろう。
「大丈夫かな……」
その扱いに不安そうにフォスが呟いた。
「これを被っていろ」
そんなフォスに彼は毛布を投げ渡す。
「あ、ありがとうございます」
「空調はない」
この運び屋、意外に子供には優しいのかもしれない。
あとは貨物室の扉はロックされ、わたしたちは到着を待つまでになった。
確かに空調がないため、温度が低い。
わたしのメイド服は船外活動もこなせる宇宙仕様であるため、この寒さは問題にならない。
驚くほど振動がなく、動いているのかもわからないほどの熟達した操縦で運び屋はわたしたちを目的の衛星工場へと運ぶ。
娯楽ステーションから丁度、ファルクトを挟んだ反対側の衛星工場まで五分とかからずに到着する。
貨物室のロックが解除され、運び屋がわたしたちを外へ出す。
工業パイプが乱雑に絡み合っていて、周囲からは止まることのない駆動音が響いている。
「到着だ」
「どうぞ」
後金を支払い、これで取引は終了だ。
「この後はどうするつもりだ」
「AI貨物船でファルクトに入ります」
「何をするのか知らないが――」
運び屋はフォスを一瞥する。
「子供を危険にさらすのは感心しないな」
「勝手についてきているだけです。噂の運び屋は子供には優しいのですね」
「……行け。俺はまだここにいる帰りが必要なら依頼をしろ」
帰りの足にもなってくれるらしい。
足のつかない移動手段としては、AI貨物船があるがそれが使えない場面があるかもしれない。
その時には世話になるとしよう。
「はい、そうします」
「あの、ありがとうございました」
ぺこりとフォスが律儀に礼を言っていた。
わたしは何も言わずさっさとファルクト行きの船を探す。
「良い人だったね」
「ロリコンなだけでしょう」
「ロリコン……?」
「見つけました」
ファルクト行きのAI貨物船を見つけた。
ちょうど発進間際で、運び屋の仕事っぷりの良さを再認識する。
いつもの手段で貨物として乗り込み、ファルクトへと降下。
そこに広がっていたのは、どこまでも構造物が続く異形の光景であった。
もはやファルクトの本来の地表は見ることはできないだろうと確信させるには、積み重なった構造物の果てや階層数が見えないだけで十分だった。
さらにそれらの間を歩き回る、生物めいた純白の異形の建造ドローンは、先ほど届いたばかりの資材を捕食するように内部に蓄えて、図面通りに構造と構造を接着、
あるいは断絶させその間に新たな構造を構築する。
「うわぁ……すごい……。なんなのこれ……」
「ここの案内板によれば、全て工場とのことです」
「すごい、何を作ってるんだろう」
「少なくともここ三年、ファルクトから何かが輸出されているという記録はないそうですよ」
「へぇ……」
それに、見たらこれは工場でないことがわかる。
まるで生き物のようだと思った。
今もなお成長を続ける、巨大な生き物。
ひとつの構造体だけでも数千キロ近くはあるのではないだろうか。
この惑星はいったいどれほど改造され、どれほど巨大に膨れ上がったのだろうか。
人類の居住を考えた改造ではない。
目的すら見えない機械化、工場化は幾何級数的に加速し、この惑星を膨れあがらせていく。
こんな広大な世界から、いったいどうやってオリクト・タリスマンを探せばいいのか。
途轍もなさに途方に暮れることになりそうだ。
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