第3話 自在流弾③
戦場を離れて幾久しく。
されど驚愕困惑の中でわたしの剣に反応して見せたヒルードーは、かつて勇名を銀河中に馳せた古強者であるだけのことはあった。
神速の拳銃抜刀。
抜き放たれた橙鋼の輝きを放つ冷え冷えとした銃は、しっかりとヒルードーの両の手に握られて、狙いもつけぬ間にトリガーが引かれる。
しかし、そこは自在流弾という名をほしいままにした拳銃の使い手であるヒルードーだ。
暗い闇の中で放たれたアイテールにより形成された弾丸は、わたしの眉間寸分たがわずへと迫っていた。
「フッ――!」
呼吸ひとつ。
内力を練り上げる。
全身へと巡らせ、そのアイテール弾へ向けて妙月を振り下ろした。
強い衝撃と金音が鳴り響き、少女の悲鳴が木霊する。
「きゃあ!?」
次々と放たれるアイテール弾の全てをわたしは斬り伏せ、弾いていく。
この程度は剣豪の嗜みだ。
だからこそ、わたしは最初の相手にこの男を選んだのだ。
七星剣で唯一銃を用いた銃拳法を用いるヒルードーとは相性が良い。
「クソが、貴様、オレの弾を!」
ヒルードーに喋る余裕があるのは、彼が全身を機械化しているからだ。
本質的に呼吸の必要がない彼は、呼吸が重要なわたしと違って戦闘中だろうといくらでも言葉を吐くことができる。
ズルい。
おしゃべりは女の子の特権のはずなのに、わたしだけが黙って刀を振り続けなければならないというのは不公平だろう。
それなら機械化しろと言われるだろうが、わたしは生憎とアイテールを持たない上に、アイテールに干渉できないという異常体質を持っている。
おかげで機械化不可の
だから、粛々と呼吸を整え、内力を練りながら刀を振るしかない。
この部屋に窓はない。
狙撃を警戒したのかもしれないが、おかげで出るためにはわたしの後ろのドアを通らなければならないから必然、ヒルードーはわたしを倒すしかない。
このまま弾丸を斬りながら接近すれば、わたしの勝ちだが――。
「舐めるなよ、小娘が!」
七星剣に属し、自在流弾の名を得たヒルードーの拳銃は伊達ではない。
大気中、あるいは己のアイテールを使用することで弾数は無限であり、その弾丸の性質も自由自在。
旧時代のリボルバー風の見た目であっても、ライフル弾の性質に変化させたり、爆裂弾にしたりと弾丸は変化させられる。
これもアイテールの恩恵であり、わたしが得られないものだ。
そして、それらは彼の名に花を添えるだけのアクセサリー。
彼の本領はここから。
「ッ!」
弾丸に殺意はないが、アイテールに殺意は乗る。
だからこそ気がつける。
背後から来る弾丸を振り向きざまに迎撃する。
次は右方。
その次は下方。左方。上、下、左右、どこからでも。
縦横無尽に、弾丸がわたしを襲う。
銃というものは弾丸をまっすぐに放つものだ。
アイテールの弾丸と言えども、かなり無茶をしなければ弾丸を曲げることはできないいし、そうすればするほど威力が落ちる。
しかし、この弾丸の威力はまったく落ちていない。
理屈は簡単だ。
「跳弾」
「自在流弾の真骨頂、いつまで捌き切れるかねェ!」
襲い来る弾丸の数は、彼が引き金を引くたびに加速度的に増えていく。
きちんと迎撃しなければ、それは止まらない。
弾こうものならば、弾いた弾丸をさらに彼は弾丸が弾いて跳弾の檻へと加えてくる。
わたしは、弾丸の檻に閉じ込められたネズミのようなものだった。
人間技を超えている技術だが、サイバネティクス全盛の時代において跳弾させるだけならば難しいことはない。
人の頭脳の性能はもはや人間のそれではなく、スーパーコンピューターと同等の域にまで達している。
計算力と制御プログラムさえきちんとしていれば、跳弾は誰にでも行える。
だが、それだけならヒルードーは自在流弾と呼ばれてはいない。
彼の跳弾はただの跳弾とは違う。
その全てが必殺。
例え迎撃された弾丸であろうとも、再び跳弾させ、己の制御下へと堕とす。
完全なる弾丸制御による剣豪殺し。
戦場すべての弾丸すら手中に収める絶技を支える計算能力と義体制御技術こそが自在流弾ヒルードー・ニックスという男の本領だ。
刀一本では迎撃しきれず、わたしの肉体に赤い筋が増えていく。
一発で殺さないのは、彼の嗜虐心の発露。
ヒルードーは、その傷から流れ落ちる血の甘美なにおいを嗅いで嗤っている。
この男は、すぐには殺さない。
楽しんでから殺す。
「オラオラ、どうしたァ! その程度か! 婆の虚空発勁が使えるからどんなもんかと思ったが、この程度かよォ!」
時を経るごとに弾丸の数は増していく。
今や何発の弾丸がわたしを狙っているのか、わたしにはわからない。
いつものことだと思うが、得意満面なヒルードーだけが気に喰わない。
まずは、その笑みを凍り付かせてやる。
跳弾の檻に閉じ込められて以来、動けなかったわたしは初めて動く。
前ではなく、今度は左右へ。
この狭い部屋をそれでも一杯に使って、わたしは駆けまわる。
軽身功の妙技により、人間の駆動限界へと達し韋駄天の如き、跳躍と疾走を見せてやる。
「ハッ、遅い遅い!」
だが、強化された視覚素子は例え音速であろうとも正確にとらえることができる動体視力を与える。
特にヒルードーは、弾丸使いだ。
その軌道をより正確に把握するために、動体視力は限界まで強化している。
わたしがどれほど功を使って素早く動いてもスローモーションと変わらないように知覚しているだろう。
だが、それでも動き回る相手に跳弾で狙い続けるのには限界があるはず――。
「――なんて考えたか! 動く的だろうが何だろうが、この自在流弾からは逃れられねェよ!」
「でしょうね」
「――ッ!!」
わたしが言葉を発した時、もはやわたしは彼の眼前にいた。
ヒルードーの笑顔が凍り付く。
「オイオイオイ! オレの檻を、あれだけの弾丸を! 全部斬り伏せてきたってのか! あり得ねェ!」
「はい、ありえません」
元よりあれほどの弾丸、如何に歩法を駆使したとしても躱しきれるものでもなければ、内家拳法の使い手として熟達しているとは言えども斬り伏せられるものでもない。
何事にも限度というものがある。
「気になるならログを確認してみればよろしいですよ」
ヒルードーの瞳が宙を泳ぐ。
ログを確認している。
それで彼は気がつく。
「躱さずに、喰らいやがったな……!」
わたしの身体にはいくつかの穴が空いていて、血が流れだしていた。
そうわたしは、弾丸を身に喰らうことにした。
弾いても跳弾させられて弾丸が減らないのであれば、減らすにはどうしたらいいのか。
どうすれば相手の制御から外れるのか。
それは簡単だ。
相手に当たった弾を弾こうとするヤツはいない。
貫通でもすれば別だろうが、跳弾させるという意味合いから極度に貫通力は高くないだろうと予想して、わたしは硬化功を用いて弾丸を体内に受け止めることにした。
クソほど痛いものの、それで増え続ける弾丸はいくらか減る。
それを悟らせぬようにいくらか完璧に斬れるヤツを斬り伏せてブラフを蒔いてわたしは接近した。
「テメェ、正気か! 生身だろうが!」
そうだ、わたしは生身だ。
サイボーグのように壊れたら別の部品に換装すれば傷が治るというわけではない。
傷を受ければ、それ相応に治療や治癒の時間が必要になる。
下手な欠損でも受ければ、致命的であり武術家としての生命自体が断たれかねない。
疲れれば判断力が鈍り、血が失われればそれだけ技の冴えも失われて行く。
そんな生身で弾丸を受けるなど自殺行為に外ならない。
いくら功をもって強化した肉体だろうとも自在流弾の弾丸は貫くだけの威力を持っているのだ。
だから、今クソ痛い。
蹲って呻きたいとすら思ってしまうほどに痛い。
「それがどうしました。ラヴェンデル家が受けた屈辱はこの程度ではない」
だが、そんなことはなにひとつ関係ない。
わたしがやるべきことは自明であり、それを成すためならばわたしは例えどのような苦しみを受けようとも構わない。
「ラヴェンデル家……は、はははは! そうか、オマエはそうか! あの時の、あの出来損ないのメイドか!」
仇は六人。
わたしが仕え、全てを与えてくれたラヴェンデル家を、ヴァイオレットお嬢様を裏切った七星剣。
その全てを殺すまでわたしは悪鬼羅刹を従える修羅の復讐鬼だ。
どれほど血を流そうとも、傷を受けようとも止まるものか。
身体が動いて、刃がふるえるならばそれで構わない。
「おまえたち全員を殺す! 例え何があっても、何をしようとも! おまえが先ぶれだ! 地獄で他の六人の席を用意しておけ、ヒルードー!」
「地が出てんぞ、出来損ない! 地獄に行くのはテメェだ!」
ヒルードーがわたしに銃を向けるが、この距離はわたしの間合いだ。
銀河内家が衝天流剣術――滝落とし。
斬るでなく刀に重さと硬さを与えて叩き潰す技。
それをヒルードーは、双頭の銃を盾として受ける。
「チィ!」
そうだ、この一撃は斬るためのものではない。
相手の得物をダメにする。
そのための技だ。
ヒルードーの銃は強靭だろうが、内家の達人の前ではそんな強靭さなどないに等しい。
外装を凹ませ、内部機構のいくつかを機能不全に追い込むことくらい朝飯前だ。
これで、自在流弾の名は失われる。
それでもヒルードーは七星剣。
銀河において最強の名をほしいままにしていた七人の武人のひとりだ。
このような窮地など何度も乗り越えてきた。
「離れろ!」
細身に見える彼の総身は、全身すべて例外なく機械化された戦闘用サイボーグだ。
彼の本領をもってすれば、その身をそこらの達人以上に扱える。
再び剣を振るうわたしに対して、デスクを足の指先だけで背後から強襲させることすら朝飯前だ。
ヒルードーが警戒すべきは、神妙な剣術ではない。
彼が真に警戒しているのはこの部屋に入った時にわたしが使った虚空の技。
アイテール技術を無に帰す絶対の刃。
それを受ければ、最新鋭のサイボーグであろうとも一撃で絶命する。
だからこその一手だ。
「チッ!」
デスクを斬り裂くという一手の間をヒルードーに与えてしまえば、義体出力を利用して、壁をぶち破り、彼は外へと身を躍らせて距離を開けられてしまう。
せっかく接近したのが無駄になる。
だからこそ、ホロネオンの輝き照らす歓楽街へと飛び出すヒルードーをわたしは躊躇いなく追う。
「逃がしません」
艶やかな娼婦に姿を映し出すホログラムが、わたしとヒルードーの間で腰をくねらせて踊っている。
「カカ逃げる? 何でテメェから逃げなきゃいけねえんだよ。テメェは満身創痍。オレァはまだこいつが少し撃てなくなっただけ。どっちが有利かなんざわかんだろうが」
「…………」
確かにわたしは先ほど弾丸の檻を抜け出す際にかなりの数被弾している。
急所だけは避けたが、全ての弾丸を体内に留めなければならなかったために、かなりの重荷を背負わされている。
急速に抜けている生命力をどうにかこうにか、内力を用いて引き留めているだけに過ぎない。
早く決着をつけなければ、ここでわたしの旅は終わることになるだろう。
「オレァ、テメェが死ぬまで待ってりゃいい。けどなァ、この世界、それじゃあわたっていけねえ。だから、抜けよ。釖装戦で決着だ」
それは、ヒルードーにとっては一方的虐殺の宣誓のはずだっただろう。
「もとよりそのつもりです。この身ひとつで決着がつくとは思っていませんでしたので」
「なに……?」
わたしは妙月を鞘に納める。
真の戦いはここからだ。
これがなくては、剣豪同士、武人同士が戦ったことにはならない。
半端では終わらせられない。
「何か知らねえが、死ねよ、虚空使い。抜けば魂散る、橙の刃――銃理抜刀」
わたしが望むのは完全なるヒルードーの敗北。
それをもってしか、主の屈辱は雪がれない。
「抜けば魂散る、紅の刃――剣理抜刀」
宣誓口上を述べる。
お互いに理を抜刀する。
これこそは、必ず相手を殺すという剣豪同士の宣誓歌。
遥か剣豪星より、それは来た。
轟音、衝撃。
数多の障害に穴を穿って二体の釖装が並び立つ。
そこに来たのは紅と橙。
二体の巨大な鎧武者。
わたしの釖装――八代妙月と、ヤツの釖装――土龍双頭。
釖装の
「なんなの、これ……」
もはや少女には呆然と呟くことしかできなかった。
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