第2話 自在流弾②

「あ、あなた、は……?」


 少女は、いきなり現れて男たちを殺しダストボックスに折りたたんだメイドのことを警戒しているようだった。

 それも当然だろうので、特に思うところはない。


「ただのメイドです」

「……ただのメイドが、ニックスの手下を倒せると思えないんだけど……」

「わたしはスーパーなメイドなので」

「さっきただのメイドって言った……」


 中々どうしてこの少女は見た目通りに弱いということはないようだ。

 人死にや窮地からの脱出直後に、ツッコミもできる精神状態であるということは、それなりに苦労してきたのかもしれない。

 それは好都合だ。


「受け答えも正常。大きな怪我もないようですね。では、さようなら」


 わたしはさっさとこの場から立ち去ることにする。

 この少女ならこのままにしても大丈夫だろう。

 きっと自分で強く生きていけるに違いないということがわかったので、わたしはさっさと目的を果たすためにヒルードーのところへ向かわんとした。


 しかし、そのわたしの手を少女が掴む。


「待って!」

「構っている暇も義理もありません」

「ヒルードーのところに行くんでしょう、あたしも連れて行って!」

「子供の遠足ではありません。わたしは保育士ではなくメイドであり、主人の命を実行するのが仕事です。あなたの相手をすることは仕事に含まれていません」


 明確に拒絶するが、機械化されていないはずの少女の力は意外にも強かった。

 引きはがせないことはないが、必死であることが伝わる。


「なら、あたしが主人になる! だから、連れて行って!」

「わたしの主人は決まっています。あなたではありません」

「連れて行って!」


 話を聞いていないのか、聞く気がないのか。

 翡翠色の瞳がわたしの瞳を睨みつける。

 この目をわたしは知っている。

 何があってもこの手を離さないし、目的を達成してやるという頑固者の目だ。

 この手の目を持った者は、手を振り払おうが、何をしようが最終的に目的を遂げてしまう。


 わたしは嘆息する。


「はぁ……なぜ連れて行ってほしいのですか」


 わたしの言葉に少女はぱぁっと顔を明るくするが、すぐに思いつめた表情になる。


「あたしのエリダ姉さんが、ヒルードーに連れていかれたの」


 なるほど、姉を助けたいということでしたか。

 しかし、それは無謀というものだ。


「相手は腐っても七星剣です。聞いたことはありますね?」

「ええと……とっても強い人たちって、くらいは……」


 その程度の認識でよくヒルードーに挑もうとしたものだ。


「七星剣は、元々皇帝の懐刀と呼ばれた七人の武人のことです。その戦闘能力は軍隊に匹敵すると言われています」

「軍隊……」

「あなたがお姉さんを返してと言いに行ったところで相手にされず殺されるか、慰み者にされるだけです。大人しく帰りなさい」

「嫌です。姉さんはいつもあたしを守ってくれた、助けてくれた。今度はあたしが姉さんを助けたい!」

「そうですか」


 しかし、むざむざと若い命をあたら散らすことはない。

 だからわたしは比較的優し目に当て身を首筋に喰らわせてやる。

 少女はくたりと力を失って倒れた。


 このような場所に少女ひとりを放置していくのは少々気に病むところではあるが、わたしの目的には関係ない。

 運が良ければ、わたしがヒルードーを倒した時に攫われていた姉を再会できるだろう。

 なるべく見つからないような隅に彼女の身体を寄せて、わたしは先ほど入手した住所へとまっすぐに向かった。


 恒星の光すら届かないレーヴ深層。

 そこには何とも悪趣味な建築物があった。

 華美という華美を尽くした黄金御殿とでも言おうか。


 アイテールを用いた装飾ホログラムにより、ゴテゴテと張り付いた金の像は、ヒルードーの姿を模したものばかりだ。

 どれほど自分のことが好きなのか、自分のことを誇示するのかと逆に感心すら覚えて呆れ果てる。


 ヒルードーを殺した暁にはすべて破壊してしまおうと決める。

 そんな巨大ビル御殿の門へと歩を進めれば、もちろん守衛がいる。

 強化サイボーグ手術痕を隠しもしない、威圧的な門番は巨大アームでわたしを通せんぼだ。

 腕に内蔵された鋏から、蟹ばさみと呼ばれるそれに掴まれればミンチになるだろう力を秘めている。


「何だ、おまえは」

「ヒルードー様にご奉仕を希望してきました」


 わたしは身だしなみを整えるが、今日、この時だけは少しばかりそれを崩している。

 完璧なメイドから、完璧なアダルトメイドとなっている。

 胸元は大きく開けて、豊満に育った自慢の胸をこぼしそうにして、メイド服の露出度はほぼ最高。

 胸からしたは布がほぼなく、スカートとエプロンが分かれているおかげでおへそは丸だしになっている。


 水着と言われればある意味そうかもしれないほどの露出であり、スカートはあげ過ぎて、お尻が見えている。

 そのお尻を覆う布はなくTバックな上に、引っ張って見ろと言わんばかりにヒモが主張していた。


 門番二人の視線がわたしの胸とか尻に注がれる中、彼らは彼らできちんと職務を遂行していた。


「子連れでか?」


 子連れ?


 隣を見れば、スカートをたくし上げて必死に扇情的に見せようとしているあの少女がいた。

 しっかりと気絶させたはずだが、もう回復したというのか。


「(姉さんに気絶させなれたあたしを舐めないで)」


 なんだそれはと思うような情報が小声で囁かれる。


 しかし、来てしまったのなら仕方ない。

 追い返して不信に思われるわけにもいかない。

 ならばこの状況を利用する。


 すぐに設定を脳内で組み上げえる。

 あとは隣の少女が合わせてくれることを祈るばかりだ。

 もしダメなら、力づくで突破しよう。


「子供じゃなく、妹です。姉妹のご奉仕なんて良いと思いませんか?」

「姉妹ねえ。似てねえな」

「義理です。きっととても良いと思います。この子は、わたしが仕込んだ、一流の娼婦ですよ」

「う、うっふーん」


 空気が冷え込んだ。

 なんだ、それはといいたくなるようなド下手演技のおかげで疑いの目が向いた気がする。


「それにわたしたちは今時珍しい生身。サイボーグ相手では得られないプレミア感がありますよ」


 サイボーグやガイノイドばかりを相手にしてきた男は、あらゆる快楽に慣れ切っている。

 むしろ生身から与えられる快楽とうものは珍しく、今ではそこそこに価値がある。

 そこをアピールすれば、どうにかこうにか入る許可を得ることができた。


「……まあ良いだろう。案内に従ってまっすぐに行け」

「ありがとうございます。……行きますよ」

「うん、おねーちゃん!」


 わたしの気も知らないで元気なことだ。

 まったく溜め息を吐きたくなる。

 

 だが、ようやくヤツの喉元までやって来た。

 スカートの下に隠し、裏技を使ってサイボーグのスキャンを搔い潜らせた妙月が、早く血をすすらせろと言わんばかりに猛っているように感じられる。


 言われた通り門をくぐれば、グラスに案内の矢印が表示される。

 それに従って複雑な構造の屋敷内を歩いても警備のひとりもいない。

 七星剣のひとりを護衛するほど、傲慢な武人は誰もいないということなのだろう。


 不用心にすぎるが、わたしからすれば好都合だ。

 ビル天辺の執務室にヒルードーはいた。

 モダンなデスクに靴を乗せて、威圧的に座ってこちらを見下す視線を隠そうともしない。


 弱者を見て悦に入るその様は、蛇か何かのようだ。

 かつて皇帝の懐刀として敵と戦った忠臣としての姿はどこにもない。

 ここにいるのは悪に染まり切った、クズだ。


「へぇ、門番から連絡があって驚いたが、良いじゃねえか」


 ヒルードーは、わたしを見て舌なめずりしている。

 期待していなかったが上物が来たと思っているらしい。

 敵が来たとは思っていないようであるが、油断もしていない。


 彼の武器であろう橙鋼にて作られた双頭の銃は二丁とも腰のガンベルトに収まったままだ。

 彼の抜き打ちは、フレミングの法則を用いて放たれる電磁抜刀に迫る。

 今、ドアの前に立っているわたしと彼でよーい、ドンをすればまず間違いなく死ぬのはわたしだ。


「自分から売り込んでくる女なんざ随分と久しぶりだ。それも二人とはねェ」


 今度は隣の少女に視線を向ける。

 鋭い猛禽のような瞳に射すくめられた少女は、怯えからひっと声を吐き出して、身を固くする。

 それが逆にヒルードーの嗜虐心を煽ったようだ。


「ガキの方は青臭くて好みじゃねえが、不慣れってところが珍しくていいじゃねえか。しかも生身だァ。オレァ、プレミアとか限定ってのに弱くてなァ。良いよな、レアものって響き」

「はい。この身を残しておいて良かったと思っています。お気に召していただけましたでしょうか」

「ああ、良い。実に気に入ったぜ」


 そう言いつつも、彼はこちらに不用意に近づいてこない。

 ヒルードーは間合いを保ったままだ。

 それに、この部屋には多くの仕掛けがある。


 アイテールを用いた砲が部屋の隅、天井に設置してある。

 それも魔法調律されているらしく、下手な動きをすればそのまま火炎で炭にさせられてしまうだろう。

 そこまで用心があってなお、ヒルードーは警戒を緩めない。


 腐っても七星剣というべきか。

 彼を誘惑するように、自然な動作で身をくねらせ胸元や太もも、スカートの中をチラりと見せつける。


「いいねぇ。じゃあ服を脱げ。オレァ、メイドってヤツがどーにも苦手でなァ。服を着たままってのもいいが、メイド服だけは駄目だ」


 しかし、欲望が勝った。


「はい」


 わたしはゆっくりと服を見せつけるように一枚一枚、ゆっくりと焦らしつけながら脱いでいく。

 その間に、ごくわずかに気づかれないギリギリの速度と歩法で前に出る。

 向かう先は部屋の中心だ。


 そこでわたしはわたしに備わった唯一無二イレギュラーを行使する。

 このアイテールという力が猛威を振るう時代にあって、異常と蔑まれたわたしが師匠から受け継いだ技を開帳する。


 いつでも殺せる。

 自分は実力者だと思っている強者ほど、無意識に驕るものだ。

 強化されたサイボーグで、アイテールの恩恵を十全に扱える七星剣の一員という矜持もあったろう。


 だからこそ、そのひとかけらの隙をわたしは狙う。


 特殊な練気を用い、この時代に否と叫ぶ本来ならば存在しえない第六元――虚空ケノンを身の裡にて練り上げる。

 

「虚空発勁」


 全身から放つ虚空の術理がひとつ――暗黒星雲ダークネビュラ

 漆黒に輝く虚空気が刹那の内にこの空間に存在するアイテール機器を沈黙させる。

 効果的には電磁パルスを用いたEMPと何ら変わらない。


 アイテール照明は落ち、部屋は暗い闇に染まる。

 敵の攻撃だと感づいたヒルードーが思考制御で即座にアイテール砲のトリガーをひくが応答なし。

 すべてのアイテール機器が沈黙している事実に気がついた彼は、再びの驚愕。

 ありえないと脳裏で叫び声をあげているのが手に取るようにわかる。


「なにィ!?」


 流石に厳重に防御されたサイボーグに対しては、掌から虚空を直接打ち込む虚空掌か、刃に乗せる虚空刃でしか有効打を与えられない。

 それでも、という事態に、さしものヒルードーも思考に間隙が生じる。


「え、なに、なに!?」


 何も知らない少女は、その驚愕も大きい。


「ありえねえ、ありえねえ。そいつは、その技は、あの婆の技だ。誰にも使えねえ、あの婆だけの無二の絶技ノウブルアーツだ! テメエ、何者だ!」

「知らなくてかまいません、わたしはただの鬼。復讐の鬼。これからあなたたち全員を殺すメイドです!」


 ごとりとスカートの中から妙月を落とす。

 蹴り上げと同時に、空中抜刀。

 殺意に凍えた鞘鳴りとともにわたしは妖しい剣気をたたえた妙月を抜き払った。


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