第1話 自在流弾①
矮小惑星レーヴ。
この星は居住可能惑星の中でも、最小惑星の名を人知れず記録している。
なぜ人知れずなのかといえば、この惑星は銀河標準航路に記録されていないからだ。
この星の所有者がわざと届け出を出していないということ。
また、あまりにも矮小であるが故にレーダーにも映らない特性があるおかげで、このレーヴはこの存在を知る者以外には知られていないという理由からである。
その特性を利用しているおかげで、この惑星は悪徳惑星として裏の界隈に伝説として語られる。
人身売買、薬物、非合法実験、法律を守るということなど、この惑星にあっては矮小なゴミでしかないという。
この惑星を支配しているのが、七星剣のひとり『自在流弾』のヒルードー・ニックス。
わたし、リーリヤが殺すべき仇のひとりだ。
●
無事に貨物船はこの惑星のビル上港に到着し、わたしは人知れず痕跡も残さずにレーヴ唯一の都市ソーンへと降り立つ。
船内清掃をしてくれた礼として、わたしについてのあらゆる情報封鎖を受け入れてくれたヤーコート社製航行AIには感謝だ。
このような律儀なAIが襲われることなく、耐用年数を終えて退役後、アーカイブ高評価を得て、爆物館の一等地で眠れることを祈る。
「さてと」
わずかな荷物の入ったトランクを持ち直し、わたしは階段を探す。
この星の都市は、ビルを高く空に積み上げている。
矮小惑星と名高いレーヴで利用できる土地は少なく、都市は積み木のように居住モジュールを積みあげる方法でしかまとまった居住可能スペースを作り上げることができなかったためだ。
乱立した巨大ビル群の底は、降り立った港から見ることが叶わない。
足を踏み外せば最後、どこまでも落ちていくことだろう。
旧時代の文献からこの乱立した建築群に近しいものを当てはめるのであれば、世界最大のスラム街と言われたクーロン城砦となる。
違法建築、増築が繰り返されたソーンは現代の森だ。
「あそこですね」
見つけた階段から複雑怪奇なビル風に飛ばされないように注力しつつ、まずは中層街と呼ばれるシーンの繁華街を目指す。
まずはこの仇がどこにいるのかを調べるところからだ。
この惑星にヒルードーがいることはわかっているが、どこにいるかまではわかっていない。
わかっていることは。この惑星でよからぬ商売を営む、巨大組織のボスの座に君臨していることのみだ。
下手に調べてこちらが探っていることが見つかっては警戒されるということもあったが、一番はわたしが潜伏していたのが銀河放送も入らないような田舎であったことが大きい。
傷を治したり修行しなおしたりするには良い環境であったが、情報という点においてわたしは大いに敗北を喫している。
メイドとしては忸怩たる思いを抱くばかりだ。
メイドならば最新情報も知っておいた方が主の為になるに決まっている。
しかし、辺境を出た今ならばそれも解決するだろう。
惑星レーヴネットワークに接続した
中に入っているプログラムのせいでスタンドアローン状態を保つ必要がある携帯端末の方を一応確認する。
何かのミスで接続されて、何かに侵入されては事だ。
すべてが機械化されて久しいこの時代。
ネットに接続してるものは、ハッカーに常に狙わていると思っていい。
用心を怠ったが最後、自分の義体すら失ったという話は星の数ほどある。
だから、確認……問題なし。
そうしながら階段を降りていけば目的の場所へ辿り着く。
「ここが中層ですね」
薄汚れた看板には、かぜふみ横丁という文字が見える。
名前の由来はすぐにわかった。
かぜふみ横丁は、乱立したビル群によって発生した風が滞留し続けているらしく、文字通りそこを踏みしめることができることから名づけられたようだ。
吹きあがる風を踏みつけて移動する人たちが横丁中にいた。
悪徳の街と聞いていたから、どんなものかとも思ったが普通の活気あふれる通りがそこに広がっている。
何もない通りを風を踏みしめて歩く人々の姿は、どこか幻想的な趣すら感じる。
意を決してわたしも風を踏みしめてみる。
ふわりとした何とも言えない感覚が靴越しに足に伝わってくる。
慣れなければ走り回るのは難しそうだ。
熟練者は、これを跳躍の補助などに使って階層を移動したりしているようだった。
風を踏みしめてあるけばそこがかぜふみ横丁のメインストリートだ。
ビルのベランダや張り巡らされた通路を利用して多くの露店が出ている。
「うちの店は混ぜ物無しの上物ばかりだよ」
「喜びあるよ! 喜びはいらないかい! そこらの薬なんかより、よっぽどキクよ!」
「惑星ペンデュラから今朝届いた、エルフにドワーフだよ! 仲悪いから一緒に買って殺し合わせるとかどうだい!」
少し露店を覗いただけでも薬にアングラテク、希少品の売買などロクデモないことが透けて見える。
わたしの姿はその中にあっても珍しくじろじろと不躾な視線がいくつも注がれている。
努めてそれを無視する。
襲われていないのは、腰にある剣呑にすぎる八代妙月のおかげだろう。
師から受け継いだ刀は、不肖の弟子たるわたしをいつも守ってくれている。
ありがたいことだった。
話を聞くならば、人と酒の集まる場所が良い。
師に聞いた常道を思い起こしながら、わたしは人の気配が多い場所へと向かう。
からんとなったドアベルの音に中にいた連中の視線がすべてわたしに注がれる。
その内容といえば、変わり映えしない奇異のものから、わたしの見目麗しさに下卑た情欲を抱くようなものまで様々だった。
気を抜けばこちらに手を出されそうだ。
ここに集まっている連中は、どうにも荒事に慣れたような、荒事を引き起こすような手合いだろう。
これ見よがしに鋼の色をしたゴツイ機械腕を見せつけているのは威嚇か。
しかし、面白い店だ。
店主の趣味だろうか、壁にはこのホログラム全盛の時代にあって絶滅危惧種と言っていい物理的モノクロ写真からくたびれて色あせた写真までが所狭しと貼ってある。
わたしには何だかわからない落書きのような模様も壁中に存在を主張していた。
椅子にも視線を落とす。
くたびれた革張りの少し横に長い椅子。色は赤で触ってみるとふかふかというよりはむちむちという触感。
座り心地はそれなりの見えた。
テーブルはなんだかよくわからない塗料で塗られている。
蛍光性の強い赤はすっかりと薄れて傷だらけだが、丁寧に磨かれていてわたしの顔が映りこむ。
カウンター席もあり、高い丸椅子はわたしの身長でも座るのに苦労するだろう、戦闘用サイボーグ仕様の代物。
カウンターの向こう側には禿頭の寡黙な店主が立っていて、わたしを睨みつけていた。
何度も言うが面白い店だ、こういう時と場所でなければ数日ほど通ってみたいと思うほどには良い。
遥か数万光年先に存在する銀河帝国中枢惑星ヴィノグラートでは見ない拘りのある店だ。
きっと楽しい。
そう思いながらわたしは、カウンター席にふわりと座る。
わたしでは座るのに苦労する高い椅子だが、軽身功を用いれば容易い。
そうでなくともメイドの所作として優雅を心掛けて席につく。
「注文は」
無駄遣いはできないが、円滑な情報交換を求めるためにも何かしら注文した方が良い。
メニューの類はないが、店主の背後にはいくらかの酒の銘柄が見える。
酒以外は、サイボーグ専用の飲料であるが酒だけは人類が宇宙に出る前から変わらない。
あまり得意ではないが、飲みやすい惑星カログリアで生産されているベリーのワインを頼む。
ARグラスを思考操作でマネーの支払いを終えると店主は何も言わずにグラスにワインを注ぎ乱暴に置いていく。
わたしはそれを含むように口につけて、店主に話しを切り出した。
「ヒルードー・ニックスの居所について教えてほしい」
店内がざわついた。
どうやら、ここでも彼の名は轟いているらしい。
腐っていたとしても、かつては銀河で知らぬ者なしと謳われた皇帝の懐刀七本の名のひとつだ。
その名は今でも畏怖の対象だろう。
「……親切心から教えて置いてやる」
店主はそう前置きして続ける。
低い声が数段低くなった。
「このかぜふみ横丁で、いやソーンでその名を出すのはやめておけ。命が惜しければ」
「命など惜しくはありません」
わたしは店主に鋭く視線を送る。
覚悟などできている。
既にこの身は死んだも同然だ。
ならばこそ、躊躇う理由はどこにもない。
「なら、下層の方に行くんだな。奴は、高いところが嫌いだ」
「……わかりました」
礼を言って店を出て下層を目指す。
やはりというか、わたしをつけてくる気配を感じたが、軽身功を用いた武芸者にただのサイボーグが追い付けるはずもなくさっさと撒いてやった。
途中、ショートカットも交えたおかげですぐに下層に辿り着くことができた。
下層はわたしの想像とは趣が異なっていた。
もっと薄汚れて、路地には浮浪者の亡骸が転がっている薄暗い場所と思い込んでいたが、そういうものはなくムーディーカラーのホロネオンの輝きが満たす歓楽街がそこに広がっていた。
ガイノイドの客引きが最新の動作プログラムを用いて一流娼婦の所作で腰をくねらせて男どもを誘っている。
わたしは思わず目を細めるが、目的の男がここにいるというのは甚だ納得ができるというものだった。
ヒルードー・ニックスは口を開けば女を口説く女好きの一面があったし、なによりこういう商売を好んでいた。
ヤツの居城であることを考えれば、こういう場所なのはむしろ納得と言えた。
さて、早速中へ入りヒルードを見つけなければと思っているわたしの耳に、悲鳴のような声が聞こえた。
強化されていない聴覚であろうとも、甲高く叫ぶような女の声はよくわかる。
「姉さんを返して!」
それに続くのはイラだったような男の声。
「ニックス様のご命令だ。文句があるってのか?」
「へへ、こいつも結構可愛いじゃねえの。姉も良かったし、こいつも送ろうぜ」
「このロリコンめ。こんな薄っぺらい奴のどこがいいんだよ。もっとでかくて柔らかそうなのにしようぜ」
「へへ、そういうのが良いじゃねえか。まだ機械化してない生身の貧乏人なんだからよォ」
声を頼りに路地に入れば、少女が三人の如何にもチンピラと言わんばかりの男たちに囲まれているところだった。
恐怖がありありと少女の顔には浮かんでいるが、目の奥にはどこか意思の強さがあり、怖くても引かないと健気な主張をしているようだった。
あまりこういう場面に関わる気はない。
だが、ヒルードーの手下ならば話は別だろう。
情報を集める手間が省ける。
そう決めて、わたしは無言で最後尾にいた男の股間を蹴り上げる。
本来であれば機械化したサイボーグは痛覚遮断機能を持っているため、この手の弱点は失われている。
しかし、不意打ちならば快楽を感じるための接触感覚素子の集まる局部への打撃は、従来通りの効果を発揮する。
逃れられぬ気持ちよさを感じるというロマンの為に、そこは相変わらず男の弱点だ。
むしろ機械であるが故により微細に感覚を感じられるようになっているから、生身よりも効くかもしれない。
なにせ、痛み情報は脳にダイレクトに伝わる。軽減がない。
「ひぎゅぅぅ!?」
口から泡を吹いて最後尾の男は
「なんだ!?」
振り返った男の顎に妙月の柄を叩き込んで脳を揺らし、脇へ寄せるように壁にめり込ませる。
これで二人目、残り一人。
「テメェ、このアマ!」
最後の一人はようやくわたしに反撃できるだけの猶予を得て、ナイフを引き抜き戦闘機動に入る。
プログラムに沿った綺麗な太刀筋だ。
サイバネティクスの発達は、人類全てをあらゆる行為の達人へと変貌させた。
だが、所詮はプログラム。
そこには理解が足りない。
ただ身体をその通りに動かしているだけ。
サイバネ拳法家でないならば、制圧はたやすい。
先にて男の手首の駆動部に正確に手刀を叩き込む。
すると誤動作が誘発され、男の手は男の意思と関係なく開き、ナイフが中を舞う。
それを奪い手の中で回して男の首筋へと突きつける。
男には自分が何をされたのか理解できていないだろう。
「え?」
「余計なことをしないでください。もしわたしの意にそわないことをすれば、このまま生命維持ラインを斬ります」
首筋に当てられたナイフの冷たい感触を感じて男の身体は強張る。
首にはわずかに残った男本人である脳の生命活動を維持するための様々なラインが通っている。
これを切られれば、どのような屈強なサイボーグであろうとも戦闘不能になる。
素早く処置しなければ、そのままデットエンドとなる。
本来であれば、アイテールによる防御シールドが厳重に張り巡らされているため、ただのナイフでは生命維持ラインには一切手は付けられないが、そこは言わぬがというヤツだ。
サイボーグ全盛の時代となった要因のひとつ。
サイボーグには旧時代の兵器や武術は一切通用しない。
無意識にコントロールされるアイテールが、サイボーグ自身の強度を底上げする上に、意識的にアイテールをコントロールすれば、サイボーグ単体で戦艦を落とすことすら可能とする。
魔法や外家拳の多くはそうやって使用される。
おかげでかつては栄華を誇った内功を持ち、柔らかで剛きを制した内家拳法の多くがこの銀河から失われて久しい。
機械化するだけで、深淵無辺を誇った内家の秘奥すら凌駕する力を得られるのだから、そちらよりもサイバネティクスに傾倒するに決まっている。
なにせ、内家拳法の要である内力は生身でしか練ることができないということもあっては並び立つことなどできやしなかった。
もし男がこの辺の仕様を知っていれば、そのまま反撃してくるだろうが生憎男は知らなかったようだ。
手術説明を居眠りして聞かなかったタイプだろう。
アングラテクを用いたサイボーグ化手術なら、そもそもそういう説明がなかった可能性もある。
おかげで、男はわたしの手の中でコクコクと頷いている。
「ヒルードーの居場所を教えて」
「あ、あんた、ヒルードさんに何か用なのか、よ」
「それをあなたが知る必要はありません。教えないなら……」
殺すと言わんばかりにナイフを首筋に押し込んでいく。
「わ、わかった、教える、教えるよ!」
男から住所データが送られてくる。
これでこの男に用はない。
「な、なあ、教えたんだし、解放してくれても」
「ええ、もちろんです」
男が安堵した瞬間、わたしは内力を込めたナイフを引いた。
内力を込めれば、紙布ですら岩を断つ。
ならば鋼に流せば、それはもう鋼鉄をも断ち斬り、
「さて……大丈夫ですか?」
他の男たちにもとどめを刺して、ダストボックスの中に折りたたみ終えたところでわたしは少女に話しかけた。
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