コズミックメイドは、銀河をぶった斬る
梶倉テイク
プロローグ
かつて遠く、人がまだ一つの惑星で暮らしていた頃。
ラヴェンデル宇宙遺跡からとある古代文書が見つかった。
そこにはこの宇宙に存在する万物の根源であり、生物無生物関わらず全ての者が持つ『アイテール』と呼ばれるエネルギーの使用法が描かれていた。
アイテールは人の意思に感応し、魔法の如き挙動を見せる摩訶不思議なエネルギーだった。
そんなものの発見は、パラダイムシフトやシンギュラリティを誘発した。
多くの技術革命や産業革命がおこった。
ついに人々は惑星を飛び出し、大いなる宇宙へとその版図を広げたのだった。
それから数千年後、辺境のとあるステーションから時代を動かす刃鳴りが響かんとしていた。
●
身だしなみは大事だと、言われたことがある。
とても大事な女性に言われた大切な言葉だ。
『良い? リーリヤ。身だしなみは大事よ。いつでも綺麗に整えて、胸を張るの。そうすれば、何を言われても、何をされてもあなたは貶められない。誇り高いままよ』
だから、わたしは身だしなみを整える。
見られる人がいなくても、見てほしい人がいなくても自分の仕事服は完璧に整えて完璧な自分を作り出す。
黒の宇宙対応のフリーサイズタイツをぴっちりとはいて、
エプロンの純白には染みがないか、よれていないか、ほつれていないかを確認する。
最近の宇宙仕様なら自動修復機能があるが、ナノマシンにも限度はある。
やはり確認は必要だ。
なにせ、わたしでは今の時代を支えるアイテール技術の一切を使用することができないのだから。
どこかに異常があれば、それはすなわちわたしの死に直結する。
問題はない。
使い込まれて、多少のすり減りなどはあるが十分に許容範囲内だ。
問題がなければ胸元のリボンを結ぶ。
赤いリボンをきっちりと結んで、気持ちを締め上げる。
レースがあしらわれたホワイトブリムの各種宇宙線および真空に対する保護機能に問題がないこと動作確認。
こちらもアイテールを用いていない旧式バッテリー駆動であるため、その残量には常に気を配らなければならない。
最後にAR機能を有する眼鏡と汚れひとつないように磨いた靴を履いて、わたしは出来上がる。
メイドのわたしだ。
艶やかな黒髪は今では腰辺りまであり、随分と伸びたものだと思う。
青水晶のようだと言われた瞳は、鏡に反射した自分が写っている。
あの日から、時が止まっているようにすら感じられる。
「今日も綺麗よ、リーリヤ」
そう口に出す。
いつもあの子が言ってくれていた言葉だ。
自分が言っても、なにも嬉しくはないけれど、それでもいえば今日の自分を始められる気がする。
「……ようやくですね」
今日、わたしはついにこの宇宙ステーションを離れることができる。
随分と時間がかかってしまったが、ようやくわたしが向かうべき場所がわかったのだ。
あれから三年、永遠のように長かった。
身体を回復させ、力をつけるのにこれだけの時間がかかった。
「もう帰ることはないでしょう」
鏡以外には必要最低限しか置いていない部屋を見渡す。
古臭い部屋はところどころ塗装がはげてサビも見られた。
乙女の部屋というにはカビと古臭さしか感じられないだろう。
お嬢様の部屋と比べたらまさに雲泥の差という奴だ。
最低よりはマシという程度であるが、それでも自分だけの部屋で生活するというのは新鮮だった。
そう思うと少しだけ名残惜しいと感じてしまう。
けれど、わたしはここでずっと身を潜めているわけにはいかないのだ。
わたしにはやるべきことがある。
玄関に立てかけていた、武骨な朱鞘の刀を手にする。
抜いて刀身を確認する。
曇り一つない濡れてるかのような刀身は、わたしの姿を映している。
問題ない。
振るえば、わたしの思うままに斬ってくれるだろう。
音を鳴らして納刀して、腰に差す。
柄頭に結われた特徴的な編み込みの飾りの房が揺れた。
「さあ、行きましょう」
二度と戻ることのない部屋を出る。
天井を見上げれば、宇宙そのものの色が広がっている。
強化プラスチックの天井には深淵の宇宙が広がっていた。
今日、そこへ出る為に港へと向かう。
その途中ですれ違う人はいない。
この辺境の宇宙ステーションはこの付近の惑星や別のステーションへの貨物輸送の中継地点で、輸送船の補給の目的で建造されたものだ。
古い言葉で言えばサービスステーションだ。
そのため、補給以外の目的で立ち寄るもの以外にはなにもない。
内部にある居住モジュールは、まだ人が宇宙船を操縦して大規模輸送を行っていた頃の名残で長らく使われていなかったのをわたしが間借りしたのだ。
廃線となっているトラム軌道を歩いて渡る。
廃線になっていなくともアイテールの使えないわたしでは、どのみち動かすことなどできないため徒歩移動だ。
港エリアへと入る。
端末を確認すると、すぐに目的である発進間際の船を見つけることができた。
こんこんと船体を叩き、整備用の通信ポートを見つけ端末を接続する。
銀河標準緊急時人命救助法に基づいた救助要請コードを打ち込んでやると、すぐに向こうから返事がやってきた
『当機は、ヤーコート社所属の貨物輸送船AIです。銀河標準緊急時人命救助法に基づき、特別臨時貨物としての乗船を許可します』
「ありがとう」
そう礼を言うと同時にエアロックが開き、わたしを中へと迎え入れてくれた。
この時代、全ての貨物輸送船はAI駆動となっている。
人を運ぶ有人飛行船でもなければ、貨物を運ぶだけの船に人は乗っていない。
それでもAI貨物船には、銀河標準緊急時人命救助法に基づいた、緊急時人名救助規則が定められている。
それによれば、AI駆動の貨物船であろうとも常日頃から人類種が居住可能な船内環境を維持することになっている。
だからこそ、わたしの入り込む余地がある。
記録に残らずに救助要請コードを打ち込めるプログラムを使えば、AI貨物船ならばどの船でも入り込み放題だ。
もっとも、違法行為であるため捕まりたくないならば使わない方が良い。
そもそもプログラムからして用意できないだろう。
わたしも師匠が残した遺産の大半を使って
そうやって乗り込んだ船は酷い有様であった。
「……酷いですね」
ヤーコート社のAI貨物輸送船には何度か搭乗したことがあるが、今回の船はその中でも一番酷い。
船内は長年、人間を乗せていなかったツケが貯まっていた。
ありていに言えば、クッソ汚れていた。
歓楽街のホロネオンの灯りも届かない、打ち捨てられた死体が転がる裏路地の如きとはこのことだ。
薄汚れた船内には空気があり、明かりがあり、人類種が最低限生存可能な環境が確かに維持されている。
食堂に医務室もあれば、娯楽室まで完備されていて、救助船として利用するのみの居住モジュールとしては破格ともいえる設備を整えてはいた。
しかし、それ以外は本当にステーションよりも酷い。
降り積もった埃や煤の汚れは、積み下ろし及び点検作業時のもの。
それが年月を重ねたおかげで、通路を歩けばわたしの足跡がくっきりと残り、壁に手をつけばそこに手形が残る。
これはいけない、とメイドとしての使命がわたしの中で大きく燃え上がる。
その時、足下からの微細な振動を感知する。
どうやら無事に出航シークエンスを終了し、船はステーションの港を出発したようだ。
そちらにかかりきりであったAIが、もうすぐこちらに構いに来るだろう。
『当機をご利用いただきありがとうございます。到着まで銀河標準時間で三サイクル航行時間後となっております。何かご要望がありましたら、お呼びください』
貨物船航行AIのアナウンスがそう告げる。
それから彼ないし彼女は宇宙船の航行制御に戻った。
貨物船電脳の中では、何か作業を行っているか、メモリーから銀河放送局で流行りのドラマなどの映像メディアを鑑賞しているのかもしれない。
そこはAIの自己判断の範疇となる。
航行に支障さえなければ、AIは何かの情報を絶えず摂取し続けるのみだ。
ヤーコート社のAIは、メディア鑑賞好きが多いから、このAIもそのタイプでわたしに率先して声をかけてくることはないだろう。
船内で航行に支障がでることさえしなければ、とがめられることはない。
「だから、お掃除をしましょう」
というわけで、わたしは自前の清掃道具を手に、船内清掃を開始。
一サイクルは、銀河標準時基準で一週間を意味する。
つまりこの度は三週間の旅だ。
汚れがひどい部分はあれども、コズミックメイドたるわたしにかかれば手ごわい敵はいない。
すべて簡単に落とせる程度だ。
三サイクルも時間があれば、この船の船内をピカピカにできる。
しかし、この程度も放っておくほど、今のAI貨物船業界は予算をケチっているのだなと思わずにはいられない。
三年前に銀河ラヴェンデル朝が革命に倒れて以来、重税をかけられ使用制限の厳しかったアイテールワープ。
それが誰でも使用できるようになった。
おかげで運送業は大いににぎわいを見せ、各地での開拓や開発も活発化。
銀河帝国は今、歴史上類を見ぬ大繁栄を迎えたとこの三年間言われ続けている。
たった三年で、世界は文字通り様変わりした。
そういうわけで良いこと尽くしと言われた革命の結果、こういうところを絞って競争を勝ち抜こうと各社必死になっているヤツらもいるということ。
「…………」
いや、余計なことを考えた。
メイドとしてあるまじきことだ。
それから二サイクル終了時まで、わたしは船内の掃除を主に行っていた。
ついつい凝り性なわたしはやらなくて良い場所まで清掃区域に指定していたのだ。
問題が発生したのは、ちょうど
緊急警報が船内に鳴り響く。
同時に航行AIからの避難勧告。
『警告。警告。当機の進路上に宇宙海賊の船団を検知。ただちに脱出ポットに搭乗してください』
「ふむ、宇宙海賊ですか」
端末を機関室の整備用のポートに接続し、レーダーをのぞき見ると確かに宇宙海賊の船団がこちらへと近づいてきていた。
まず間違いなく、こちらの積み荷が狙いであるようだ。
それは困る。
そう思っていると航行AIが私的通信ラインを使って呼びかけてきた。
『搭乗者様、今すぐ御逃げください』
先ほどの杓子定規なマニュアル通りの堅苦しい物言いではなく、個性を感じさせる喋りだった。
AIも長いこと働いていればこのように個性が生じる。
この船の汚れ方から長い業務期間を経ているとは思っていたが、個性が生じるほどのベテランだったようだ。
しかし、逃げろと言われて逃げるメイドがいったいどこにいるだろうか。
「申し訳ありませんが、わたしが逃げるわけにはいかないのです。また、このままここで拿捕されてしまうわけにもいかない。そこで提案があります」
『提案ですか。しかし、要救助者であるあなたに何かさせるわけには』
「問題ありません。この程度ならば、対処可能です。上方甲板のハッチを開けていただけますか」
アラートが入ったおかげで無重力状態となった船内を手早く遊泳しつつ、貨物船上方甲板へと向かう。
端末を操作すれば、開けることはできるができることならAI本人に開けてもらいたいところだ。
『わかりました』
航行AIは柔軟で良い子だった。
このような艦船ばかりであればわたしも楽なのだが、中々このような艦船に出会うことは稀だ。
「では、参ります」
メイド服には当然、船外活動機能がある。
それを使い甲板に出れば既に宇宙海賊の船団は目視距離だ。
「さて、敵討ちの前の肩慣らしにはちょうど良い相手でしょう」
わたしは、腰の刀を抜刀する。
「抜けば魂散る、紅の刃――剣理抜刀」
遥かなる剣豪星より、わたしの
銘は真作
八代妙月とも呼ばれるわたしの釖装だ。
血涙を流しているかのような相貌の、二本角が特徴的な悪鬼がごとき紅釖装がここに顕現する。
妙なる色香を感じさせる女人のごとき鎧甲冑は、艶やかですら感じさせる。
遥かな大宇宙にあっても大甲冑武者の存在感はまさしく巨大。
宇宙海賊たちが大いに慌てふためいていることが傍受した通信でわかる。
それらをBGMに
「さあ、行きますよ――妙月」
鎺が閉まると同時に妙月の眼孔が赤赤と輝き、
八代妙月が視界に捉えた映像を映し出す。
海賊たちは楽な仕事と考えていて、わたしが出てくるのを想定していなかったようだ。
どう対応しようかと迷っているようである。
戦場において、致命的。
わたしは彼らの評価を最低ランクに降格させた。
「五隻、期待はしていませんが粘ってくださいね」
甲板から八代妙月を走らせ、大宇宙へと跳躍する。
スラスラーを吹かして船団に向かって八代妙月は刀を抜き放つ。
降伏勧告をする義務などメイドにはない。
そもそも降伏したところで貨物船に乗せる気はないし、何よりわたしの行動は誰かに知られるわけにはいかない。
皆殺しにする。
「虚空を使う必要はなさそうですね」
そもそもわたしが向かっているというのに、この期に及んで反撃もできないのであればそれはもう終わりと同義だ。
剣豪が乗り込んだ釖装を前にして悠長にしすぎなのだ。
AIばかりを狙ったが故の練度不足。
わたしの相手をするには力不足も甚だしい。
一刀でまず一隻。
返す刀で二隻目も落とす。
爆発の衝撃を利用して三隻目を斬り裂いたところで、ようやく宇宙海賊が動きだした。
こちらに向けて艦砲を向ける。
現代の戦闘艦に標準配備されている、アイテールを用いたアイテール砲だ。
宇宙に存在するアイテールをエネルギー源としているので、最悪宇宙にいるだけでもエネルギーがチャージされ撃てるという補給いらずの優れもの。
もし魔法使いでもいれば、さらに厄介なことになるが、ただ単純に圧縮されたアイテールを打ち出すだけのようだ。
そんなものは、斬り裂けばいい。
放たれたビームをその刹那に斬り裂く。
通信からは驚愕の悲鳴が聞こえている。
剣豪を前にして一体何を驚く。
この程度、朝飯前なのが剣豪であるというのに。
それで逃げもせずに驚いているのだから、まったくもって木端海賊だったようだ。
乱射されるアイテールの軌跡を斬り伏せて、一気に踏み込む。
歩法スラスターを用いて、接近し四隻目を撃沈させ、逃げようとしていた最後の一隻に刀を投擲する。
これで戦闘は終わりだ。
「まったく、肩慣らしにもなりませんね」
これでは逆効果もある。
「終わりました。予定の送れなく目的地までお願いします」
わたしはAIにそう言って艦内の掃除に戻った。
そうして残りの一サイクルも問題なく貨物船は航海を続け無事に矮小惑星レーヴへと到着する。
「ついに来ましたね。ヒルードー・ニックス、我が主ヴァイオレット・ラヴェンデルを殺した七星剣のひとり。まずはあなたからです」
わたしの復讐は、ここから始まる。
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