第4話 自在流弾④
この宇宙には、高純度アイテールを有し、さらにアイテールを増幅させる力を持っている鉱石――魂鋼というものが存在していた。
強い意思、強い願い、激情に感応することで、莫大なアイテールを生み出す性質を持っていた魂鋼は、エネルギー産業に革命を起こすと同時に、技術の常として軍事転用された。
人の意思をくみ取ることから、最も人に近い形が高い出力を維持できるうえに、その状態だと防御シールドというべきアイテール力場が生じる。
人間以上の高出力に意気と呼ばれる防御シールドを持つ兵器。
それが
橙拵えの釖装――土龍双頭は持ち主の気質を反映したが如く、華美な装飾で彩られていた。
それでも碧と輝く単眼の煌めきは、いかなるものをも逃さぬと告げている。
武装は、ヒルードーと同じく双銃。
「行きます」
「なんだそりゃよぉ!」
開戦。
釖装の戦が始まる。
地を揺らし天を裂く、大甲冑武者による大剣戟。
魂鋼が金音ならし火花咲く。
華々しくも荒々しく。
洗練された釖装戦組打。
鋼の咆哮がソーンの摩天楼を揺らす中、わたしは妙月を疾走させる。
揺らめく陽炎は、八代妙月が持つ魔性か?
否、これは紅鋼を核とした八代妙月だけが持つ特殊な錬気機構にて釖装を循環する火気の現れ。
妙月は火と燃えている。
「火錬・無月」
剣銘結び技となす。
妙月は炎を纏う紅の刃は、真円を描く。
火花を散らしながら斬と咲き誇る。
「そうか、やっぱりなァ!」
それを土龍双頭は装甲を先んじてぶつけるようにして受けてみせる。
釖装深く、幾層もの魂鋼装甲に守られた
「釖装が出て来た時は驚いたが、やっぱりだ。虚空の技が釖装で使えるわけねえよなァ! ビビらせやがって!」
「…………」
「釖装なんぞを呼び出したテメェの負けだ! 虚空のねえテメェなんぞに、オレァ負けねェ!」
釖装の戦も生身の戦も理は変わらない。
だが、その様相は様変わりする。
釖装合戦組打には回避というものが存在しない。
受け、弾き、流す。防御側はこの三点を行うしかない。
肩にある装甲か、武装で防ぐのが基本。
攻撃側は、より苛烈さを増す。
巨大機関により使用できるアイテールの量はるかに増大する。
巨大人型で放たれる剣豪の技は、まさしく尋常ならざる神業と昇華する。
本来ならば良いことしかない。
だが、しかし尋常ならざる技である虚空を使うのであれば、そもそもこの釖装というものは使えないはずだとヒルードーは知っているようだった。
「アイテールを消すんだもんなァ、虚空ってのはよォ!」
蹴撃とともに放たれた弾丸をわたしは肩装甲および腿装甲で受ける。
その衝撃は鈍くも広く浸透し、わたしのいる鎺まで届く。
そうだ。
虚空はアイテールを消滅させる。
アイテール技術とは相反している技巧だ。
この釖装というものはアイテール技術の粋でできている。
これに乗っている中で虚空なんぞ使おうものならば、それは自滅を意味する。
そもそも虚空の使い手は、釖装そのものが使えない。
それがわかっているからこそヒルードーは、外へ誘い出しわたしを挑発し、釖装戦へと誘い込んだのだろう。
一方的に虐殺するために。
なんにせよ、彼の武装はわたしが機能不全に陥らせたから、釖装に乗る以外に選択肢がなかったともいえる。
「どうやってんのか知らねえが、火の魔法なんぞ使ってるのが、その証拠だァ!」
アイテールを用いて火を発生させるなどの超常技術を魔法と呼ぶ。
まあ、妙月のこれは魔法ではないから、的外れなのだが。
撃音とともに弾丸が放たれる。
ソーンの高層ビル群を用いての跳弾が、わたしの認識外から弾丸を妙月へと叩き込む。
「ここァオレの庭だ。ここでの戦いでオレに勝てるわけねェだろうがよォ!」
「くっ!」
「地獄で、ご主人様たちに会いに行ってろやァ!」
間断なく放たれるアイテールの弾丸。
その全てが先ほどの跳弾の檻と同じく妙月へと迫る。
「お断りします」
お嬢様たちには、全てが終わった後に、下手人を全て地獄へ送った後に会いに行くつもりだ。
いや、わたしも地獄に落ちるだろうから会えるのは仇のおまえたちだけかもしれない。
それはとても嫌だな。
そう思えば、心胆から力も湧き上がるというもの。
妙月の腰はまだ刀がもう一本ある。
魂鋼特有の透明度の高い二刀を使えば、手数は先ほどの倍。
わたしではできなかった全ての弾丸を斬り伏せることすら、妙月ならば可能である。
「宣言してあげます。あなたはわたしの
「できねえことを得意げにほざいてんじゃねえぞァ!」
放たれる弾丸の雨嵐。
縦横無尽、全周から襲い来る変幻自在の弾丸はまるで流星群が襲ってきているかのようですらある。
橙の輝き美しいアイテールの弾幕は、きらきらと煌めいては爆ぜる。
住人たちは思わず、そのあり様を眺めてしまうほどであった。
派手好きだな、とわたしは思う。
しかし、それに見合うだけの実力と威力があるのだから侮れない。
「ソラソラァ、乗って来たァ!」
釖装を用いての戦は、相手よりも早く相手の意気を削るかの勝負である。
釖装の装甲と得物に用いられた魂鋼が発生させる意気は、例え大気圏に放り投げられようとも傷つくことはない。
猛れば猛るほどに、意気は高揚しアイテールは増産され釖装の装甲はより強靭になる。
負けられぬ戦ほど、剣豪は強くなるのはそういうわけだ。
攻撃し意気を削りきることで装甲は剥がれ拵えを開き、鎺が露出する。
そこに必殺を叩き込むのが釖装の戦だ。
ヒルードーは、今ノッている。
そういう剣豪は強い。
「でも、負けるわけにはいかない。あなたもそうでしょう、八代妙月!」
わたしの言葉に応えるように妙月の顔瞳、輝いて――火が爆ぜる。
諦めぬという魂の意思こそが釖装の揺るぎない強さの証だ。
魂魄の輝きに刃金は応えてくれる。
乾坤一擲、攻める。
八代妙月が駆ける。
火花を散らし、摩天楼を破砕し、巻き上げながらも踏み込む。
「無駄なんだよォ! 食らいやがれ、無為流弾!」
刹那のうちに放たれた数百を超える弾丸。
避けるも弾くも無為と化す、土龍双頭の絶技だ。
それらがあらゆる角度から跳弾し、あるいは弾丸から弾丸を弾くことでより複雑で読むことすら許さない必殺を成す。
最初は防げても次第に押し負け、装甲、意気共に削られて行く。
妙月の拵え開き、鎺が外に出た。
「終わりだ、これで死ねェ!」
ここだとわたしは思った。
アイテール機関の代わりに詰め込まれている練気機構はようやく温まり、莫大な内力を生み出し始めた。
無尽蔵に湧く気が釖装を強化していく。
妖しく揺らめく陽炎の中、八代妙月の瞳が怪しく輝く。
「なんだ?」
ヒルードーがいぶかしむがもう遅い。
八代妙月の真骨頂は、拵えが開いた、今、此処からだ。
八代妙月の作品が魔性と呼ばれる由縁はここにある。
この機体は、八代妙月が打った釖装は拵えが開いた方が強い――。
巻き起こる剣嵐が刹那のうちに弾雨を斬り裂いた。
「なっ!」
ヒルードーが驚愕する。
それもそうだ。
先ほどの技は、ただ弾丸を斬り裂けば終わるという話ではない。
先ほどの技は例え弾丸を斬り裂いたとしても、その後続の弾丸が斬り裂かれた弾丸を動かし、何をしてもわたしを狙うようになっていた必殺の技だ。
逃げることは不可能。
防ぐことも不可能。
そんな技を必殺技という。
だからこそ、わたしがそれを防いだことがヒルードーには理解できない。
すべての弾丸が刃に触れた瞬間に、虚空に堕ちたように消えたことを理解できない。
その思考の隙間こそが、わたしが斬るべきものだ。
わたしは、わたしの
「虚空刃――抜刀」
鎺を満たしていた光が消え失せ、闇が廻る。
これこそが万物の根源、あらゆる総てに宿る万能の力であるアイテールを駆逐するもの。
虚空の漆黒を纏う妙月の刀が振るわれる。
それを防ごうとする。
ヤツにはこの漆黒が目に入っていない。
「そんな一刀、防げないと思ったか!」
この一刀は既に成っている。
意気が残っており、アイテールに守られているために本来ならば斬れぬはずの魂鋼を斬り裂き、鎺の中にいるヒルードーもろとも両断する。
「は……?」
その瞬間、彼の生命を維持していたアイテール技術のすべてが沈黙した。
釖装も例外ではない。
その全てが破断し、消滅する。
「あ、ぎ、ぁあああああああ!?」
ヒルードーの悲鳴が木霊する。
一瞬にして彼を最強に引き上げていたアイテール機器たちが一斉にわずかに残った肉体に牙をむく。
鋼鉄の鎧は、鋼鉄の棺桶に切り替わった。
呼吸ができぬと陸でおぼれ、脳を硫酸の中に放りこまれたかのような激痛。
それこそが虚空掌から転じ、わたしに最適化されたアイテール殺しの『虚空刃』だ。
わたし自身の血肉で魂鋼をコーティングした妙月でなければ、虚空を受けたら最後、全てのアイテール技術は駆逐されて意味を失う。
しかし、すぐにヒルードーの叫び声は止まる。
声帯を動かすというのもアイテールがなければままならない。
最後の断末魔が消えても、それでもヒルードーの脳はわずかに生きている。
すぐに消える風前の灯火だ。
永遠にも感じるだろう虚無の中で、精神が破壊され、循環器が停止したことにより酸素が失われ、栄養もなくなり、あとは端から腐れていく。
外道にはお似合いの最後と言えばそうかもしれない。
しかし、この男を殺してもわたしの心はいささかも晴れることはない。
「無様な死に際ですね」
妙月から降りて見下ろした死体は、どこまでも無様であった。
制御を失った義体からはあらゆる液体が垂れ流されているし、無様に喉を掻きむしっている。
いい気味と思うが、殺したことを実感すればなんともあっけない。
最後まで殺し終えた時、わたしの心は晴れるだろうか。
いや、終わった時のことなど考えても仕方ない。
次を考えなければならないだろう。
そのためにも、まずはヒルードーが持っていた情報を吸いだす必要がある。
「ぐっ……」
しかし、少し休息は必要か。
緊張がゆるむと同時に焼け付き、腐り落ちるかのような痛みが胸を打つ。
虚空気の運用は、内力や内功の概念から見ても特異すぎるものだ。
本来、この世界に存在しないものを練気により作り出すという超常は、どうやったって歪みが出るに決まっている。
その結果、虚空は使用すると深刻なダメージを使い手へと揺り戻し内傷を与える。
『虚空刃』は必殺技であらねばならない。
もともとは一枚しかない切り札。
切りどころは慎重に見定めなければ、そのまま死が待っている。
今回は特に、暗黒星雲から連続での使用だ。
よく最後まで立っていられたものだと、わたし本人ですら呆れ果てる。
師匠が聞いたならば、おそらくお小言は免れないだろう。
むしろ暗黒星雲は本当に余計に過ぎたかもしれない。
あの子がいたから、仕方なかったとは言え、剣豪であるならばあの部屋の仕掛けくらい斬り裂けなければならないだろう。
まったく未熟を恥じるばかりだ。
それでも、あの子を見捨てるわけにはいかなかった。
あの子はわたしの復讐には関係ない。
いくら悪鬼羅刹、修羅と堕ちようとも無視してはならない道理はある。
ヴァイオレット様から受けた恩。
わたしはそれを裏切れない。
「ふぅ……」
嘆息し座り込み医療キットを使って傷穴をふさぎにかかる。
傷口に振りかけたジェルがぴったりと傷口を覆い、治癒を促す最新の医療器具だ。
おかげで血はすぐに止まる。
その後は内傷の方の対処だ。
瞑想のように気脈、内息を整える。
潮が引くように内傷の痛みは薄くなるが、完治させるならしっかりとした養生が必要になる。
調息していれば、ある程度は行動可能だが、全力で戦闘をするのは避けなければならない状況だ。
といっても、釖装を持ち出した戦闘のおかげで、この周辺からは人がいなくなっている。
部下も逃げ出すあたり、ヒルードーに人望はなかったようだ。
クソの死体をもう一度だけ見て、わたしは振り返らずにヒルードーの屋敷へと戻った。
「あ、あの……」
執務室にはまだあの少女がいた。
釖装戦でも逃げなかったのは、恐怖で身がすくんでいたせいか、それとも肝がすわっているのか。
「大丈夫、ですか……?」
「弾は消えましたので、問題ありません」
ヒルードーが使っていたのがアイテール弾というのが幸いした。
虚空を使えば、体内に残ったアイテール弾は全て虚空に分解され消滅している。
医療用ジェルで傷口をふさいであるので、本当に何一つ問題はない。
「あなたこそ、お姉さんは見つかりましたか」
少女は首を横に振った。
仕方ない、ついでに調べてみるとしよう。
執務室の通信ポートに眼鏡を接続し、情報を片っ端からダウンロードしていく。
「わかりました」
「本当ですか!?」
「どうやら、あなたの姉は他の七星剣のところに送られたようですね。理由はわかりませんが」
「い、今はどこにいったかわかりますか?」
「わかりません。行先は用心深いようで明記してありませんでした」
「そんな……」
彼女には気の毒だが、わからないものは仕方ない。
わたしの方はといえば、次の獲物の位置を特定した。
次の相手は、オリクト・タリスマン。
最年少の七星剣にして、震天不動と呼ばれた最も巨大な男だ。
「行きますか」
彼のいる場所はここから最も近くはあっても、距離は遥か遠い工場宇宙の惑星ファルクト。
出発は早い方が良い。
「あ、あの!」
そんなわたしを少女は引き留めてくる。
「まだ何か?」
「あ、あたしも連れて行ってください! 姉さんを助けにいきたいんです! あなたもあの、七星剣っていうのを探しているんでしょう? なら目的は同じですよね!」
「連れていく理由がありません」
「理由ならあるわ! あなたメイドでしょ。メイドには主が必要。あたしが主になる! さっきも言ったわ!」
何を言っているのだ、この少女は。
「名前も知らない人を主にできるはずもありませんし、なによりわたしは二度と主を作りません」
「名前ね、あたしはフォスっていうの。これで主になっても良いわよね!」
「よくありません! 話を聞いていましたか? わたしは――」
「――あたしは、絶対について行きます!」
少女とは思えない大きな声だった。
きっと震えながらもわたしを睨みつける瞳は、例え何があろうともついて行って姉を助けるのだと言っている。
ああ、嫌だ。
そんな目で見ないでくれ。
そう思わずにはいられないほどの……頑固者の目だ。
お嬢様と同じ目だ。
外見は全然似ていない。
髪の毛なんてボサボサの髪を雑に三つ編みにして、二つまとめで下げてるだけ。
お嬢様は歩けば音がなるほどにさらりとした金髪だった。
似ても似つかない。
他もそうだ。
お嬢様の方が胸があった。フォスと同じ年齢くらいの時から大きかった。
フォスはぺったんこだ。悲しいまでにストンとしている。
ああ、でも腰回りはフォスの方が勝っているか。
食べられていないからだろうけれど、全体的なスタイルはほっそりとしていて華奢という言葉が似合う。
メイド的庇護欲がそそられることを否定はできない。
手指先は汚れきっていてわたしと同じ、苦労と挫折と泥をすすった経験が満ちている。
お嬢様とは大違い。
どこをとってもお嬢様とは違う。
ただ、その瞳だけが、その意思力だけがヴァイオレットお嬢様と同じだ。
この子は何を言っても、手足がちぎれてもついて来る。
「……はぁ、勝手になさい」
「わあ、やった! ありがとう、ええと……」
「リーリヤです」
「ありがとうございます、リーリヤさん」
これはとんだ荷物を背負わされてしまったかもしれませんね。
嘆息しながら、わたしは港へと向かう。
後ろから小さな足音が、ついて来た。
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