第1-12話
◆
東京シティ警察の建物の内部はいつも通りの喧騒だった。
酔っ払い、薬物中毒者、チンピラ、学生、様々な人間がここにはいる。
僕とエルダーは小さな会議室で森内と向かい合っていた。彼の部下は今もまだ仕事をしている。森内はいつも通りのくたびれた背広を着て、手元ではタバコをいじっていた。まるで喫煙所以外で喫煙できるか、自分に問いかけているようにも見える。
もちろん、そんなことはない。
ギロッと瞳がこちらを真っ直ぐに見る。
「大塚渚は今日の明け方、発見された」
どう反応するべきか迷っている、という反応をしておいたが、「少しは驚け」と森内は不快げに口元をゆがめる。
「大塚渚には外傷はないが、魔法による治癒の痕跡はある。もちろん、かすかにだがな。それよりも記憶が消去されている。ここ数日間、自分がどこにいて、誰といて、何をしていたのか、何も覚えていない。不愉快な魔法の使い方だよ」
「愉快な魔法っていうのは、なかなかあるものじゃないね」
冗談として指摘してやるが、森内の渋面は変わらなかった。
全世界を驚嘆させた正しい魔法といえば、エネルギー不足と環境問題を同時に解決した魔法炉の存在だ。しかし、これがいくつかの手順を経ると超強力な、一撃で大陸ひとつ消し飛ばしてもお釣りがくる、世界を壊す爆弾の製造につなると報道された時、例の如く大問題になった。
今は国際条約でとりあえず、その魔法爆弾は製造禁止となっている。研究者も関係者も、研究所にまつわる事柄も、本当に全てが国連の管理下に置かれていた。
話を現実に戻そう。
「大塚渚の捜索には、僕たちは出遅れたらしい」
「報奨金を払ってやりたいところだが、事件を解決したのはお前たちじゃない。協力金だけ払っておこう」
警察としては僕たちはいくつかの場面で役に立つ。
ひとつは、純粋な暴力装置として、剣にも盾にもできること。
もう一つは、自分たちの不手際や無能を僕たちのせいにできる。
今、森内は僕たちに少しだけ責任をかぶせ、うまく責任問題、責任の所在を散らそうとしているようだ。
「そういえば昨夜、湾岸地区にほど近い倉庫の一つで、マフィア同士の抗争があったらしいな」
森内が話題を変えてくる。
「そうなのか? 何も知らないな」
僕は答えながら、確認するように今も壁に背中を預けている相棒を見る。奴もゆっくりと、心底から不思議そうに首を傾げている。
悪くない演技だ。
ずいっと身を乗り出し、森内が囁く。
「現場には七つの死体があり、どれも鮮やかに殺されている。遺留品と個人情報の追跡から、全員が魔法使いだ。それをまとめて七人、斬り殺せる奴はそうそういない」
「でも実際に斬殺死体が見つかったなら、いたわけだ」
「魔法管理機構に調査を依頼してもいいんだぜ」
まさかこの警官は協力金が惜しいわけではないだろう。
ちょっと考えて、思考が追いついた。
「別に調査を依頼してもらっても構わないが、僕たちにも噂は届いている」
「どんな噂でも聞いておきたいね」
「鴉に所属する剣士が現場にいたらしい。名前はイ・グ。前衛も後衛もこなせるような、高位の魔法使いだ。百戦錬磨、歴戦の勇者だな」
森内が姿勢を元に戻す。僕の背後では、何故、情報を話したのかと相棒が不審そうにしている気配がする。
世間話になり、最後に協力金の支払いの念を押して、僕とエルダーは建物を後にした。駐車場のバンへ向かいながら、エルダーが情報提供の理由を確認してくる。
「別に協力金が欲しいわけでも、魔法管理機構の査察が嫌だったわけでもない。森内はおそらく、部下を忍び込ませていたんだ」
「部下? 潜入捜査か?」
さすがのエルダーも片方しかない目をわずかに大きくした。
現代日本の警察は、潜入捜査を行わない。いくつかの法律と過去の判例により、潜入捜査で手に入れた証拠が余程のものでもない限り、法廷で証拠として認められない。
それでも警察は要点には人員を配置している。それがインテリジェンスというものだ。
鴉に忍び込ませていたのか、それともイを見張っていたのか、そこはわからない。大塚渚の件で即座に人員を用意し、潜入させるのは時間的に不可能だ。
森内の判断で潜入捜査員を活性化させたというところか。
バンに乗り込み、エンジンを始動。やはりうまくかからず、三回目でやっと動き出す。
駐車場を出ながら、推論をまとめていく。
「森内は森内で動いていた。僕たちとほとんど同様の筋を辿ったんだろう。金属片の解析結果、金属片の正体、それが使われている刀剣、刀剣の出荷記録、刀剣の闇ルート。それで一条総合警備まではたどり着ける」
「しかし、一条が鴉のことを森内に伝えるか?」
「何らかの経営上の利害の衝突があったのだろうとするよりない。もしくは一条は純粋に、森内に貸しを作りたかったのかもしれない。はっきりしているのは、警察の駆け引きは弱く押すか、強く押すか、もっと強く押すか、という具合で、引くということはしない。そして押すだけで一条の口を割らせるのは難しい」
もしかしたら、と頭の中で一つの想像が生まれる。
森内は一条総合警備に、秘密裏に便宜を図ったかもしれない。
それは駆け引きではなく取引だが、警察が取引を行ってはいけない理由がない。
バンは順調に通りを走り、事務所にたどり着いた。
巨大な引き戸は大抵、閉じていて、その横の通用口で出入りしているのだが、その通用口のドアの前に箱が置かれている。
かなり不吉だ。爆発物かもしれない。
リモコンで大きな扉を開放し、バンを乗り入れる。
憂鬱な気持ちで通用口へ戻り、初歩的な魔法を発動して箱の中身を遠くから確認。
リンゴのようだ。ついでに手紙も入っている。
ゆっくりと箱に歩み寄るのは、箱自体に罠がなくても、箱に注意を向けさせて他の方法でこちらを殺す罠がないわけじゃない。
無事に箱を手に取る。
事務所に戻り、机の上で箱を開封。魔法で確認した通り、リンゴだった。封書が一緒に入っている。
エルダーがやってきてリンゴを一つ手に取ると、かじり始める。皮をむいて食べろとは言わないが、せめて洗ってから食べてくれ。あと毒に気をつけろ。体内組成の変化で解毒できるとしても。
椅子に腰掛けて、封書を開き、文書を目で追っていく。
大塚何某という女性からの手紙で、大塚渚の捜査に協力してくれたことへの感謝が綴れている。
この能天気な誰かしらは、僕たちが何もしていないことは知らないらしい。
手紙の最後に、謝礼として、という言葉とともに電子マネーの小切手コードが暗号文字で並んでいた。
手紙を机に投げ出し、思わず息を吐いていた。
金で解決できることもあれば、できないこともある。
大塚渚という女性と、僕は直接には会っていない。
彼女は何を失ったのだろう。
少なくとも、周りからすれば失われたものは命と比べれば何のこともない程度のもの、どうでもいい喪失なんだろう。
そしてちょっとした金を払うのが当然と思えるほどには、おめでたい人々がいる。
僕たちが命の危険を背負うほどの相手だったかは、わからない。
知らない方がいいだろう。
命の価値なんて、知らない方がいい。
ましてや自分の命の価値など。
僕はリンゴを手に取り、しかしかじることはできなかった。
(了)
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