第1-11話

      ◆


 火花の連続。

 そして轟音が終わりなく重なり合う。

 魔法剣士同士の戦闘は巻き込まれるだけで命がない。

 イを名乗る男の仲間たちはすでに撤収を始めている。僕はといえば、魔法によって防壁を展開し、二人の超級の使い手に割り込むタイミングを探していた。

 獅子殺しのエクスディールの位相変換能力は尋常ではない。

 今、イの周りには十二本の刃が出現していた。彼の鎧と同様の、六角形を基本とした板だが、鋭利なのは一目でわかる。

 それが普通の人間には視認も難しい速度で飛翔している。

 エルダーは巨大な刃へと変化した烈火カルカローンを両手で握り、十二枚の自在に飛翔する刃を受け流しながら、同時にイ自身による斬撃さえも相手取っていた。

 異世界から召喚した高硬度の鎧は本来的には鉄壁のはずだが、破損と再生を繰り返している。

 滅多にないことだが、エルダーは自身の血にまみれていた。

 一方のイにはまだ余裕がある。

 それもこの時までだ!

 虚空で青い電光が瞬き、僕の意思が位相変換のトリガーを引く。

 僕が召喚した業火が倉庫の内部を吹き荒れる!

 イがまるで予想していたように、十二枚の刃を密集させ、超高熱に耐える。

 別世界の溶岩を引用したが、イの防御の四枚を抜くのが限界。固すぎる!

 加速した僕の思考が、即座に魔法を練り上げる。

 溶岩を圧縮、一本の線とする。それもまた別世界の現象だ。

 激しい法則の書き換えに、強烈な耳鳴りと同時に時空が震える。倉庫全体が軋み、崩壊寸前の悲鳴を上げ始めた。

 構わずに力を収束。

 一点突破でなんとかイの防御を突破するが、その時にはイの姿は地面を這うように疾駆し、僕に迫っている。

 左のオルタが僕の身体機能を底上げするが、接近戦のスペシャリストの魔法剣士に抵抗できるのはほんの一合。

 獅子殺しのエクスディールの一撃を左のオルタで受け流すが、不完全。

 両足が床を離れ、体が宙を舞う。

 猫の要領で空中で姿勢を整えようとするが、僕は人間だった。

 肩から崩れかかった荷箱の一つに衝突、一瞬前に身体組成を部分的に書き換えるも、突き抜けた衝撃に骨にヒビが入る。駆け抜ける激痛に苦鳴が漏れる。

 さっきまで完璧に制御されていた猛火が四散し、大量の火の粉の滝となって周囲を照らす。

 身を捻って床に着地した時には、すでにイが飛燕の如く迫り、火炎に照らされる倉庫内を突っ切り、僕の首目掛けて刃が繰り出されるところ。

 右手が指先までの痺れに耐えて保持し続けていた多機能増幅剣、右のアルダが位相変換を開始。

 残された時間は少ない。

 別世界の環境を限定的に生み出す。

 超重力世界。

 認識が強化されていたため、ゆっくりに見えていた火の粉の滝が加速し一瞬で床に落ちる。荷箱の山が完全に倒壊し、床の上で見えない何かに押しつぶされたようにひしゃげていく。

 その超重力下でも、イはほんの一歩、姿勢を乱しただけだった。

 疾駆の停滞はほんの半瞬。

 それでも僕の首を落とせると判断したのだろう。

 これだけの負荷に耐えるのも、技を止めないのも、見事なものだ。

 しかし見えていなかっただろう。

 頭上から高速落下するエルダー。

 影のように忍び寄り、今、頭上から超重力による加速さえも合わせて、イに死神となって舞い降りてくる。

 僕の視線とイの視線が絡まる。

 僕はできるだけエルダーを見ないようにした。視線の向きで存在が露見するだろう。

 しかしイは気付いた。

 僕の視線は完全に彼しか見ていなかったが、彼は僕の瞳に映る光景から、頭上の危険に気づいた。

 しかし勝敗は、超重力が最後の鍵になった。

 片手を床についてイが身を投げ出すようにして倒立。

 両足を天に突き上げ、それがエルダーを兜を破砕する。

 回避と攻撃を同時にこなし、曲芸の動き。

 血飛沫とともに蹴りの直撃を回避したエルダーが吠えながら刃を繰り出す。

 甲高い音と共にイが吹っ飛び、エルダーが着地。僕は超重力を回避し、追撃に備える。

 通常重力に戻ったために、周囲に転がる荷箱を構成する金属が反発し、不気味な音を立て始める。

「切った手応えは?」

 僕は右肩に走る痛みに顔をしかめつつ、エルダーのそばへ移動する。

 エルダーは額からこめかみにかけて激しく出血し、その血は体を半分染めていた。

「手応えはあったが、仕留めてはいない」

 硬い音がして、そちらへ僕とエルダーの視線が引き寄せられる。

 圧壊した荷箱の山の上に、イが立っている。

 体の右半身が赤い。刃が胸の辺りを引き裂いたようで、兜も割れている。

 血の気が引いた顔には、しかしまだ余裕があった。

「お前たちと殺しあうのも、魔法剣士としては魅力的だが、しかし、危険にわざと踏み込む必要もない」

 滔々とイが語るが、はっきり言って僕は恐怖していた。

 あまりにも強力な魔法の使い手であり、戦い慣れている。戦闘の技能は超一流で、僕もエルダーも死線をくぐり抜けてきた自負があるが、イの姿はその自負を打ち砕く凄みがある。

 怖気付く僕ではないし、エルダーも立ち向かう気持ちはあるだろうが、イが言う通り、これより先に踏み込むのは、誰かしらの死が伴うのが必然だった。

「女性を一人、探している」

 僕が喋るだけでも肩が痛むのに耐え、それでも顔をしかめて問いかけるとイは鼻を鳴らしただけだった。

 沈黙。

 イがさっと剣を振ると、背中の鞘に戻した。

「ここにいるとしたら、もはや死んでいるだろう」

 そうか、それは考えていなかった。

 ここにいた連中の様子から、魔法戦闘の現場に人質を置かないだろうと推測していたけど、何かの時に盾にするために拘束している目もあったか。

 もし僕が殺していたら、大事になるな。

 その方がイと剣を向け合うより怖い気もするが、もう感覚が麻痺している証明としておこう。

「いるのか、いないのか、それだけでも教えてくれ」

 イはすぐには答えなかった。

「女は解放する。もはや用済みだ」

「本当か?」

「お前たちという強敵に誓って、本当だ」

 ふざけた奴じゃないか。

「ここで僕たちがお前を逃がさない可能性を考えないのか?」

「お前たちは無駄に命を捨てない。テロリストでも復讐者でもなく、ただの仕事として剣を取っているからだ」

 やっぱりふざけた奴だ。

 意外に理性的で、合理的な割り切り方をする。

「さっさと失せろ」

 そう言ったのはエルダーだった。

 イの体を覆っていた鎧が消えていく。

 今なら倒せる。

 しかし僕もエルダーも動かなかった。僕は腕が痛いという理由だが、エルダーは頭が痛いとでも言いそうだ。

 イの魔法技能、魔法戦闘の技術は、失われるには惜しい。

 素朴にそう思う。

 敵だとしても、認められるべき優れた使い手だった。

 ついに背広に戻ったイが先ほどの重傷などなかったかのように、平然と背を向けるとゆっくりした足取りで潰れた荷箱の山の向こうへ消えた。視界の外で、魔法の気配。空間を跳んだのだろう。剣術と魔法の遠隔操作、治癒、ついでに空間跳躍とは、本当に万能な魔法使いの完成形だった。

 脅威が完全に去ったのを確認し、僕はやっと息を吐いた。

 エルダーの手元で魔法の発動を示す電光が弾け、彼の顔の傷が即座に治癒していく。ついでのように僕の右肩の痛みも消えた。

 静寂を取り戻した夜の、ひんやりした空気が倉庫に吹き込んできた。

 しかし残された死体から立ち上る生臭さは、僕の心を重くさせる。

 帰るぞ、と全てを振り切るようにそっけなく、エルダーが身を翻した。

 僕は、ああ、と答えたつもりだったけど、かすれた声にしかならなかった。

 かすかに、治癒したはずの右肩がまた痛んだ。



(続く)

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