第1-10話

     ◆


 失踪事件から六日目になろうとしている深夜零時前。

 不愉快なことに僕とエルダーは東京シティに程近い倉庫街へ来ていた。

 時刻が時刻なので、人気はまるでない。というより、僕たちが人気のない時間まで待っていた形だ。

 魔法による戦闘に首を突っ込む一般人はいないが、もしかしたら巻き込むかもしれない。

 情報屋のコザンナに調べさせたその根城は、外から見てもまるで普通の倉庫だ。

 僕の背後でゆっくりとエルダーが曲刀を鞘から引き抜く。

「死闘という奴は久しぶりだ」

 本当に嬉しそうにそんなことを言う相棒の気が知れない。

「目的は斬り合いではなく、人質の奪還だ」

「美月、一つ、聞いておきたい」

 すでに魔法を発動させ、別世界の鎧で全身を覆い始めている相棒の口から、静かな問いが向けられる。

「例の女が寝返っていたら、どうする?」

「どうもしない」

 僕も腰から両手に剣を抜いている。

「警察に突き出すだけだ」

「シンプルでいいことだ」

 次の瞬間、人間を超越した運動能力でエルダーが影を置き去りに倉庫の正面扉に衝突。

 高さが五メートルはありそうな大扉がひしゃげて内部へすっ飛ぶ。

 僕も左に手に握る多機能増幅刀剣、左のオルタを介して位相に干渉し、身体を形作る物質を置き換え、相棒には劣るものの高速で倉庫に踊り込む。

 すでに内部では戦闘が開始されていた。

 エルダーの姿が右へ左へ目まぐるしく跳ねる。

 切り返すたびに血飛沫が舞い、絶叫がそれを追うが、血飛沫も絶叫も、また別の血飛沫と絶叫を呼ぶだけだ。

 声が乱れ飛び、倉庫の内部に設置されていた水銀灯が点灯。

 照らし出された倉庫の中には大量の荷箱と、もはや数が分からない解体された人体の群れ。

 周囲には作業着姿の男たちがいるが、圧倒的な脅威と恐怖に完全に気を飲まれている。

 光の中心でまるで役者のようにエルダーが剣を大仰に構え直す。

 頭上で足音。振り仰ぐ僕の視界で、こちらに二人の男が剣を向けている。

 僕の右手で多機能増幅刀剣の右のアルダが位相変換を実行、瞬間的に頭上に物体が出現。

 ごく細い糸の網が広がり、頭上から降りかかる炎と雷撃を四散させる。

 魔法使いとは超常現象を司るが、二流の魔法使いは現実世界からしか物体を呼び出せない。

 炎も雷撃も、氷結も、全てが僕たちが生きる世界に起きる自然現象であり、物理現象と言える。

 しかし本来的な魔法使いは、この世界に縛り付けられることがない。

 ありとあらゆる法則を超越し、奇跡を超えた奇跡を呼び起こるのが魔法使いである。

 防御の魔法は同時に攻撃のそれへと変わる。

 網が舞い上がり、男たちが逃げた後の通路を壁、天井の一部を無数のサイコロ状に解体し、構造物が即座に落下を開始。騒々しい音ともに床が揺れ、明かりが明滅する。

「お前たちは下がっていろ」

 轟音が消え、たちこめた煙が消えるところで、悠然と一人の男が進み出てくる。

 その男は高級そうな背広を着ており、背中に剣を背負っていた。

 頬に傷跡があり、隠そうともしていない。

「山奥から出てきた異国人と、女のような美貌の男の日本人の組み合わせ。エルダーと美月だな」

 異国人と呼ばれたエルダーが舌打ちし、女のようなと言われたことに僕が舌打ちする、その二つの音が自然と重なる。

 作業着姿で生き残っている誰かが「剣鬼のエルダーか!」と声を漏らしている。

 魔法管理機構は高位の魔法使いに称号を与えることがあり、エルダーも魔法剣士としての称号を授かっていた。

 別にそれでどうなるわけでもないが、羨む奴はいる。僕は別に羨ましくない。

「逃げ出さないところを見ると」エルダーが構えを変える。「真性の間抜けだな」

 火花が散った後、事態に僕は気付いた。

 背広の男がエルダーの側面に瞬間移動。

 床を蹴ってすらいない。

 空間同士を捻じ曲げ、繋いだのだ。

 繰り出された短剣を、エルダーが曲刀の鍔元で受け止めていた。

 例の超高額商品だが、いきなり壊されるとさすがに僕も気を失いそうだ。

 阿吽の呼吸で僕も動き出す。

 左のオルタが僕の思考を拡張し、最適化、高速化していく。感覚全てが超人的となり、そこから得られる膨大な情報は瞬時に精査されていく。

 眼前では短剣を弾き返したエルダーが怒涛の連続攻撃を開始。

 男の片手で短剣が魔法を発動、男の全身が鎧われていく。

 しかし、なんだ、あれは?

 細かな六角形が連なる鎧。見たことがない。

 急角度で切っ先が翻り、今や巨大な板と化したエルダーの剣が、男の首を急襲。

 男が短剣で受けるのを断念。

 受けたら短剣ごと首をはねる一撃だった。

 両手を交差させ、鎧で受ける。

 金属の板が引き千切れることがもしあれば、こんな音が鳴っただろう。

 エルダーの一撃は男の鎧に止められていた。代わりに男の両足が床のコンクリートに食い込み、削りながら滑って深い溝を刻み込んでいた。

 返しの刃を余裕でエルダーが捌いた時、男は際どいところで間合いを取り直す。

 エルダーは平然としているが、明かりにかざすように剣を掲げた。

「この刃が欠けるところは、初めて見た」

 相棒の剣の一部が欠落していた。

 別世界から召喚した武器を破壊するエルダーの膂力を恐れるべきか、名乗ってすらいない男の防御力を恐れるべきか、僕にはわからなかった。

「剣鬼の称号は伊達ではないな」

 男が嬉しそうな笑みを浮かべ、短剣を腰の鞘に戻すと、背中に背負ったままだった剣を引き抜く。

 それにエルダーが小さく呻きを漏らす。

「獅子殺しのエクスディール系列か。久しぶりに見る」

「系列ではない。真作だ」

 獅子殺しのエクスディールは、魔法使いなら誰でも知っている刀剣だった。孤高の鍛冶師とも呼ばれるアブラックの作品の系列で、真作は全部で八振りが現存しているとされる。いくつかの企業が発展系を販売したが、優秀さでは真作を超えられない、伝説的な武器である。

 それが、目の前には実物があるという。

 信じられない。というか、信じたくない。

 エルダーが剣を構え直し、魔法を発動。烈火カルカローンの形状が変化していく。

「獅子殺しの持ち主とは初めて出会った。実は夢に見たこともある。斬り合う夢だ」

 ……とても見たいと思える夢じゃないな。

 目の前にいると男も僕と同感なのか、どうなのか、ともかく全身の鎧の形状を変えて武装を再展開する。やはり六角形を基礎とした鎧である。

 脳内で情報検索。ヒットしない。門を開放し、位相変換の応用で該当する別世界の情報検索するが、待っていてくれる相手でもない。

 男が兜に覆われ、その奥からくぐもった声で名乗る。

「俺はイ・グというものだ」

 エルダーが構えを取り直す。

「相手にとって不足はない」

 二人の剣士がお互いに向かって突っ込んでいく。

 僕の強化された視界で、二本の刃が交錯した。



(続く)

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