第1-9話
◆
ツヅミ武具店を出てバンに乗り込もうとしたが、クラクションが鳴らされた。
平凡な乗用車が止まっていると思ったが、運転席の男がこちらに手を振っている。エルダーの知り合いか、と思ったが、相棒も不審そうな顔をしている。
「乗れよ! 話をしよう!」
運転席にいる男は黒い背広をして、サングラスをかけている。どことなく堅気ではないが、口調は気やすげでちぐはぐだ。
「話をしたいか?」
エルダーが問いかけてくるのに、僕は肩をすくめるしかない。
「向こうはしたがっている」
仕方なく乗用車に歩み寄ると、どうやら防弾仕様車のようだ。塗装が工夫されているので、どこにでもある車にしか遠目には見えない。ちなみに防弾仕様車でも魔法を使えば破壊できるが、実際にそんなことをすると重罪になりかねない。
後部座席に乗り込む。すぐ横にエルダーも腰を落ち着けた。
「シートベルトを着けてくれよ、切符を切られたくない」
男は目元は見えないが、口元には愉快げな笑み。
仕方なくシートベルトを着けた。もし車爆弾だったら、この男を道連れに僕もエルダーも消し飛ぶだろう。
車はゆっくりと走り始めた。大通りを進む。急いでいるようでもなく、完璧な安全運転だった。
「ツヅミで鍔を買ったか。それは一級品で、俺も欲しいと思っていたよ。先を越されたな」
名乗りもせずに男が言うのに、どう答えるべきか迷ったが、黙っているわけにもいかない。
「今からでもあんたに譲ってもいい。六十回払いの月賦で血を吐きそうなんだ」
「稼ぎに見合った買い物をしたほうがいいぜ、賞金稼ぎ」
そうか、僕たちが賞金稼ぎだとは知っているわけだ。
「あなたはどちらのどなた?」
思い切って僕は問いかけていた。車は走り続けている。嫌な気配もしないが、嫌な気配がする前に聞いておくべきだと判断した。
自分が誰に始末されるのか、それくらいは知っておきたいものだ。
男は少しの沈黙の後、「桑田だ」と返事があり、手がこちらへ名刺を差し出してくる。
名前は桑田樹となっている。
所属は、一条総合警備だった。
「ツヅミ武具店を見張っていたのか?」
こちらから確認すると、小さな笑い声が返ってきた。
「いいや、実はきみたちをずっと見張っていた」
「警備会社がそこまで暇とは、驚きだな」
「これでも平社員だ」
どこまでが本当で、どこまでが嘘だろうか。さっきの名刺には名前と社名はあっても、部署の名前や役職は書かれていない。当然、名前が偽名ということもある。
「で、何で俺たちを追う?」
エルダーの問いかけに「勘違いするなよ」と笑い混じりの返事。
「追っているのはお前たちで、俺はそうだな、待っているんだ」
待っている?
「一条総合警備はこの件に噛んでいるんじゃないのか?」
確認する僕に、どうだかね、と今度は一転、はぐらかすような返事。
主導権は渡してもらえそうにない。
「僕たちを襲撃した魔法使いは、少なくとも一流だった。ついでに使っていた刀剣は、ツヅミ武具店を経由して一条総合警備に流れている」
返事はない。もっと喋ってみせろ、という気配だ。
乗ってみるとしよう。
「例の場所での襲撃は、別件とのつながりを匂わせる。つまり僕か相棒が個人的な恨みから襲撃されたわけではない、となる。そうなれば別件に暗殺者は関係しており、暗殺者は一条総合警備と繋がってる」
大塚渚の名前も言わず、例の場所、とか、別件、と表現して罠を張っておいたが、おそらく引っかからないだろう。
そして、ここから先は憶測だが、カマをかけておいて損はない。はずだ。
「別件で浮かび上がってきた中小企業の一つが、どうも裏社会の息がかかっている。それも元から非合法に浸りきったような企業だ。裏稼業なのか知らないが、トラブルがあって人を一人なり、消す必要が生じた。その時、凄腕のヒットマンを用意するには、一条総合警備は都合が良すぎるほどだ」
「おいおい、俺たちはこれでも警備会社だぞ。ヒットマンなんてものは抱えちゃいない」
「表向きはね。一条総合警備とどこぞの零細企業が直接に繋がる可能性は低いが、間に挟むものには困らない。例えば、輿永総合技術。あるいは、転換党とかかな」
沈黙。
あまり刺激しすぎると、こちらが消される。
無能なふりをするのも必要だったかもしれない。
しかしすでに遅い。
相棒の手が、手元の烈火カルカローンの柄に触れているのが見えた。
「どこまで知っているか、よく分からないが」
桑田が急に口を開いた。乗用車は赤信号でゆっくりと停車する。
「安曇野精密は、明らかな悪手だったよ。ただ、俺たちも最近までは知らされていなかったがね」
ここで理解できていないそぶりを見せると、情報を知ることはできない。ただ情報を知ってしまうと、引き返せない道に踏み込むことになる。
判断に迷ったわけではない。
もう僕たちは数え切れないほど、戻れない道を選んできた。
桑田が言葉を続ける。
「安曇野精密は工業を生業とする企業で通してはいるが、実際には資金洗浄の現場だ。お前が言う通り、輿永総合技術があそこで裏金作りをやっていた。それを鴉が嗅ぎつけたんだ」
思わぬ展開だが、最悪な展開と言える。
今、桑田は実名こそ何も出さなかったが、鴉が大塚渚を拉致した、そう言ったのだろうか。
ここでもし僕たちが何も行動を起こさなければ、それは大塚渚を見捨てるのに等しい。東京シティでは日常的にとは言わなくとも、不審死など珍しくない。女の死体が川に浮かんだり、海の底で発見されても、知らぬ存ぜぬで押し通せる。
それができないと、桑田は見ているのだ。
つまり今、こうして話すことによって、僕とエルダーをより深く、事態に巻き込もうとしている。
それもおそらく、捨て駒になっても困らないというような発想を明確に持って。
信号が赤から青に変わる。乗用車がゆっくりと走り出す。
「別に俺たちが手を汚してもいいが、鴉の手下は案外、しぶといし、手強い。それに一条総合警備としてはマフィアどもとことを構えるのは避けたいところなんだ」
「本音が出たな」
エルダーが素早く口を挟む。
「闇の中で生きる者同士で、好きなだけ殺し合えばよかろう」
「きみは赤の部族の出身だそうだな、エルダー・エンダ・アルギュストくん」
エルダーが殺気を放射し、車内の空気が氷点下のように錯覚される。
しかし桑田は動じない。
「確かに俺たちは闇の中にも入っていく。しかし闇の中にも秩序があり、流儀がある。無差別に、自由に振舞える場所ではないのだよ」
「そのような汚れきった性根など、知りたくもない」
「しかしその闇の中で、無関係の女性が今、切り刻まれているかもしれないぜ」
エルダーが身を乗り出そうとした。
僕がそれを引き止めた。
火花が散るような視線が僕を射抜くが、ゆっくりと首を振って見せる。
そうしてから僕は桑田の後頭部を見た。
「仕事としては、かなりな報酬を要求しますけど、よろしいですか」
いいね、と桑田がまるで平然と答えた。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます