第1-8話
◆
ツヅミ武具店は東京シティの外れにあり、川を背にして建っている。
ありとあらゆる魔法使いが必要とする装置を商う店で、店頭には魔法管理機構、魔法装備品組合、魔法保障会議などなど、主要な組織の営業許可書が貼り出されている。しかし額に入れられているのではなく、ガムテープで直接に壁に貼ってあった。
ついでに壁には「安心安全の金利」とか「返品対応完全保証(一部)」とかスローガンが掲げられていた。
悪質なのは「安心安全の低金利」ではないし、一部を除く、ではないことだ。
この店の月賦は超高金利で、ついでに返品に対応することは滅多にない。
それでも魔法使いたちがこの店を利用するのは、店主のオルガ・ツヅミという日本国籍の外国人がどこからか調達してくる、潤沢な装備による。間違いなく東京一の品揃えだった。
この日もツヅミは店にいたが、 椅子に伸びていた。死んでいると喜ぶ奴が大勢いるはずだが、店に入った時の電子音を聞いていたのだろう、その口が開く。
「気配からすると美月とエルダーか」
気配で来客を判別するなよ。
ツヅミは浅黒い肌で髭を伸ばしている。髭は宗教に関する方針らしく、このおっさんは一日に五度、どこかはるか彼方の聖地に向かって拝礼する。何度も見たことがあるが、面白くもない。滑稽を通り越しているからだ。
「ちょっと刀剣について聞きたいんだけど、いいかな」
エルダーが店にぎっしり並ぶ棚に置かれた商品を見始めたので、僕が話をすることになる。
カウンターの向こうでツヅミが起き上がり、首をゴキゴキと鳴らしながらこちらに向き直った。
両目のところにはバイザーがあるが、それは被っているのではなく、目元に食い込んでおり、つまり義眼のようなものだ。噂では客に両目を潰されたらしいが、真偽のほどは不明。ついでにその噂には、両目を切られてもツヅミは相手をきっちり殺したということだ。
現代日本でそんな物騒なことがあるとも思えないが、噂は自由だ。
「どこのどういう刀剣だ? お前の剣が折れたようでもないが?」
「ウェスタ魔法技術の、善意なるサズナ、という刀剣の系列の最新型を探している。もしかしたら試作品かもしれない。そういうものはここに流れてきているかな」
「善意なるサズナ型の新型かは知らないが、ウェスタ魔法技術は毎月、試作品を提供してくれるよ」
「刃の組成はこれだ。金剛合金製」
森内から流れてきた情報を提示する。一瞥して、ツヅミが斜め上を見ると、鼻息を漏らす。
「不愉快なことに、それらしい商品を扱ったよ。警察には黙っておいてくれるよな?」
「この店を警察に告発すると、警察署と僕たちが同時に消し飛ぶから言わないよ」
暴力も時には役に立つな、と不敵な笑みを浮かべる商人が、表情を改める。
「仕入れ先は、ウェスタ魔法技術だ。お前が言う通り、善意なるサズナの系列の発展系で、そのための試作品ということだった。外的作用、内的作用、どちらにも使える性質を持っているんだが、刀身を解析すると質が悪い。だから俺は書類の上では会社に突き返した」
書類の上では、ね。
出荷し、返品するという過程を経れば、刀剣の一本や二本を行方不明することは容易い。関係者は商品の管理に関して批判されそうなものだが、こういった存在しない武器は求めるものが多い。
テロリストはもちろん、反社会勢力、マフィアなどは最新鋭の武装を常に欲しがり、一方の製造メーカーも、日の当たるところではとてもできない、実際的な運用データが欲しい。警察は目を光らせているが、警察が買収されることもままあった。
魔法というものは、現代社会の倫理や常識を激しく揺さぶっている。
もっとも、魔法以前にもそういうことはあっただろうが。
「どこへ流れた?」
「それは俺も知らないな」
「手渡したんだろう?」
じっとバイザーが僕の方に向けられる。僕も視線をぶつけ返すが、すぐに視線を外す。
向けた先は棚から商品を手に取っているエルダーだ。
「それは?」
僕が声をかけると「鍔飾りだな」とエルダーがそっけなく応じる。
急に手を揉みながら、ツヅミが商品解説をする。なんとかいう職人が作った、芸術品でありながら、魔法使いが門を開き、位相変換を行うのを助ける装置が組み込まれているようだ。
「いくら?」
ツヅミが口にした値段に、思わず僕も眉をひそめる。
「払えるわけがない。破産して廃業する未来しか見えない」
「月賦でいい。五十四回払いでどうだ?」
「五十四回? 払い終わる頃には別の新製品が出るし、刀剣自体を変えるかもしれないな」
「その鍔飾りだけで、少しは生き残れるようになる」
「東京シティで命の取り合いがそんなにあるかな?」
「命の取り合いの場に駆り出されるのが、賞金稼ぎだ」
どう言っても鍔飾りを買えということらしい。
くそったれめ。
僕は懐から携帯端末を取り出し、契約を結ぶ。五十四回払いは厳しいので、六十回払いにした。五年先まで返済し続けなくてはいけないとは、本当に僕もエルダーも死んでいるかもしれない。まぁ、ツヅミは保険金から残額を奪い取るだろうが。血も涙もない。
鍔飾りをつけてやろう、とツヅミがエルダーを手招きし、エルダーも愛剣を腰から外すと手渡したが、二人ともがどこか楽しそうだ。事務所からの支払いにするんじゃなかった、エルダー個人での月賦にするべきだった。気付くのが遅い。
鍔飾りが烈火カルカローンに装着される間、ツヅミは必要な情報を教えてくれた。
善意なるサズナ系列の試作品の刀剣は「偽善のリアン」と名前が付けられており、四振りがツヅミの手元へ来たが、そのうちの二本は安定性に看過できない疑念を持ったため、本当にメーカーに送り返したということだ。
二本は一条総合警備に流した、とツヅミは悪びれもせずに言う。
一条総合警備は、東京シティで手広く警備事業を行う民間企業だが、裏では魔法使いを斡旋しているとされている。
民間魔法使いは基本的には警察関係者か、一部の複数の認可を経た僕たちのような立場のものになる。
裏社会、闇社会では魔法使いが増えてきたが、未だに専門職であり、育成も難しければ、素質を持つものも珍しい。魔法使いは技能者であり、暴力装置ではないという認識が根強かった。
仮に魔法を学んでも、それは学問の一つだ。
魔法は圧倒的な戦力となるが、容易に用意できる戦力ではない。
一条総合警備はその点をクリアした立場の組織と言える。
鍔が付け替えられ、「試すかい?」と軽い調子でツヅミが問いかけるのに、そうしよう、とエルダーが頷いている。この店の裏手にはちょっとした倉庫がある。どことなく僕たちの事務所に似ている。
二人の背中を追いつつ、なるほど、と僕は勝手に納得していた。
一条総合警備なら、あの二人組を抱えていてもおかしくない。
ここまでくれば、一条総合警備とどこが繋がっているかを辿れる。
そうなると最大の問題は、大塚渚の安否とその価値だった。
いったい彼女は何を知っていて、今、どこにいるんだ?
(続く)
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