賞金稼ぎの日常編
第2-1話
◆
寝台の上で目が覚めたが、強烈な頭痛が待っていた。
呻きつつ時間を確認。まだ五時だった。カーテンを浮かび上がらせる太陽光の入射角はまだ低い。
起き上がると自分からアルコールの匂いがする。昨日の夜、友人たちと酒を飲んだのは覚えていても、都合良く、何をどれだけ飲んだかは覚えていない。
サッカーの試合があり、我らが新町田ウッドペッカーは後半ロスタイムに失点して惜敗した。
客席にいれば罵声を浴びせただろうが、場所はスポーツバー、それも全盛期からありそうな骨董品並みのお上品なバーだったので、グラスを一つ、叩き割るだけで済んだ。
仲間とともに移動し、もとい追い出され、馴染みの別のバーへ移動したはずだが、いったい、誰がどういう支払いをしたのだろう。
半年ほど前、競馬で万馬券を当てた友人とバーに繰り出し、その店にある超高級酒をボトルで注文したのが思い出される。その場の仲間で最後の一滴まで飲み干してから空き瓶をプレゼントする嫌がらせをしたのだ。
あの時の仕返しをされていると、僕は明日にはどこかで金を借りないと生活できない。
シャワーを浴びるだけにしようかと思ったが、こんな時間だ、湯船にお湯を張る余裕はある。
リモコンで操作してから、携帯端末に報道番組を表示させる。朝五時過ぎでも、きっちりと大手の放送メディアは生放送をやっている。ついでにいつ寝ているかわからない、その道の研究者も出演する。
今は南アメリカ紛争の話題で持ちきりだった。
チェ・ゲバラの再来と呼ばれる男がおり、ほとんど軍閥と化していた。これをアメリカ合衆国があれやこれやのほどほどの牽制で御しているが、現地住民からすればそのアメリカが難民を受け入れてくれればいいのに、と心底から思っているはずだ。
もっとも、どこの国も今時、難民を受け入れる余地はない。
世界経済は停滞し、技術革新も頭打ちになった。人口問題、食料問題、環境問題と、問題ばかり出てくる。
明るいニュースとしてイギリスの俳優が、謎の善意で孤児院に莫大な寄付をしたという短い報道があったが、僕とは無関係すぎてどうとも思わない。その寄付の十分の一でも僕に渡してほしい。
バスタブにお湯が張られたことを電子音声が伝えてくる。
湯につかると、自然と息が漏れてしまうのはなぜだろう。
湯気が立ち込める中で、自分の体を確認。そこらじゅうが傷跡だらけでも、引き締まり、無駄がないと言える。
魔法使い、それも実戦の場に立つ魔法使いは体が資本だった。
傷跡があるのは、戦場をくぐりぬけてきたことの証明のようなものである。
相棒のエルダーなど、左目を潰した傷跡を残している。普段は瞼を閉じているが、その奥には義眼がある。あの傷跡は凄みがあるが、元からして上背があるので威圧感のある男だ。
僕はそこのところ、比較的、平凡な容姿と言える。
別に平凡さが嫌で髪の毛を脱色しているわけでもない。数年前、この道に踏み込んだ時、自分が明日をも知れない身だと気付いた。それで髪を脱色し、伸ばすことにした。
死ぬまでにやっておきたいことを列挙する奴らがこの世にいるが、そういう奴らははっきり言って僕からすれば呑気だ。やっておきたい、などという発想は、僕たちとは相容れない。今日やらなければ、もうできない。たった今やらないとできない、ということさえある。
全身が程よく温まり、汗が流れる。
湯船を上がり、乾燥機で全身を乾かして、新しい部屋着に着替える。古い部屋着は洗濯機に入れておく。
ウォーターサーバーからアイスコーヒーをグラスに入れ、ベランダに出てみた。
朝の空気は新鮮だ。東京シティは環境特別開発区などにも指定され、空気のクリーンさでは群を抜いている。それなのに光化学スモッグが発生するのは七不思議と言っていいだろう。
それを抜きにしても朝の空気とは、不思議と澄んでいるものだ。
コーヒーを飲み干して、僕は部屋に戻った。
少し早いが、事務所へ行って事務仕事をしておこう。大して仕事もないが、賞金稼ぎ業にも書類は付いて回る。電子書類が一般的になっても、事務仕事がなくならないのは何かの呪いかもしれない。
はるか古代の、書類に埋もれて死んだ官吏か何かの呪いだろうか。
背広に着替え、テーブルの上に投げ出されていた多機能増幅刀剣の剣帯を掴む。
つい一週間前の仕事で二振りの片方、左のオルタに不具合が出たので、今はツヅミ武具店に預けていた。今日の昼間には修理も終わるはずだ。つまり、今日の昼間まで僕が仕事をすることはない。
そう思うとこの何でもない半日は、非常に貴重と言える。
その貴重な半日で事務仕事とは、少し泣けるが、仕事は仕事だ。
玄関の脇の姿見で服装をチェックし、ちょっとネクタイの位置を直して僕は玄関を出た。
(続く)
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