なけなしの勇気だったんだい 彼(降りていく小説)




 あれは忘れもしない十年前の2月14日の俺の誕生日だった。

 娘が十一本の紅の薔薇の色を抜いて食用染色で彩ったのだ。

 懸命にしていたが不格好な赤白桃青黄橙紫緑緋濃紅黒に。

 とうとうこんな日が来たのかと悄然と去ろうとしたが。

 草木も眠る丑三つ時に父は秘めていた力を使おうぞ。

 貴方は軽やかに走り出す今最も会いたい人の元へ。

 目を丸くした娘は泣きそうな顔になりながらも。

 ありがとうと言って俺の横を通り過ぎて行く。

 ああ寂しいかな嬉しいかなやっぱさびしい。

 ずっとずっとだ吹きすさぶのだ右半身が。

 娘が、彼女が通り過ぎて行ったあとが。

 寂しいからだけではなく恋しさ故に。

 痛みと苦しみで悲鳴を上げる老躯。

 走って走って走った不格好でも。

 忘れられなかったどうしても。

 運命か魔王の采配か引力か。

 お友達からお願いします。

 差し出すのは一本の花。

 黄のドット柄の薔薇。

 吹きすさび続ける。

 渡されなければ。

 彼女から一箱。

 友達からね。

 睨む彼女。

 笑う俺。

 眩い。

 朝。












(2022.2.12)


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