第14話十矢の過去 (レシピ有)
アテは鬼帆立貝柱のバター焼き。
故郷の帆立の十倍はあろうかという大きさなので、ひとくち大にカットしてから焼いてある。
仕上げにかけた醤油の香ばしい香りがあたりにただよっていた。
八穂は今夜、店で出した、サイドメニューのサラダを作っていた。
トマトと一口大に切ったキュウリと茹でたじゃがいもを合わせて、辛子の効いたドレッシングで和えたもの。
プチトマトほどの大きさの、小さなトマトを選んで使っていた。甘味は品種改良された日本のものには及ばないが、爽やかな酸味で後を引くうまみがあった。
「トマキューポ・ゴロゴロサラダです」
八穂がカウンター越しに十矢の前に出すと、十矢は、手にしていたグラスを軽く上げて答えた。
「変わった名前だな」
十矢が笑った。
「トマト、きゅうり、ポテトのサラダです。マスタードドレッシングであえてある」
「カラフルだ」
「でしょ、噛んで食べるように、大きめにカットしてあるの」
「締めはお茶漬けでいい? 高菜のお漬物が漬かったから」
「おう、もちちろん。こっちにも高菜ってあるんだ」
「たぶん、高菜だと思う、似てたから。味もそのものだったし」
「なるほど。まあ、あまり理屈を考えてもな、そういうもんだと思うしかない」
十矢は、きゅうりを口に入れて、カリカリ音を立てて噛んだ。
箸でトマトを挟もうとして、ドレッシングの油で滑ったらしい。苦笑しながら、もう一度挟み直して口に入れた。
もちろん箸はこの世界にはない。これは八穂が自宅ごと飛ばされきた時に、キッチンにあったものだ。
他のお客さんには、フォークやスプーンを出すのだが、十矢へは箸を出す。特に和食の時は、ひと味ちがうような気がするからだ。
「はい、ご飯炊きたて。特別、自宅の米を炊いたから、向こうの米だよ」
八穂が差しだしたお盆にのっていたのは、丼に半分ほど盛ったツヤツヤしたご飯。小鉢には細かめに刻んた高菜と、急須に入った緑茶だった。
「うまそう」
十矢は、ご飯に高菜を乗せ、熱いお茶を注ぐと、フーフー冷ましてから掻き込んだ。
「パンはさ、毎日食べてると飽きるけど、飯は飽きないな」
「そうだね。パンばかりだと、ご飯食べたくなるよね」
「オレは、こっちへ来て、八穂に会うまで六年、固い混合粉のパンばかりだったからな。ほぼ肉で腹を満たしてた」
「六年は長かったね。高校生の時だっけ?」
「ああ、高三の夏休み」
十矢は、当時を思い出したのだろう、大きくため息をついた。
「まさかな、あのまま家に帰れないとは、思ってもみなかった」
十矢は、高校三年生の夏休み、受験勉強のため、図書館へ向かう途中だったという。交差点を渡り切ったところで、体が浮きあがるような、激しい
気がついた時には、まわりは何もない荒野で、足もとに放り出されていたのは、教科書を入れていた鞄と、神様ポーチのマジックバッグだった。
「あのまま死ぬんだと思ったよ」
八穂と同じように、至高神エリーネからの伝言『異世界の歩き方』の冊子を手がかりに、なんとか近くの町へたどり着いた。
彼が最初に飛ばされたのは、隣国ドアル公国との国境に近い、辺境の町ゲリナで、戦闘スキルの神様特典を与えられた十矢は、そこで冒険者としてFランクからスタートした。
地方都市トワの周辺、比較的穏やか中部地方とは違って、強い魔獣が多い山岳地帯の北部地方は、殺伐としていた。
喧嘩や暴力沙汰は日常茶飯事で、悪意を向けられることもあった。
それでも、中には親切にしてくれる人もいて、彼らに支えられて生きてこられたと言う。
「私なんか、すごく恵まれた転移だったな」
八穂が言うと、十矢は肩をすくめた。
「それでもな、否応なしに勝手に飛ばされるなんて、理不尽すぎる」
「そうだね。泣いても叫んでもどうにもならないから、馴れるしかなかった」
神様特典のおかげで、魔獣討伐に頭角を現した十矢は、順調にランクを上げて、Aランクにまで上り詰めることができた。
Dランクが冒険者としては中堅で、そこそこの生活ができるようになり、Cランクになれば上級者と言われ収入も増える。
Bランクまで上がれるのは一握りで、Aランクとなれば国内にも数えるほどしかいない。
ただ、Aランクになると、自由に好きな依頼を受けるだけでなく、冒険者ギルドからの特別依頼が舞い込むこともあった。
嫌なら断ることもできるのだが、それが度重なると心証を悪くするので、あまり拒否できないのが普通だった。
十矢がトワに来たのも、タウル町のダンジョン発見に伴う事件の、調査依頼を受けたためだった。
腹ごしらえをしようと立ち寄ったトワの広場で、たまたま八穂のゆで小豆の屋台 をみつけ、懐かしさのあまり、三杯もお代わりすることになった。
それが切っかけで、八穂の和食に腹をつかまれたことも大きいのだが、トワに拠点を移すことに決めて、今に至っていた。
「帰れない以上、ここで生きて行くしかないよな」
しみじみ十矢が言う。
「そうだね、こっちの知り合いも増えて、今は楽しいし」
八穂は笑って、食後の緑茶をカウンターに置いた。
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トマキューポ・ゴロゴロサラダのレシピ
●写真:
https://kakuyomu.jp/users/kukiha/news/16817330648254723324
(2~3人分)
プチトマト 10粒
きゅうり2本
じゃがいも1個
●ドレッシング
酢 大さじ3杯
砂糖 大さじ1杯
塩 ふたつまみ
練り辛子(チュ-ブ) 小さじ1杯
エキストラバージン・オリーブオイル 大さじ1杯
1 きゅうりは1.5cm厚さの輪切りにし、分量外の塩ひとつまみを振って数分おき、水分を出し、水気を拭き取っておきます。
2 じゃがいもは、プチトマトくらいの大きさに切って、崩れない程度に茹でておきます。
3 鍋に酢、砂糖、塩を入れて一煮立ちさせ、ボウルにあけて粗熱を取ります。
4 ボウルに練り辛子を入れてよく混ぜ、オリーブオイルも入れて混ぜます。
5 ボウルの中に野菜を入れて、全体を混ぜます。
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