第11話黒牛のスライス肉 (レシピ有)
「ヤホちゃん、これ何とか使えないかね」
宿屋の女将、リーナが油紙に包んだ大きな包みを持って現れた。
「なんですか」
夕食メニューを考えていた八穂は、立ち上がって包みをのぞき込んだ。
「あら、柔らかそうないいお肉」
八穂が言うと、リーナは困ったように頭を振った。
「今度入った料理見習い。頑張ってくれてるのはいいんだけど、ちょっとねぇ」
「どうしたんですか」
「あまり質の良くない肉があったから、
彼女の夫は宿屋の主人で、料理人でもある。新しい弟子の修行のために練習用の肉を与えたらしかった。
「それなのに、これ、仕入れたばかりの
「
「そう、見た目は同じなんだけど、全身真っ黒でね。でも旨味は数段上で、値段もかなり違う」
「なるほど」
「何を間違えたか
「あらら」
「今夜ステーキにするはずが、こんなにペラペラの薄切りじゃ、お客さんが怒っちまうよ」
八穂が包んであった油紙を広げて確認すると、確かに三~四ミリ厚さに切りそろえられた薄切りの肉が、重なっていた。
「それにしても、練習にしては綺麗にスライスしたものね」
八穂が感心していると、リーナはため息をついた。
「期待の新人なのよ。腕はいいんだけど、そそっかしくてね。落ち着きがないったら。何かいい料理がないかしら、ダンナも考えこんじゃって」
「そうね…… ステーキがいいのよね。それ以外なら思い浮かぶんだけど」
八穂は、しぐれ煮とか、しゃぶしゃぶなどを思い浮かべながら言った。
「そうなの、今日のメニューはお客さんに知らせてあるから、楽しみにしている人が多いのよね」
「そうだな…… 薄い肉を焼く、薄い肉か」
八穂はあれこれ考えながら、部屋をぐるりと見渡した。
部屋に何かがあるとも思っていなかったが、なにかヒントになるものでも目に入らないかと思ったのだった。
器具置き場の棚には、鍋やボウルやザル、レードルや木べらなどが並んでいた。
食器棚には、皿やお椀の重なりが何種類もあって、その隣にはカトラリーとそれを敷くためのナプキン。
ナプキンはきれいにたたまれて、くるくる巻いてあった。
「あ!」
通り過ぎた八穂の視線が、ナプキンに戻った。
「なにかあったかい?」
「リーナさん、あれですよ」
「あれ?」
「あのナプキン。お肉を巻いて焼けば」
「おお! 厚みがでるね」
「そうです、
「ありがとう、ヤホちゃん、これで黒牛を無駄にしないですむ」
リーナは手を叩いた。
「どういたしまして。いつもと違うステーキで、お客様も喜ぶかもしれませんね」
「そうだね、さっそく帰ってダンナに教えるよ。ありがとね」
リーナは、八穂の手を取ってブンブン振ると、戸口へ向かっていった。
「リーナさん、忘れ物。お肉、お肉」
「その肉は、ヤホちゃんに持って来たのよ。お礼のお裾分け……」
八穂があわてて呼びとめたが、リーナはよほど気が
「さて、今夜のメニューは決まったみたいね」
リーナの後姿を見送ってから、八穂はありがたく肉をいただくことにして、準備をはじめた。
黒牛のスライスを一枚広げて軽く塩を振り、刷毛で薄くバイツ粉をはたいた。そして、端からくるくると巻いて、巻き終わりを下にして置いておく。
お肉を全部巻き終わったら、焼くまでマジックバッグに入れておく。
仕上げは注文を受けてから焼き、食べやすい大きさに切って出せば良い。
付け合わせにピーマンのソテーと、赤いトマトを用意した。
次はステーキソースだ。
鍋に米の酒を煮立てる。この酒は、麹を分けてもらっている東の地方の
先日、冒険者ギルド支所で、ご本人の三沢四郎さんに会うことができた。
酒とこれを使おう。
八穂は腰の神様ポーチから、ガラス瓶を取り出した
四郎さんから、お土産にいただいた宝物。おそらくこの世界初めての醤油だ。
まだあまり量がないので、いつも使うわけにはいかないのだけれど、今日は、黒牛に敬意を払って使ってみようと思った。
酒と醤油、それとシュガル少々を沸騰させて少し煮詰め、火を止めたらへーベスを入れる。
へーベスは、先日、広場に店を出していた行商から買った柑橘だ。
ゴルフボールくらいの小さな蜜柑で、外皮はきれいな緑色。そのまま食べるには酢っぱいが、お酒で割ったり、料理の風味付けにはほどよい酸味だった。
粗熱がとれたソースに、ヘーベスのすりおろした皮と、絞った果汁を加えると。爽やかな香りが広がった。
「思った通り」
八穂は少し得意そうにつぶやいた。
「ありがとうございました」
最後のお客さんを送り出して、八穂はほうっと息をついた。
ロールステーキは思った通り好評だった。冒険者向けにしては、少し量が少なかったが、最上級肉の黒牛だし、初めての味、醤油のソースにも満足してくれたようだった。
少ないと文句を言う人もなく、足りなければ、揚げ芋などのお腹にたまる定番メニューを追加して堪能していた。
リーナさんの宿屋でも同じメニューが出たはずだったが、あちらはおそらくソースが違うだろう。どんなロールステーキになったか、後で話を聞こうと考えていた。
「今夜は、
そろそろ店じまいの時刻になり、リクがご飯を求めて、裏口から入って来た。
料理の匂いが残っているのだろう、鼻を上向けてヒクヒク匂いを嗅いでいた。
「リクのお肉も取ってあるよ」
八穂は言って、味を付けせずに焼いて、細かく切った黒牛の肉を、リクの器に入れた。
リクは無表情で八穂の顔を見上げると、スタスタと器の前まで歩いて行ったが、ふさふさの尻尾は期待に満ちて、ゆらゆら揺れているのだった。
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「
(牛ももスライスのロールステーキ・へべすソース添え)
●写真:
https://kakuyomu.jp/users/kukiha/news/16817139556276847966
2人分
黒牛ももスライス 4枚
塩コショウ 少々
バイツ粉(薄力粉) 適量
●ステーキソース
米の酒(日本酒) カップ半分
醤油 大さじ3杯
シュガル(砂糖) 大さじ1杯
塩 ひとつまみ
ヘーベス 外皮すりおろし 1個分
ヘーベス 果汁 1個分
※ヘーベスは、すだち、かぼす、へべす等の柑橘で代用できます。
●付け合わせ
ピーマン 1個
トマト 1個
1 牛モモ肉を広げて、軽く塩コショウを振り、表面にハケでバイツ粉を薄くまぶします。
2 手前からくるくる巻き、巻き終わりを下にして置きます。
3 フライパンに薄く油を敷いて熱し、巻き終わりを下にして肉を乗せます。
4 下に薄く焼き色がついたら、反対側にも焼き色をつけます。
5 火を弱めてフライパンにフタをして焼き、中心まで火を通します。
6 フタをあけて、火を強め、軽くころがしてから火を止めます。
7 一口大にカットして皿に盛り、つけあわせの野菜を飾り、ステーキソースを添えます。
●ステーキソース
1 鍋に米の酒とシュガル、醤油を入れて沸騰させ少し煮詰めてから火を止め、粗熱をとります。
2 ヘーベスの皮すりおろしと、果汁を入れて混ぜます。
●つけあわせ
1 ピーマンは種をとり、縦4つに切ります。
2 肉を焼いた後のフライパンの油をぬぐってから、軽く炒めます。
3 トマトは食べやすい大きさに切ります。
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