第6話おばけキノコのガルショーク
「ひゃー なんとかしてよ、これ」
右手にはナイフを持っているのだが、スライムに突き刺すことができずに、ポヨポヨ体当たりされていた。
このダンジョン最弱の魔獣なので、たいしたダメージはない。
ただ、子供でも倒せるスライム相手に、悲鳴を上げて逃げ回るなど、珍しい光景ではあった。
「がんばれー」
かたわらで腕組みしている
「何でよ、なんでくっついてくるのよぉ、十矢とって、とって!」
数匹のスライムがもそもそと、八穂の膝のあたりまで、這い上がって来ていた。
足踏みして払い落とそうとするのだが、ピッタリくっついているゼリー状の体は、簡単には落とせない。
ぐるぐる回りながら騒いでいる八穂を、十矢はため息をつきながら見下ろした。
「イツ、取ってやれ」
肩に乗っていた使役獣の大鷲イツに頼む。
イツは茶色い翼を広げて、スライムめがけて飛び降り、その鋭いくちばしを、中心の核に次々に突き刺した。
八穂の足を上ろうとしていたスライムは、核を失って絶命し、ベチャっと地面に落ちた。
体のほとんどが水分でできているスライムは、土に吸われて、薄い外皮を残して消えて行った。
「ふう、ありがとイツ、ダンジョンて恐いところね」
八穂は身震いしながら、持っていたナイフを鞘にもどした。
「いやいやいや、一階層でそう言われてもな」
十矢はスライムが残した外皮を拾って腰のポーチに入れた。
外皮は駆け出しの冒険者が集めるありふれた素材だが、煮溶かしてドロドロにすると、接着材になる。
狩りの途中で物が壊れた時、緊急の修正に使えるのだ。
八穂が、何故ダンジョンなどに来たかというと、昨夜のこと。
キノコが食べたいという話になって、それなら採りに行こうということになった。
森にキノコが生える季節ではないので、八穂はおかしいと思ったのだが、冒険者だけが知っている秘密の森でもあるのかと、ついて来たのだった。
Aランク冒険者の十矢が一緒なのだ、上層階だけなら危険はないのだが、ダンジョンなどという特別な環境が初めての八穂にとっては、何をしても悲鳴が上がってしまうのだった。
そんなこんなで、大騒ぎしながら、二人は三階層まで下りた。
上層階は、冒険者ギルドによって整備されているため、照明もついていて明るいし、昇降の階段が作られていた。
三階層へ下りた途端、景色がガラリと変わった。穴蔵のような岩だらけの壁が無くなって、まばらに木が生えている広い空間があらわれた。
「ほら、ここだ。木のまわりを探してみろ」
十矢は言って、近くに生えている木に近づいていった。
見たことのない変わった木だった。枝のない幹だけが真っ直ぐ伸びていて、先に、五十センチほどの松葉に似たトゲトゲの葉が、扇状に付いていた。
「ねぇ、十矢、これ、これって、えええ!!」
八穂が足許を指さして叫んだ。
「うん、松茸っぽいよな」
十矢は、可笑しそうに肩を揺らして言った。
「食べられるの?」
「焼いて食べたことがある。旨いぞ」
「よおし、たくさん採ろう」
八穂は腕まくりして、かがみ込み、生えている芝のような草をかき分けながら、松茸に似た茸を探しはじめた。
八穂がキノコ採りに夢中になっている間、大鷲のイツは周囲を飛び回って警戒し、十矢は近づいてくる魔獣を倒していた。
この階層ににいる魔獣は、角のあるウサギや、長い爪を持つイタチなどで、低ランク冒険者でも楽に狩れる程度だったが、素人の八穂にとっては、それでも危険だった。
第一、松茸に舞い上がり過ぎて、まったく警戒心がなくなっているのだ。
十矢は、八穂は冒険者にならなくて、正解だったなと思った。
「ま、そんなところも、可愛いんだが……」
「ん、十矢、何か言った?」
八穂は顔を上げたが、視線はまだ地面を向いていた。
「ああ、何でもない、たくさん採れそうだな」
十矢は苦笑しながら答えた。
「だねぇ 何作ろうか、まずは、そのまま焼いて食べたいよね。醤油に七味……」
「あれ、何だろ」
八穂の指さす先からは、芝のような草が生えていなくて、突然黒く湿った土がむき出しになっていた。所々に、直系二十センチほどの白い円盤のような物が、たくさん並んでいる。
八穂は興味をひかれて、近づいてみようと歩き出したが、突然、十矢の腕が伸びて、引き止められた。
「なに?」
「だめだ、近づいては」
だが、少し遅かったようだった。
白い円盤が急に膨らみ、ザザッという空気を切る音とともに、二メートルほどの円柱が、一斉に立ち上がったのだ。
「チッ、気づかれたか」
十矢は言って、腰の剣を抜いた。
八穂は何が起こったのか解らず、声も出せずに、固まったまま立ちつくしていた。
「ゴーストマッシュルーム。お化けキノコだ」
「うへ、なんだか気味悪い」
数十本もの白い円柱は、蛇が身をくねらせるように、ユラユラと不規則に揺れながら、集団で近寄ってきた。
「これって、あの北欧の、カバみたいな妖精童話に出てくるアレみたい」
八穂が思わずつぶやいて、十矢の腕にしがみついた。
「攻撃してくるわけじゃないんだが、動物の熱を感知して近づいてくるんだ」
「危険じゃないの?」
八穂は不安そうに十矢を見上げた。
「集団でくるからな、囲まれて体にくっつかれたら身動きできなくなる」
「それだけ?」
「うん、それだけ。熱を奪われるから寒いな。ソロだと、囲みから抜け出すのに苦労する」
「なるほど」
悠長におしゃべりしている間にも、お化けキノコは、二人の周囲を取り囲み、その距離を縮めようとしていた。
「ねね、囲まれたみたいよ、近づいてくる」
身を縮める八穂に対して、十矢は冷静だった。
長剣を一閃。
一番近くに来ていた円柱が足許を断たれた。
見た目よりも軽いのかもしれない、ふわっと音もなく倒れて。地面に転がったまま、うねうねと動いていたが、しばらくすると動きを止めて静かになった。
「うわぁ……」
八穂は、その不気味なようすに、手で口を押さえてうめいた。
八穂が恐怖で動けないでいる間にも、十矢は近づいてくるお化けキノコを、次々と切り倒していた。
気がつくと、地面には数十本の白い円柱がばら撒かれていた。
「さて、これを拾ったら、そろそろ帰るか。夜は食堂開けるんだろ」
十矢は、何事もなかったかのように言って、地面に落ちているお化けキノコを、マジックバッグに詰めはじめた。
「それ、持って帰るの?」
八穂が気持ち悪そうに、顔をゆがめた。
「もちろん、これ、旨いぞ」
「げえ、食べるの、こんなもの」
「これニョロ茸って名前で、トワの市場で、結構高値で売ってるぞ」
その夜。
八穂の、ほのぼの食堂では「おばけキノコのガルショーク」が好評だった。
おばけキノコは、動いていた時のインパクトに比べて、クセのない味だった。コリコリした食感が面白くて、あとを引く。
ガルショークは、別名「壺焼きキノコ」という。
バター炒めしたひとくち大のお化けキノコ、じゃがいも、にんじんなどの野菜をデミグラスソースで煮て壺に入れ、パン生地で
ふくらんだパンがキノコに似ていて、見た目が面白い。
パンをくずして、壺の中に落として食べると、十日以上かけてじっくり煮出した
もちろん、閉店間際に食べに来た十矢も、じゅうぶんに堪能したのは、想像に難くなかった。
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