第4話バイツ粉の彩りニョッキ

  雑貨屋のレオンさんが、バイツ粉を持って来てくれたので、すりおろしたじゃがいもと水を合わせて、ランチ用にニョッキを作ることにした。


 バイツ粉は、元の世界で言うところの小麦粉だ。

ただし、仕入れる時期や、地域によって、薄力粉から、中力粉、強力粉までバラツキがあって、みんなひっくるめてバイツ粉だからややこしい。


 それに、一般に使われている粉、バイツ粉に雑穀などをブレンドした混合粉よりは割高になるので、メニューに出すと儲けが少なくなる。


 それでも、美味しいもの優先だ。喜んでくれる人がいる限り、より美味しいものを出したいと思っていた。


 今日仕入れたのは、手で握ってみた感覚では、中力粉くらいだろうか、トマトを入れた赤い生地と、ほうれん草を入れた緑の生地と、何も入れない白い生地の三種類を作ってみた。


 それぞれを棒状に伸ばし、二センチくらいにカット。フォークの裏で押して跡を付けると、ソースがからみやすくなる。


 これを、沸かしたお湯に入れて茹でるのだ。浮き上がったら茹であがりなので、短時間でできる。


 それを、ホワイトソースであえて器に入れ、とろりチーズを乗せてオーブンで焼き目を付ければ完成だ。


 細かく叩いた肉とトマトのボロネーズソースであえても美味しいが、今回は生地の彩りを生かすため、ホワイトソースにしてみた。


 下準備だけしておけば、それほどお待たせしないで、お客さんに出せるだろう。


八穂やほは、頭の中でシミュレーションしながら段取りを考えていた。


「八穂、来たわ。久しぶりね」

明るい声がして、振り向くと、入口にミュレが立っていた。

ブラウンの髪を後で三つ編みにしている。グリーンの瞳の細面の美人だ。


 彼女は、地方都市トワの冒険者ギルドの受付嬢で、この世界に来て戸惑っていた八穂と、はじめて親しくしてくれた友達だ。


 タウル町に店を持ってからはなかなか会えなくなって少し寂しかった。

歩いても一時間もかからないほど近くなのだが、お互い仕事を持っていると、思うようにはいかないものだ。


「ミュレ、良く来てくれたわね、今日はお休み?」

八穂がカウンターから身を乗り出して、弾むような声で言った。


「そうなの、カテリーと交代でお休みがもらえたから、みんなで来たわ。夫のテール、息子のテルソン、娘のラライエ」


「ミュレが世話になってる」

ミュレの横にいた背の高い男が頭を下げた。少し無愛想だが、優しそうな雰囲気だった。彼は大工で、トワの建設局の責任者だった。


「はじめまして、テールさん。ミュレから、お話しはかねがね」

八穂はカウンタ-の椅子を示した。

「どうぞ、座ってくださいな、テルソンとラライエも、良く来てくれたわね」


 子供たちは、初めての場所に来たせいか、少し興奮した様子で、頬を上気させていた。

「こんにちは」

「こんにちは」

元気に挨拶すると、テールに手伝ってもらって椅子によじ登った。冒険者向けの食堂なので、子供には少し椅子が高いようだった。


「さて、八穂、何を食べさせてくれるの?」

ミュレが嬉しそうに聞いてきた。

彼女にとっても、久しぶりの外出なのだろう。大きな目が、いつもより一層キラキラしていた。


「今、ニョッキの仕込みしてたんだけど、どうかな」

「ニョッキ? はじめて聞く料理。八穂のオススメなら、それ四人分お願い」

「承知しました。サラダもサービスしておくね」


八穂は言って、水が入ったガラスの水差しをカウンターに置いた。

ダンジョン近くの泉の湧き水で汲んだ水だ。透き通っていて清潔で、沸かさなくてもそのまま飲める、町唯一の給水場になっていた。


「カップに注いで、好きに飲んでね」

水差しには、カットしたリンゴやオレンジ、苺などのフルーツと、緑色のハーブのような草が入っていた。


「きれい!」

ラライエが、思わず水差しに顔を近づけて叫んだ。

透き通った水のなかに浮かんでいる、色とりどりが鮮やかで、目を惹いた。


果実水フルーツウォーターよ、今日は特別。爽やかで美味しいわよ。料理ができるまで少し待っててね」

八穂は言って、ニョッキを茹でるために作業を始めた。


 ニョッキがゆで上がるまでの間に、八穂はレタスとルッコラをちぎって、器に盛りつけた。

それから、薄くスライスした、溶けないタイプのチーズを、オーブンでカリカリに焼いたのを、手で軽くくずしてトッピングする。


「はい、サラダをどうぞ、ドレッシングはお好みのをかけてね」


「おおお、うまい」

テルソンが、早速レタスを口に入れた。

「このカリカリのチーズがいい」

ラライエは、だいぶ気に入ったらしい果実水を飲みながら、シャキシャキサラダを楽しんでいるようだった。


八穂は焼き上がったニョッキをオーブンから出した。トロリと溶けたチーズには、ほどよい焦げ目が付いていた。

今回は子供たちのために、茹でたブロッコリーと、人参のグラッセを上に飾った。グラッセは可愛いお花の形だ。


「さあ、どうぞ。熱いから気をつけてね」

八穂が、それぞれの前に、湯気の立ったニョッキの器を並べると、歓声が上がった。

「これがニョッキ、焼けたチーズがいい匂い。」

ミュレが早速フォークを差し入れる。

「アチッ! でもうまい」

テールがうめく。


「ちょっと冷まさないと。子供たちは少しずつ食べなさい」

ミュレがテルソンとラライエに言うと、二人はコクコク頷いて、器の端から少しだけ溶けたチーズをすくい取っていた。


「上のお花、可愛い」

ラライエが人参のグラッセをフォークで刺して、口に入れた。

「ねね、見てよ。中に入ってるやわらかいの、色んな色してる。赤、緑、白」

テルソンが言う。


「それが、ニョッキよ」

八穂が説明すると、ミュレがホワイトソースをかき分けて、三色のニョッキを確認していた。

「はじめての味だけど、おいしいわ」


「良かった、気に入ってもらえて」

「バイツ粉かしら?」

「そうよ、バイツ粉とじゃがいも。簡単にできるから、あとでレシピ教えるね」

八穂が言うと、ミュレは嬉しそうに笑った。

「ぜひ、お願い」

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