響きが悪いんだよな…

 空の散歩を終え、俺はシェイナとともに地面へと降りた。

 そこは森と草原の境界。

 背の高い木と膝丈の草が生えている。

 シェイナはあたりを見回したあと、不思議そうに首を傾げた。


「ここに朝食があるのですか?」

『アア』


 俺の返事に、シェイナがさらにきょろきょろと見回す。

 だが、今はなにも見えないだろう。

 あいつらはあまり姿を現さないからな。

 俺は不思議そうなシェイナの隣でぐっと首を空へと伸ばした。

 そして――


『ングアァアアアアッ!!』


 ――思いっきり叫ぶ。

 咆哮である。

 すると、どうだろう。

 森の向こう側から、ドドドドドッとなにかの足音が響き――


「こ、これは……っ!?」


 木の影から、大きな一団が顔を出す。

 その瞬間、シェイナはひゃっ! と声を出し、俺のうしろ脚に縋った。


「ろろろ、ロック鳥ですか……!?」

『アア』


 白い羽毛に包まれた体はシェイナの三倍ほどだろうか。

 強靭な足は長く、鉤爪がグッと地面を噛んでいる。

 長い首の先についた、体に比べて小さい頭には大きな眼がついており、こちらをぎょろっと睨んでいた。

 ――地面を走る巨大な鳥。ロック鳥。

 その群れが現れたのだ。

 

『怖クナイゾ』


 怯えるシェイナを安心させるように、「大丈夫だ」と頷く。

 シェイナはおそるおそると言った感じでロック鳥を見つめた。


「ロック鳥が群れで存在しているなんて知りませんでした……」

『コイツラハ飛ベナイ。最近デハ人間ニモ狩ラレルヨウニナリ、数ヲ減ラシテイル』

「そうなんですか……」

『アア。人間ノ冒険者ノ格好ノ獲物ナンダ』


 ロック鳥は人間よりも大きく、その脚で蹴れば人間なんて一発で死んでしまう。

 だが、最近の人間はそんなロック鳥を遠距離から倒したり、網の罠に仕掛けたりと、ロック鳥の攻撃を受けないような手段で狩るようになったのだ。


『コイツラノ羽ガ、人間ノ服飾品トシテ流行ッタラシイ。殺スダケ殺シ、肉モ食ワズ、数枚ノ飾リ羽ダケヲ獲ル。俺ハ、ソウイウノハ、好キジャナイ』


 ロック鳥は、人間にとって飾り羽しか価値がないのだろう。

 だが。


『殺シタラ、肉モ食ウベキダ』


 だよな! とロック鳥たちへと視線を送る。

 すると、なぜかロック鳥たちはぶるりと身を震わせ、きゅっと体を寄せ合った。

 そして、群れの中から二頭のロック鳥が俺のほうへと進み、脚を折りたたんで地面に伏せる。

 その背中から大きな球体がごろり、ごろりと地面へ落ちた。


「これは……卵ですか?」

『アア。コイツラノ卵ダ』


 卵の大きさはシェイナが一抱えするぐらいか。

 こいつらの体に比べれば小さい気がするが、まあ卵なんてそんなもんだろう。


『ロック鳥ノ肉ハ、ウマクナイ。ダガ、卵ハウマイ』


 卵の味を思い出し、にやっと笑ってしまう。

 その途端、地面に伏せていた二頭のロック鳥は慌てて立ち上がり、ぴゃっと群れの中へと逃げるように戻った。


『ココハ俺ノ縄張リダ。ドラゴント戦イタイ人間ハ滅多ニイナイ。ロック鳥ハ、人間ノ脅威ノナイ土地デ暮ラシタイ。俺ハ卵ガ食イタイ』


 そう。これは俺にとってもロック鳥たちにとってもお互いに益のある関係なのだ。


『ロック鳥ト俺ハ友好関係ヲ築イテイルンダ』


 きっとシェイナは「すごい!」と俺を褒めてくれることだろう。

 俺はいつでもうまい卵が食えて、ロック鳥たちは平和に暮らせる。最高だ。

 だから、ふふんと胸を張ると、シェイナは「なるほど」と神妙に頷いた。


「……つまり上納品と言ったところですか……」

『上納品?』


 え?


「もうすこし砕けた言い方だと、みかじめ料でしょうか」

『ミカジメ料……』


 え、いやそうなの? え?

 それ、すごく響きが悪くないか……?


『イヤ……友好ノ証ダト……俺ハ思ッテイルンダガ……』


 ロック鳥と俺が仲良しで、ロック鳥が卵を分けてくれてるんじゃないのか?

 まるで俺が、人間でいうところのヤクザのような言い方をされ、ちょっと驚く。

 え、そうなの? ロック鳥的には俺が怖いから卵を出して……?


「実際にロック鳥たちが暮らす上で地竜様の土地がいいのでしょうし、脅し取っていても問題はないということですね」

『脅シ取ル……』


 違うんだよな。認識が。俺とシェイナの認識が。

 俺の平和的世界が、なんだかとっても暴力的世界に……。

 ……ドラゴンのイメージ悪すぎない?


「あ、ロック鳥が帰るようです」

『アア……ソウダナ……』


 ロック鳥たちは俺に対して、ぺこぺこと頭を下げるように、それぞれが上目遣いで俺を見ている。

 シェイナに言われたあとに、こうしてロック鳥たちを観察すると、たしかにこいつら、俺を怖がっている……。

 あえて声を当てるとすると……。


『あ、それじゃあ、もういきますね』

『あ、じゃあ、これで』

『あ、では、また』


 ……どいつもこいつも、一刻も早くここから離れたいようだ。


『……行ッテイイゾ。マタ頼ム』


 俺の言葉を聞いたロック鳥たちが我先にと、森の奥へと消えていく。

 俺は地面に置いてある二つの卵を前脚に抱え、空を見上げた。


『ロック鳥ハ、マズイカラ、食ワナイノニナ』


 すごく心外だ……。

 地竜がグルメだってことが、伝わってないなんてなぁ。

 でもまあ、卵は手に入るわけだし、それでいいか。


『ヨシ。次ヘ行クゾ』

「次があるんですか?」

『アア。卵ダケデハ足リナイ』


 うまい朝食のために、まだ手に入れたいものがあるのだ。


「あ、では私が卵を持ちます」

『大丈夫カ?』

「はいっ!」


 シェイナが片腕に一つずつ卵を抱えるようにして、二つの卵を持ち上げる。

 シェイナの頭よりも大きなそれを持つのは大変そうだが、それを支えるように俺が右前脚でシェイナを掴めば、問題なさそうだ。


『飛ブゾ』


 シェイナに声をかけ、空へと羽ばたく。


『街ヘ行ク』

「えっ!? 街ですか!? だ、大丈夫なのですか!?」


 俺の言葉にシェイナが不安そうに声を上げる。

 だから、俺は安心させるように、頷いた。


『大丈夫ダ。友好関係ヲ築イテイル』

「……な、なるほど……」


 俺の自信たっぷりの言葉に、なぜかシェイナは困ったように眉を下げた。

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グルメな地竜のうまいものレシピ しっぽタヌキ @shippo_tanuki

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