強奪・コッペパンのふわとろオムレツサンド(こんがりチーズ付き)

元気ならいいが…

 人間の女を拾って、翌朝。

 パチリと目を開けると、そこには金色の髪がきらきらと輝いていた。


『ンア……シェイナ、カ』

「はい! 地竜様、おはようございます」

『ンー……オハヨウ』


 食べ過ぎて動けなくなった俺の上で、人間の女――シェイナは、本当に一夜を明かしたらしい。

 疲れているんじゃないかと、俺を覗いてくる青い目を見返すが、その目はうれしそうに綻んでいた。


『疲レテナイノカ?』

「地竜様のおなかはとても気持ちよかったです……。村の家のベッドなんか目じゃありません!」

『ソウカ』


 シェイナはそう言うと、離れがたい! というように、俺にぎゅうと抱きつく。途端、シェイナの豊満な胸がたぷんと潰れた。


『元気ナラ、イイ。俺ハ朝ノ日課ヲスル』

「朝の日課ですか?」

『アア。降リテクレ』

「はいっ!」


 シェイナが俺の腹から降りたことで、俺はようやく体を起こせた。


『水ヲ飲ム』


 台所へ行き、コップを取る。いつも使っている俺のもの。それと、隣にあった使わないコップをシェイナに渡した。


『体ニ悪イモノハイナイ。毒素モナイ。ソノママ飲メル』

「すごい、生水が飲めるのですか……!?」

『アア。ココマデ一度モ地表に出テイナイ湧水ダ。何度カ人間ニ飲マセタガ問題ナカッタ。安心シテ飲メ』

「なるほど……」


 俺の話を聞いたシェイナが、おそるおそると言った感じで、渡したコップに水を注いでいる。

 人間はドラゴンと違って、体が弱い。シェイナも生水を飲んだことはなかったのだろう。

 シェイナは汲んだ水を眺めたまま動かずにいた。

 それを横目に、俺はゴクッっと一息で水を呷って――


『ウマイッ!』


 ――朝の水、最高!

 ぷはぁっ! と言いながら、口の端からこぼれかけていた水を左前脚で拭う。

 シェイナはそんな俺の様子を見て、意を決したように頷いた。


「わ……私も……っ!」


 そう言って、コップの水をグッと呷る。

 そして――


「お……おいしい……っ!」


 一気に水を飲んだシェイナは驚いたように青い目を瞠った。

 俺はそれに、うんうんと頷く。


『ソウダロウ、ソウダロウ。ココノ水ハウマイ』


 世界一高いグルラーオ山脈の山頂付近にある洞穴。ここに巣穴を作ったのはこの水があったからでもある。

 俺は地竜。そして、地竜はグルメなので。


『ココ以外ノ生水ハ飲ンデハイケナイゾ』


 人間はすぐに腹を壊すからな。


「はいっ!」


 元気よく返事をしたシェイナからコップを奪い、シンクへと置く。

 洗うのはあとでいいだろう。

 俺は、ズシズシと歩き、巣穴の外を目指した。


「外へ出るのですか?」

『洞窟ノ中ダト、壊レルカモシレナイカラナ』

「私もご一緒してよろしいでしょうか……?」

『別ニ楽シクナイゾ? 食事モ、マダダ』


 朝食が食べたくなったのかと思って、食事の話をしたが、シェイナはふるふると顔を横に振った。


「地竜様の一日を知りたいのです」

『……俺ノ一日ヲ?』


 不思議なことを言うシェイナに、俺ははて? と首を傾げる。

 俺のことを知って、シェイナに得はないと思うが……。

 が、きらきらの青い目で見上げられると、シェイナの頼み事を聞いてやりたいような気分になる。

 考えてみれば、思わず巣穴へ連れ帰ったのも、この目に懇願されたからだ。

 よくわからないが、俺はこの目に弱いのかもしれない。うむむ……。

 俺がむーんと考え込むと、シェイナはハッと表情を変えた。


「申し訳ありません。拾ってもらった上に地竜様のことを知りたいなど、差し出がましいお願いでした……」

『別ニイイ。考エルコトガ、アッタダケダ』


 しょんぼりしてしまったシェイナに『ホラ』と右前脚を伸ばす。

 体を大きくした俺はシェイナを右前脚で掴むと、そのまま空へと羽ばたいた。


『イイ朝ダナ』


 昨夜、動けなくなるまで食べて、たっぷり眠った。

 早起きして羽ばたく、朝散歩のなんと気持ちいいことか。

 巣穴のある火山が遠くなり、眼下には森が広がっている。

 空の向こうから半分だけ顔を出した朝日は、白い光で世界を照らしていた。


「きれい……」


 右前脚のところで、シェイナがほぅ……と息を漏らした。


『気持チイイダロウ?』

「はい……こんな……こんな素晴らしい景色があるなんて……」

『腹イッパイ食ベテ、タップリ眠ッテ、水ヲ飲ンデ、空ヲ飛ブ』

「これが地竜様の日課なのですね……」

『アア。コレダカラ地竜ハ、ツマラナイト、言ワレルケドナ』


 地竜はほかのドラゴンのような派手さはない。しかも俺はその中でものんびりしているほうだと言われる。

 でも、俺はこういうのが好きなんだよなぁ。


「素敵です……っ!」

『ン?』

「私は……っ地竜様のそういうところが、とても、とても素敵だと……思います!」

『ソウカ?』


 気持ちいい風を受けていると、右前脚から必死な声がする。

 そちらに目をやれば、シェイナが俺をじっと見上げていた。

 その青い目に嘘はない。


「私は地竜様の日課にご一緒できて、とても幸せだと思っています! こんな素晴らしい体験をできて……。本当に!」

『ソウカ』


 人間のことはわからないが、シェイナは俺の日課を一緒に楽しんでくれたようだ。

 一人での散歩も気持ちよかったが、シェイナの青い目がきらきらと輝いているのを見ると、心が弾んで……。気づけば、ふふーんと鼻唄を歌っていた。


『気候ガイイ日ハ、一緒ニ飛ブカ』

「はい! ぜひ!!」


 シェイナの元気な声とともに、グッと翼に力を入れて羽ばたく。

 前へと進めば、だんだんと森の端が見えてきた。


『ヨシ。朝飯ヲ調達スルゾ』

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