心が弾むから

『食ウゾ!』

「はい!」


 俺は大きいスープ皿。女は中くらいのスープ皿。二人で適当な岩に座って、スプーンを手にもつ。

 そして、まずは女がスープを口にした。


「……っ!! ~~っ! お、おいひいです!」


 おい、ちゃんと話せてないぞ。


「もっとこってりしてるのかなって思ったのに、さっぱりしてて……! こんなの何杯でも食べてしまいます……!」

『ソウカ』


 女の青い目がきらきらと光って、頬がぽっと赤く染まる。とろけていくその顔を見ると、俺もうれしくなった。


「お肉も食べてみますっ!」


 そう言って、次はテールへとスプーンを伸ばす。高い圧力で煮込まれたテールは、スプーンを入れただけで、ほろりと解けた。

 女はそれに驚きながら、慎重に掬う。パクッっと口に入れれば――


「んんーっ!! 最高です!!」


 ――青い瞳がいままでで一番、とろけた。


「お肉がほろほろです……おいしい……。私の育てた牛、こんなにおいしかったなんて……!」

『ソウカ』


 どうしてだろう。女の目を見ていると、俺はまたうれしくなった。ふふーん♪ と鼻唄を歌いだしたくなって、とりあえず、手に持ったスープにスプーンを入れた。そして、一口。


『……サスガ、俺』


 うまい! さすが俺! 絶品赤牛が俺の手でさらにうまくなっている。間違いない!

 くぅと唸れば、女が「わかります!」と声を上げた。


「本当にさすが地竜様です! 私はたくさん赤牛を食べてきました。でも、知らないおいしさがここにありました!」

『ソウカ、ソウカ』


 そうだろう、そうだろう。

 上機嫌で今度はテールを食う。


『サスガ、俺。最高ニウマイ』

「はい! 最高においしいです!!」


 女がそう言って喜んでくれるから、俺はついつい調子に乗ってしまう。


『オマエニハ、特別ニ、ドラゴンパウダーヲ使ワセテヤル』

「ドラゴンパウダー……ですか?」

『アア、食ッテロ』


 女をそこへ残し、台所へと移動する。

 取り出したのは、小さなガラスの小瓶。そこには一見すると赤い粉が入っていた。

 それを持ち、女のもとへ戻る。


『コレガ、ドラゴンパウダーダ』

「これが……えっと、なにをするものですか?」

『カケル』

「……テールスープに入れるってことですか?」

『アア』


 女はガラスの小瓶と俺を交互に見比べている。

 そして、意を決したように、小瓶の蓋を開けた。


「これはどれぐらい入れればいいでしょうか?」

『最初ハ、二振リグライガイイダロウナ』


 俺の答えを聞き、女がスープに小瓶を二回振った。真っ赤な粉がスープへと落ちていく。

 女は小瓶の蓋をすると、パウダーが入った部分をスプーンで掬った。そして、スープを口に入れる。瞬間――


「かっ! 辛いぃ……っ!!」


 ――顔がポポポッと赤くなった。

 そして、青い瞳がうるっとして、額には汗が滲む。


「……でも――おいしいっ!!」


 女は、うるんだ瞳をきらきらきらっと輝かせた。


「すっごく辛いのに、でもすっごくおいしいです! えぇ……なんでだろう。辛いだけならこうはならないです。だって、こんなに辛いのに、私、もっとパウダーが欲しいです……!」

『ソウカソウカ』

「これは辛いだけじゃなくて……旨み、ですか? 牛の旨みだけじゃない、違うものを感じます!」


 女の答えに、俺はまた鼻唄を歌いたくなった。よくわかっている!


『コレハ、干シタ海老ヤ貝ノ粉ガ入ッテイル。ソシテ、辛味ダケジャナク、イロイロト、スパイスヲ調合シテアル』

「つまりこれは海鮮の旨み……! そこにスパイスが複雑に絡み合って、この味に変わったんですね……! 最初のテールスープも最高においしかったですが、これはまた違うおいしさで……っ! 止まりません……っ!」


 女はそう言うと、はふはふとテールスープを口に頬張る。スープの熱さと辛味で、さっきから頬が真っ赤だが、まったく気づいていないようだ。

 たくさん食べようと、必死に口に入れる姿がうれしい。

 ドラゴンパウダーは、地竜が一子相伝で受け継ぐものである。その調合方法や割合は父から俺へと受け継がれたもの。

 これまでは俺だけがこのうまさを楽しんでいたんだが……。


『オマエナラ、イイカモナ』

「ん……っ、はい、地竜様、なんでしょうか?」

『ナンデモナイ』


 女がおいしそうで。

 俺もうれしいなら。

 まあ、それでいいか。


『オマエ、ズットココニイルノカ?』

「あ……はい……。地竜様のご迷惑でないなら……。って、ご迷惑ですよね……」


 俺のうしろ脚に抱きついて離れず、無理やりついてきたくせに、突然、女はしょんぼりとした。

 意味が分からなくて首を傾げると、女はぽそりと話を続ける。


「どうしようもないって勢いでついてきてしまいました。でも、こうして家につれてきていただいてみれば、地竜様はとても文化的に暮らしていらっしゃいました。……料理もこんなに素晴らしくて。私にできることがあれば、と思ったのですが……なにもないかもしれません」

『アー……』


 赤くなっていた頬がその色を失くす。

 よくわからないが、結局、怖気づいたということか? 人間の考えることはわからん。わからないけど、とりあえず。


『俺ハ今、割ト楽シイ』


 そう感じている。


『オマエガ、ウマソウニ食ウカラ』


 理由はきっとこれ。


『ウレシイ』


 だから――


『俺ト、イレバイイ』


 そう伝えると、女の頬はまたみるみる赤く染まった。


「……っ! はい、います! 一緒に!」

『ソウカ』


 さっき落ち込んでいたのに、もううれしそうだ。全然意味がわからん。わからないけれど……。


「地竜様と一緒に食べるのは、最高です!」

『……ソウダナ』


 それは、俺も思う。

 ので。


「ごちそうさまでした」

『満腹ダ』


 食った食った! あれからテールスープだけではなく、赤牛のローストビーフや、ユッケを食った。もう腹いっぱいだ。

 動けない。

 ごろんと横になると、その間に女が食器を片付けてくれる。本当は料理は片付けるまでが大切なので、俺がやるつもりだったんだが……。


『助カッタ』


 食いすぎて動けなくなってしまったから仕方ない。地竜は食生活にかける努力がすごすぎて、こういうことがよく起こる。人間に倒される地竜はほぼみんな食後だ。俺も今なら倒される。

 ふぅっと息を吐いて、体のサイズを大きくする。

 すると、片づけを終えた女がとことこと歩いて、俺の前へと立った。


「ところで地竜様、私の名前ですが、シェイナと申します」

『シェイナ、ダナ』


 わかった。覚えれるように努力する。

 頷くと、女……シェイナは甘えるように俺へと近づいた。


「地竜様……、私、寝袋を持ってきていません」

『アア……』


 そう言えばそんな話をした。人間じゃ住みにくいぞって言うと、寝袋を持っていくと答えていたな。


『モウ、取リニハ行ケナイゾ』


 今日は無理。もう動けない。

 そう答えると、シェイナは残念がる様子もなく、「わかっています」と頷いた。


「ですので、一緒に寝ましょう」

『一緒ニ、寝ル……』


 ここでってことか?


『俺ハイイガ、オマエニハ硬イダロウ?』


 ここはただの地面である。人間には寝にくいだろう。

 どこかに布……なにかやわらかいものあったか? 満腹で動かない体と眠ろうとする頭と戦いながら考える。

 だめだ。全然思いつかない。


「地竜様。ここで一番やわらかいものは地竜様ではないでしょうか?」

『エエ……?』


 そうか? 俺か? まあ地面よりはやわらかいか?


「こうして、こう。これならばばっちりでは?」


 シェイナはそう言うと、ごろんと腹を出して寝ている俺の上へと登った。そう言われれば、今のサイズはシェイナのベッドにちょうどいいかもしれない。

 シェイナが俺にぎゅうと抱きつく。すると、シェイナは胸が豊満なので、俺との間で潰れてたぷんと揺れた。


「おやすみなさい、地竜様」

『……アア』


 よくわからんが、まあいいか。別に苦しくないし。

 それに……。


『明日、マタ一緒ニ食オウ』


 シェイナと一緒に食べると、いつもより楽しいしな。俺は鼻唄をちょっとだけ歌った。そして、ゆっくりと意識を落としていく。


 ……目が覚めたらなにを食おう?


 それはいつもと同じ考え。

 でも、そこにシェイナがいると思うと、心がいつもより弾んだ。

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