響きが悪くないか…
『ココガ巣穴ダ』
女を地面に下ろし、うしろ脚で掴んでいた赤牛の命を絶つ。
俺の巣穴は、世界一高いグルラーオ山脈の山頂付近にある洞穴の奥だ。ほんわりと地熱で温かく、水が湧き出す場所に作っている。
広さは人間の家ぐらいか? さっきの村の家よりはでかいかもしれない。
ちゃんと竈もあって、そこで煮炊きができる。はい。地竜はグルメなので。しかも、竈の上は、俺が爪で縦穴を掘ったので、排気もばっちり。洞穴内で火も使えるのだ。
『サァ! 調理ダ!』
お待ちかね! ドラゴンクッキングタイム!
巣穴の要所要所には雰囲気がいいように、光る石が埋めてある。俺はその光を浴びながら、父のおさがりのエプロンを着て、万歳と前脚を上げた。
「え、え。地竜様……地竜様は小さくなることもできるのですか?」
『アア、体ノ大キサハ可変ダ。便利ガイイヨウニ使ウ』
赤牛に留めを刺した俺は人間サイズへと変化したのだ。村にいたときのような城一つほどある大きさではない。
女は驚いたようだが、すぐに慣れたらしい。スススッと近づいてきて、頷いた。
「お料理をするのですよね? 手伝います」
『ンー……。イヤ、イイ』
「しかし……」
『イイカラ。座ッテ見テイロ』
初めての場所だし、ここは標高が高い。女は平気そうにしているが、人間は弱いから体調が変わると困る。俺が食わなきゃいけなくなるからな。
女はすこし迷ったようだが、素直にこくりと頷くと、そのへんにある石の一つに腰かけた。
さ、俺はこっちこっち。
『解体』
ジャキッと爪を出して、赤牛をどんどん解体していく。湧き出した水が流れているので、そこで血を洗えば、洞窟や手が汚れることもない。血抜きもしていく。
牛一頭なので、さまざまな部位が獲れるのだが、今日使うのは――
『テール!』
「しっぽ……ですか?」
俺がその部位を持ち、意気揚々としていると声がかかった。そう。これは赤牛のしっぽだ。しっぽというとバカにされがちだが、さすがは絶品の赤牛。放牧地でのびのびと育ったおかげか、テールにもたっぷりと筋肉がついている。つまり赤身だ!
ふっふーんと鼻唄を歌いながら、テールをぶつ切りにする。そして、切ったテールをぽいぽいと寸胴鍋に入れた。さらに水も入れて、火にかける。
「すごく立派な台所ですね」
『アア、俺ノ自慢ダ!』
調理を見ていた女がほぅと息を吐いて、褒めてくる。
うむうむ、わかるんだな! 人間でもわかっちゃうんだよな! この台所の良さ!
巣穴にだれかを呼ぶことはなかったので、俺の自慢の場所を褒められると気分がいい。
そうこうしているうちに鍋の水が沸騰し、テールが踊る。しばらくそうしてから、火から鍋を下ろす。そして――
「え、流しちゃうんですか?」
『アア。一度洗ウ』
沸騰した湯は流し、テールだけを残す。そして、茹でたテールを丁寧に一つずつ洗った。これで、テールの下準備は終了!
『アトハ煮込ムダケダ』
鍋に入れるのは下準備の終わったテールと香味野菜。そこにたっぷりの水を入れて蓋をする。
『ココカラハ、ドラゴン調理ダ』
「ドラゴン調理、ですか?」
宣言した俺は、蓋をした寸胴鍋に向かって、ふぅーっとブレスを吐き続ける。
「え、ドラゴンブレス……!? しかも、炎ですか……!?」
女が驚いた声を出すのも無理はない。俺は今、蓋と鍋の接地面に向かって火を吹いているのだ。
ドラゴンブレスは種類がいくつかあるが、これは高温の炎を出すもの。たちまち温度に耐えきれなくなった蓋と鍋の接地面が真っ赤に染まった。つまり――
『接着完了』
よし!
「もしかして、鍋と蓋を高温の炎で溶かし、密着させたということですか……? そんなことをすると、もう蓋が開かないのでは……?」
『アア。完全ニ、接着デキタ。コノ鍋ヲ火ニカケルト、ドウナルト思ウ?』
「えっと……鍋の中身は沸騰しますよね。で、沸騰すれば空気が出るから……。鍋の中の圧力が高くなる……のでしょうか」
『オオ、オマエ、カシコイナ!』
思ったよりもしっかりした答えが来て、感心する。
そう。俺はこの鍋の中の圧力を高めているのだ。
『圧力ヲ上ゲルト、ヨリ高イ温度ニナル。スルト、具材ガトロトロニナル』
「具材が……」
『マア、食ッテミレバワカル』
俺も最初に母から教えられたときは、よくわからなかった。が、食ってみれば納得した。
『油断スルト、爆発スルケドナ』
「ば、爆発ですか!?」
『大丈夫ダ。俺ハ昔トハ違ウ』
な。昔はまだ圧力の加減がわからなくて、よく鍋を爆発させたもんだ。俺がドラゴンだからびっくりするだけで済んだ。
そっと物陰に隠れる女をちらりと見て、俺は鍋を火にかける。で、ちょうどいい圧力になるように調整して、しばらく煮込めば――
『デキタ!』
完成だ!!
鍋が爆発しないよう、すこし冷まし、爪で鍋の接着面を切っていく。蓋と鍋を接着させることも、こうして爪で切ることもドラゴンにしかできない。これがドラゴン調理なのだ。
そして、パカッと鍋の蓋を開けて――
「うわぁ……いい匂い……!」
『ウマイ匂イダナ!』
漂う動物性のスープ特有の腹が減る匂い。テールには骨もついているから、これは主に牛骨のものだろう。香ばしいような、たんぱく質の焦げる匂い。そこに香味野菜の匂いも加わって、これはもう腹が鳴るだけだ。
匂いに釣られたのか、爆発を怖がって隠れていた女も、岩陰から出てくる。
「これが村一つ壊滅させて作った料理……!」
鍋の中を覗いた女は、青い目を輝かせた。
『響キガ悪クナイカ、ソレ』
村一つ壊滅って……。別に俺は壊滅させたかったわけではないんだが……。
『コレハ、テールスープダ』
「テールスープ……」
『トロケル』
「では、これは【村一つ壊滅・とろける赤牛のテールスープ】ですね」
『イヤ、響キガ……』
女は「さすが地竜様です!」と感動したように俺を見ているが、ちょっとその料理名はどうなの? 俺的には不本意だが……。
でもまあ……。
『オレノ作ッタモノニ、名前ヲツケルノハ、ウレシイ……カモ』
そんな気がする。うん。
俺はこれまでずっと、一人で作って、一人で食ってきた。そして、一人だと、料理にいちいち名前をつけようなんて思ったことがなかった。
「俺の料理を楽しんでくれている」。違うかもしれないが、俺にはそう感じられた。そして、それが胸にぐっと来たんだと思う。
『仕上ゲ』
用意した器は二つ。俺は一人だったから、同じ種類の皿は二つない。だから、大きいスープ皿と、中くらいのスープ皿。柄は全然違う。
大きいスープ皿にはテールを二つ。中くらいのスープ皿にはテールを一つ。そこに切っておいた葉物を散らして、クコの実を入れた。
『完成ダ!』
できあがったのは、とろりと光る白濁したスープ。脂は丁寧に取り除いたため、スープの表面にわずかにある程度。最後に入れた葉物の緑と赤い実がとてもきれいだ。
アツアツのスープは皿に盛ったあとも、ふつふつと湯気を上げている。
――【村一つ壊滅・とろける赤牛のテールスープ】!
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