拾ってしまった…
『イラナイ……』
「えっ、今、『いらない』とおっしゃいましたか? え?」
ようやく取れた、言語的コミュニケーション。
でも、すでに村はもぬけの殻で……。
『赤牛ガ欲シカッタダケ……』
「え? 牛? え?」
『オマエ、イラナイ。ウマクナサソウ』
「うまくなさそう……」
俺の言葉に、女はヒクヒクッと頬を引き攣らせた。
俺には父と母からの教えがある。
それは、命を絶つならば責任をもって食え、ということ。無駄な狩り、無駄な殺生をせず、うまいものをうまく食おうという、そういう教えだった。
逆に言えば、生物の命を絶った場合、食わなければならない。
「……つまり、私が地竜様のことで命を絶った場合、地竜様は私を食べる必要があるということですか?」
『ソウ。デモ、俺ハオマエヲ食イタクナイ』
「欲しかったのは、この村の財でも私のような女でもなく?」
『欲シイノハ牛。赤牛一頭』
財も女もいらない。
俺の言葉に、女はしばし呆然とした顔をして、こくんと頷いた。
「わ、かりました。それは大変失礼しました。……ちょっと話してきます」
『ソウシテ』
女はとてとてと走っていく。きっと行く先は村人のところだろう。俺はうまい食材を手に入れるためならば、気が長い。待つぐらい朝飯前だ。
というわけで、だいたい一刻ぐらいぼーっとその場で待った。すると、女の姿が遠くに見えた。その姿は――しょんぼりしている?
「地竜様……」
『……ドウシタ?』
なんか最初よりすごく憔悴している。すごくつらそう。
「ダメでした……。だれも私の話を信じてくれませんでした……」
『ナンデ?』
「赤牛一頭で許してくれるドラゴンがどこにいるんだ、と。私が地竜様から逃げたいがために嘘をついている。または地竜様が私を餌にして、村人をおびき寄せておいて殺戮をするのだろう、と。あのブレスを見たか? 脅しだろう、と……」
『ソウカ……』
村人たちのドラゴンのイメージすごく悪いんだね。びっくりするね。
……俺のせいじゃないよね。ね?
『マアイイ。オマエガ赤牛マデ案内シロ』
女がいて良かった。村人が俺をどう思おうとどうでもいいが、牛が手に入らないのは困るしな。
俺の言葉に女はしょんぼりとしたまま歩き出す。
「……こちらです」
とぼとぼと歩く女についていくと、広大な大地に放牧された赤牛たちがいた。
おお……! これが噂の……‼ 地竜食材裏ネットワークの!
『イッパイイルナ! ドレデモイイノカ!』
「はい……」
『ココノ赤牛ハ、広イ放牧地デ、運動量ガ多イ。ソシテ、ポイントハ、放牧地ニ生エル草ナンダヨナ!』
「……よくご存じですね」
『コノ草ヲ食ベルト肉ニ臭ミガ少ナク、味ガ濃クナルト聞イタ!』
赤牛は脂肪の多い牛ではない。霜降り肉のやわらかい食感や脂の旨みを楽しむものではなく、筋肉そのもの。つまり赤身がうまい肉らしいのだ! テンションが上がる。楽しみだ!
『ジャアナ』
よし! 一頭もらって巣穴に帰ろう!
最初や途中は俺のやりたいことと違って、どうしようかと思ったが、終わりよければすべてよし。目的達成だ!
これは鼻唄も出る。ふっふーん♪ と歌って、飛び立とうとすると、そのうしろ脚にビシィとなにかが抱きついた。
「私も……! 私も連れていってください……!」
『エエ……?』
飛び立とうと広げた翼をとりあえず畳む。このままだと女と一緒に飛び立ち、女が落ちてしまう。すると俺は女を食べなくてはならない。教え的に。それは困る。
とりあえず、女を脚から離そうと、前脚でぐいっと押した。
『危ナイゾ。落チルト死ヌ』
「私はもう……! 死んでいるも同じなのです……!」
『エエ……?』
生きてるだろ、普通に。
「もう村には帰れません。どんなに説明しても、村人は地竜様を怖がっています。私がここに残っても、村人は恐怖から、地竜様への捧げものとして私を殺すでしょう。もし、ここから逃げても、村を捨てた女になってしまう。どうやって生きていけるというのでしょう……。私はこの村で赤牛を育てて生きてきたのです……。ほかにできることなど……。どうせ野垂れ死にです」
女は俺のうしろ脚に抱きついたまま泣いている。絶対に離すつもりはないらしい。
女の話を考えてみる。つまりは……。
『……俺ノセイデ死ヌノカ?』
女は俺を見上げて、すこし考えているようだ。
『俺ノセイデ死ヌナラ……。オマエヲ食ワナキャイケナイノカ?」
え? そういうこと? え? それ困るんだが。
自分で言って、自分の言葉に混乱する。女はそんな俺を見てどう思ったのか、ぎゅうっとさらに力強く抱きついた。
「違いますが、そうです!」
『エ? ドウイウコト?』
違うの? そうなの?
「本当は地竜様のせいではありませんが、私は地竜様についていきたいので、その言葉を後押ししようと思いますっ!」
『エエ……?』
俺は混乱して……。とりあえずしっぽを左右にびたんびたんと振った。
『俺ト一緒デモイイコトナイゾ?』
「それは私には判断できかねます」
『俺ノ巣穴、人間ニ居心地イイトハ言エナイゾ?』
「寝袋を持っていきます」
俺は非常に困った。赤牛を手に入れたくて来ただけで、人間の女を拾うつもりはなかったのだが……。
『オマエガ赤牛ヲ育テタンダナ?』
「はい」
『ココニイテモ、死ヌンダナ?』
「……はい」
うまいものを育てた人間が俺のせいで死ぬのは、嫌ではある。俺たち地竜はうまいものを作る人間には敬意を払っているのだ。
もしここで女を置いていった場合、この女は死ぬらしい。で、俺はそれを食わなければいけない。で、それが地竜の食材裏ネットワークで回る。俺がうまいものを育てた人間を殺したという噂が……。
『困ル』
それはちょっと嫌。
まあ別についてきたいならそれはそれでいいか。人間が暮らしやすいとはまったく思わないが。
『コッチニコイ』
「え?」
『ウシロ脚ハ、赤牛ヲ掴ムノニ使ウカラナ。邪魔ダ』
「はっはい!」
女に向かって前脚を伸ばす。爪をひっかけないように、そして潰さないように。ぐっと握った。女の豊満な胸が俺の指のあいだから、すこしだけこぼれた。
『飛ブゾ』
「はい!」
今度こそ翼を広げ、羽ばたく。
うしろ脚で一番うまそうな赤牛を掴むと、そのまま巣穴へと飛び立った。
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