グルメな地竜のうまいものレシピ

しっぽタヌキ

村一つ壊滅・とろける赤牛のテールスープ(味変ドラゴンパウダー付き)

通じない心…

「この村で一番美人なうら若き乙女です。どうか、どうか、これでお見逃しを……! なにとぞ、なにとぞ……っ!!」


 そう言って、白髪の老人は女を一人、差し出した。

 差し出された女は金色の髪に青い目、豊満な胸とくびれた腰を持っていた。恐怖からか震えているようだが、その度に金色の髪が光を弾き、きらきらと光り……ついでに胸もたゆたゆと揺れている。

 白髪の老人はというと平伏しており、俺とは目が合わない。そして、それに倣うように、百人ほどがそのうしろに平伏していた。

 ここは村の広場だ。

 俺はそこに立ち、平伏する村人たちを見下ろしていて――


 ……どうしてこうなったんだ?


 俺は遠くを見つめ、こんなことになった経緯に思いを馳せた。


***


 俺は地竜だ。卵から生まれたら、そういう種族だったので、そこに関して疑問に思ったことはない。

 ただ、地竜は地味である。

 飛ぶのは下手だし、走るのも遅い。ほかのドラゴン族がたくさんの物語の主役として描かれているが、地竜はだいたい雑魚。鱗が固いだけしかとりえがないのが地竜なのだ。

 が、実は食生活にかける情熱はすごい。

 父や母は地竜として、いつもうまいものを求めていたし、俺もうまいものが好きだ。

 そして、父や母から様々なことを教わった。食材の下ごしらえや調理法、スパイスの使い方や保存方法、エトセトラエトセトラ。

 うまいものを食うとと元気になる。それに、うまいもののことを考えているとわくわくして楽しい。ので、地竜に生まれてよかったなと思っているし、今後も生きるならば、うまいものを食って生きたいと思っている。

 そう。俺はうまいものが食いたいのだ。

 そして、うまいものを食うために必要なのは、うまい食材である。同じものでも、産地や育て方が違えば、料理の味も変わってくる。

 それに気づいた俺は、世界の各地を飛び回った。最高の食材を追い求める地竜。それが俺なのだ。

 で、だ。

 俺は今日、こうして、くそ田舎の村を訪れていた。村の名前はたしかルゼル村。なんてことはない。別に忘れていい名前の村である。

 訪れた目的はもちろん食材。

 なんとここには、グルメな地竜も唸る、絶品の赤牛が育てられているらしいのだ。俺はそれを地竜の食材裏ネットワークで知り、即座に飛んだ。なぜなら油断すると、ほかの地竜が牛を殺しつくしてしまうかもしれないからだ。よく食うからな、地竜は。

 あ、ちなみに俺はそんなことはしない。

 うまい食材は絶滅させず、長く繁栄したほうが何度でも食えてお得だからだ。

 だから、俺は安心安全の地竜。俺は俺に自信がある。

 ゆえに、村の広場に堂々と降り立ち、堂々と宣言したのだ。


――『赤牛をくれ』と。


 問題があったとすれば……。

 あれだな。俺の言語はドラゴン語だったから、人間に伝わらなかったことだろうな。ただ唸って、雄たけびを上げただけに聞こえたんだろう。

 結果、村人たちは恐れ慄き、泣き叫び、混乱を極め、こうして生贄を差し出してしまったということだ。

 うむ。なるほど。わかった。大事なのは言語的コミュニケーション。


『―――ガ』


 村人たちが平伏している理由がわかった俺は、即座に解決へと動いた。つまり言語による交流。村人たちがわかる言葉で、この村自慢の赤牛をもらえばいいのだ。

 が、久しぶりに言葉を使おうとしたせいか、うまく言葉にならなかった。


『ウグ……ガァアアアアアアアア!』


 あまり言葉を話さないから仕方ない。ので、発声練習として空に向かって叫ぶ。

 その途端、平伏していた村人たちが「ヒィッ」と声を出し、震えた。ついでに一番うしろにいた何人かは逃げ出したんだが……。


『……ハァ』


 怯えすぎだろ。思わず、ため息をついて……。

 ついでに出たブレスが一番近くにあった家を吹き飛ばした。


『ア』

「ヒィッ、お許しをお許しを……っ」


 すまん。そういうつもりはなかった。事故。

 余計に村人たちが怯えてしまった気がする。でも、俺はめげない。絶品食材のためだからな!

 俺はこほんと咳ばらいをし(ついでにまたブレスがちょっと出てしまい、多少、広場に穴が開いて)、ゆっくりと言葉を発した。

 

『らすイミら……、ミラつらモに、クチ――』

「ヒィィィっ」


 俺の言葉に、うしろにいた人間が十人ぐらい逃げた。そして、一番前にいる老人は泡を吹き、それを女が抱きとめている。

 うん。間違ったみたいだな! どうやら、この言語ではなかったらしい。

 人間って場所によって言語を使い分けているから、俺にはちょっと難しいんだよな。間違った言語だと意味が通じないどころか、こうして怯えられるんだよなぁ。呪いの言葉に聞こえてるのか?

 でも、俺はめげない。食材が欲しい。うまいもののためだから。

 気を取り直して、違う言語を使ってみる。じゃあ、こっちか?


『!"#$ %&'~』

「ひぃいいっ」


 あ、これも違った。

 人間の言語っていろいろありすぎなんだよな。わからん。こいつらはどの言語で話してるんだよ……。

 伝わらなくて、深いため息が出る。

 その途端、広場にいた村人たちが風圧でうしろに飛ばされていくのがわかった。あ、まずい。


「「「「うわぁああああ!!」」」


 ああ……村人たちがごろんごろんと転がっていく。別に攻撃したわけじゃないし、地面に当たらないように風が村人たちを巻き込んでいるから大丈夫だろうが……。


「村長! そのまま、みなを連れて逃げてください!! 私だけここに残ります!」

「しかし、シェイナ……っ!」

「もはや覚悟は決めておりました。行ってください……っ!」

「……みなっ、こっちじゃ……っ!」


 あ、待って……。あっ……。

 まさにこれは脱兎。脱兎のごとく、村人たちが村から出ていく。俺のブレスの勢いを借りているのもあって、すごく早い。

 追いかけようと右脚を一歩前に出した。

 すると、俺の目の前には両手を広げ、行く手を阻む者がいて――


「お待ちください……っ! 地竜様! どうか、どうか村人は見逃していただけないでしょうか……! 私が誠心誠意お仕えいたします。どう扱っていただいても構いません……! 命を捧げろとおっしゃるならば、すぐにこの場で命を絶ってみせます!」


 必死に見上げてくる青い瞳。

 大きなその目は、涙で濡れていた。

 俺はその目を見て――


『イラナイ……』

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