第16話 弍








「よ、よよよよろしく、マキハラさん。」



 ぶるぶると小動物のように震える少年を見て、雪凪はアルカイックスマイルを浮かべた。本日の生贄である。



「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします。」

「ひ、ひゃい!!」



 全くもって、何をそこまで恐れているのだろうか。雪凪はため息を吐きたかったが、多分面倒なことになるのでやめておいた。本日四限は、雪凪の好きな魔法薬学である。魔力量にあまり左右されないので、雪凪が努力しやすい教科だ。専攻にする第一候補である。



 さて、気を取り直して課題であるが、「胃腸薬」である。出来上がったら、目の前の少年に渡そうと雪凪は決意した。



 二人で黙々と鍋に材料を入れ、火にかけていく。黒い鋳物の鍋ならば雰囲気も出るのだろうが、残念ながらステンレス製で火の元はIHである。情緒はない。



 課題自体は、真剣に取り組んだ甲斐もあり、なかなかな出来となった。先生にも褒められた。





「あの、これ。」

「ひゃ、ひゃい!!」



 ここまで来ると失礼ではないだろうか?雪凪はこの一時間良い相棒であった、少年を半眼で見つめる。みるみるうちに青ざめていく顔を見て、少しばかり溜飲が下がった。



「胃腸薬。これはあなたが持っていってください」

「え?」

「必要そうなので。一時間、ありがとうございました」



 雪凪はそう言うと、踵を返して教室を出た。次は昼休みで、宗治郎と約束をしている。遅れるなんて許されないのである。(自分が、自分に)






「お、おい、だ、大丈夫か?」



 なので、雪凪が去った教室で、このような会話が繰り広げられていることを、勿論彼女は知らないのだ。



「…………」

「わ、悪かったよ〜でも、順番だから!仕方ねえよな!」

「ご、ごめんね?ニノ君。」

「…………次も、僕がマキハラさんのペアになるよ」

「えっ!?」



 周りにいた少年少女たちは度肝を抜かれた。

 

 牧原雪凪は、表立って噂は出来ないが、よく話題にのぼる人物だった。昨年度末に起きた騒動。その渦中の人物にして、最も謎の人物。彼女の交友関係があまり広くないせいで、人物像さえ不明。そのため、常に腫れ物に触るような扱いだった。何せ、背後にはあの、魔王様アマネ君、がいるかもしれないのだから。



 誰もペアなど恐ろしくて組みたくないが、ハブいたものなら、どのような作用が起きるかも分からない。故の、生贄制度。その生贄に、今後も志願しようというのである。



「しょ、正気か!?」

「変なものでも食べたの!?」

「ま、まさか、お、おどされ……??」

「お、おい!なんて事言うんだ!!」



 もがもが、と口を押さえられる少女。聞いた人はいないかと見回す少年たち。



「……僕が、マキハラさんと組みたいんだ…………」

「な、なら……いいけど?」

「そ、そうだな!そこまで言うんならな!!」



 なんだかんだ深くは聞かずに、友人たちは了承した。自ら生贄を引き受けてくれるのである。喜びこそすれ、嫌がるはずもない。特に胸を撫で下ろしたのは、次の生贄予定者である少女だった。



「……本当だった……占いは……当たるんだ……」



 だから、彼の不吉な一言に気付く者はいなかった。ニノ、と呼ばれた少年は、胸元のポケットから丁寧に折り畳まれた新聞を取り出した。




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2月20日が誕生日なそこの貴方!本日は運命の出会いがあります。ラッキーアイテムは胃腸薬!byF.M.R














「待ちました?」

「いや、今来たところ」



 九月下旬とはいえ、まだ夏の匂いが色濃く残る。

 ペトラの庭は、未だ生命力が残る緑に囲まれていた。木陰のベンチに座り、本を読んでいた宗治郎が顔を上げる。



「うちに遊びに来て以来ですよね。いろいろ忙しそうですね」

「そうだね。あんまり嬉しくないよ……雪凪は変わったことない?」

「うーん、特に?」

「…そう。なら良かった」



 ベンチに並んで昼食をとる。 

 宗治郎は食べているときは基本喋らないので、雪凪が最近あった出来事を面白おかしく話し続けた。


 宗治郎はそれに頷いたり、笑みをこぼしながら聞いたりしていて、こうやって自然にしていれば、「魔王」だなんて言われないのになあ、と雪凪は思うのだった。



(…それにしても、)



 雪凪はサンドイッチを食べ終わり、手や口元を拭いている宗治郎を見つめる。会った時から思っていたのだが、なんだか疲れているように見えた。



「宗治郎くん、何かやっぱり、あったでしょう?」

「…」

「いや、元気ないですもん。肌艶悪いです。寝てます?」

「は、はだつや…いや、ちゃんと寝てるよ」

「何時間?」



 ぐいぐいと聞いていく雪凪に、宗治郎は少し困った顔をした。



「…寝てるってば。ただちょっと……考えることが多くて」



 その言葉を聞いて、雪凪は途端に狼狽した。



「だ、大丈夫ですか!?そ、宗治郎くんがそんなこと言うなんて!よっぽどじゃないですか!」

「……そう、かな……」

「だって、余程のことがない限り、口に出したりしないでしょう?」



 返す言葉が見つからないのか、押し黙った宗治郎を見て、雪凪はさらに心配になる。宗治郎が、雪凪なんかに言い負けているのだ。



「……重症だ…………」

「いや、大袈裟だよ。任されたことが重なっただけだから、もう、大丈夫」

「…………何か手伝えること、あります?」



 無いとは分かっているが、そう言わずにはいられなかった。じ…と下から見上げる雪凪を見て、宗治郎は笑った。



「そう言ってもらえるだけで、十分だよ」

「……倒れたりしないで下さいよ?」



 だから大袈裟だって、と眉を下げる宗治郎を見て、雪凪は気になっていたことを聞いてみよう、という気になった。ユルゲンが言っていたことである。



「ユルゲン先輩から聞いたのですけど、宗治郎くんの周りで、何か、新しく噂されていること、あるんですか?」

「………何だろう。いろいろありそうだし」



 確かに、それはそうなのだろう。


 噂される要素が多いのは事実だ。しかし、雪凪は見逃さなかった。雪凪が尋ねた瞬間、宗治郎の表情が一瞬、固まった。



「……言いたくないことですか?」

「……いや……そういう、わけじゃ……」



 どう見てもおかしい。

 宗治郎は基本、受け答えがはっきりしている。何をどこまで言うか、しっかり判断して話をしているのだ。それなのに今日は、何を聞いても明確な返事が返ってこない。



「…やっぱり、疲れてるんだと思う」

「そうですね。宗治郎くん、しっかり休んだ方が良いです。疲れていると、何事も、どんどん悪い方に進んで行ってしまいますよ。明日一日、休んでみては?一日くらい、授業を休んでも、宗治郎くんなら全然平気でしょう?」



 雪凪の場合全然平気ではないのだが、そこはスペックの違いである。



「駄目そうだったら、そうするよ」



 それって、絶対休まないですよね……と喉まで出かかって、けれど、雪凪は結局口をつぐんだ。宗治郎は、踏み込まれたくない一線は、きちんと提示する。困ったように笑う今が、そうだ。心配だったけれど、お節介を焼きすぎて、宗治郎に嫌がられたくはなかった。



「……ぜひ、そうしてください。」



 だから、雪凪に言えるのはそこまで。



「うん。ありがとう」



 その言葉につられて、雪凪もぎこちない笑みを浮かべるが、彼女はきちんと気づいていた。



(……誤魔化されましたね。)



 休む休まない、のくだりもそうだが、その前の「噂」の話題の方である。



(…私って、そんなに、頼りな……いですよね……)



 宗治郎にどうにも出来ないことなのだから、雪凪にどうにか出来るはずもない。そんなこと、分かっている。それでも、悲しく思ってしまうのは、自分のエゴだ。宗治郎に必要とされたい、そんな自分の、少し醜い部分なのだと雪凪は思う。

 


 けれど、しょうがない。

 雪凪は宗治郎に必要とされたいけれど、宗治郎は雪凪が望むほどには、雪凪を必要としてはいないのだ。ただ、それだけの話。



(……なんだかなぁ……)



 雪凪は思う。

 これが、片思い、か……と。

 物語の中で見ていたそれは、なんとも甘やかな響きを持っていた。けれど現実は、ただただ苦しいだけ。



 美穂子ははは雪凪に、「恋ではなく、愛を目指せ」と言ったけれど、自分は案外立派に、「恋」をしているのでは…と雪凪は思う。

 


 頼りにされたい、 

 隠し事をしないで欲しい、

 自分を、一番に、見て欲しい……



 こんな自分勝手な感情が、「愛」であるはずがないのだから。



 だから、雪凪は笑うしかない。

 宗治郎に少しでも、自分と一緒にいる時間が楽しいと思ってもらえるように。きっといつか、でも確実に、そう遠くない未来に、二人の道は、分たれてしまうのだから。今を大切に、過ごすしかないのだ。




(……私って意外と、尽くすタイプだったんでしょうか?)



 宗治郎の、雪凪の前では希少でもなくなってきた笑顔を見ながら、彼女はそう思った。














(遅くなってしまいましたね)



 夕暮れ時。

 先生の手伝いをしながら、少しおしゃべりしていたら、意外と時間が経っていた。やはり魔法薬学は好きだと雪凪は思う。しっかり薬に向き合えば、必ず応えてくれるからだ。報われない努力より、報われる努力の方が絶対にいい。



 そんなわけで、雪凪は上機嫌だった。

 ちょっと鼻歌も歌っていた。だって誰もいないと思っていたからだ。食堂までの抜け道を小走りで通り抜ける。明るいうちはいいが、暗くなって来ると、ちょっと怖いのだ。この場合の怖い、はお化けや幽霊といった方ではなく、例えばあの茂みの影から人がひょっこり出てきたら……――






「ねえ」




 

 人は本当に驚いた時、叫び声も上げられない。


 数歩先の、建物の影から溶け出るように現れたのは、それはそれは美しい少女だった。


 射干玉のような黒髪、

 真っ白な肌、

 血潮のように赤い唇…。


 髪と同色の瞳は、けぶるようなまつ毛に覆われている。それが鳥の羽ばたきのように上下する様を、雪凪は夢心地で見ていた。


 時間が止まったように感じたが、本当のところは、刹那の出来事だった。


 雪凪は、少女のふっくらとした唇が、ゆっくりと開き、鈴の音のような美しい声が奏でる音楽を、忘我の境地で聞いた…………つまり、何を言っているのか分からなかった。




「ねえ??どんな手を使ったの?どんな手を使ってお兄様に近づいたの?ねえねえ??教えて?……言ってみなさいよ!この、泥棒猫!!!」



 少女は、ずいずいと雪凪に迫ってきた。

 驚きのあまり後ずさる雪凪の背に、煉瓦造りの壁が当たる。紛うことなき壁ドン3rdである。



「あたしより全然可愛くない」



 少女は雪凪より小柄だ。息が掛かるほど顔を近づけられ、下からじい……と観察させる。



「魔力だってみそっかす」



 真っ黒な瞳にギラギラと不自然な光が宿る。



「なのに何で?何であんたみたいなブスがお兄様に近づけるの?身の程を知ったら??全然つりあってないじゃない??鏡見たことある?一度客観的に、自分を見つめ直した方がいいと思うわ??」



 その後も少女は何事かを喚き続けた。

 雪凪は、衝撃のあまりその場を動けない。ただただ、赤い唇が、美しく歪んでいくのを眺めるばかりだった。――お兄様……おそらくだけど、でも確実に、宗治郎くんの、ことだろう……と雪凪は思った。そしてそれは正解だった。ちなみにだが、ユルゲンが言っていた「噂」というのも、彼女の話であるが、雪凪はそこまでは気付けない。


 

 少女のあまりの形相に、目が離せないでいた。





「――あたしは、お兄様が好き」



 だから、なじられるばかりだったはずなのに、いつの間か話題が変わったことにも、ついていけなかった。



「やさしくてきれいな、お兄様がだあいすき」



 潤んだ瞳と、恍惚とした表情。

 恋をする乙女と言ってもいいのに、歪さしか感じない。




「あなた、家族がいるんでしょう?友達もいるんでしょう?あいしてくれる人がいっぱいいるのでしょう?……あたしには、お兄様しかいないの。お兄様しか、あたしのことをあいしてくれる人はいないの。だから、奪わないでよ、盗らないでよ、もうたくさん持っているのに、これ以上何を望むのよ!!!」



 血が滲むような声だった。

 ぎりぎりと歯を噛み締め、上目遣いに睨んでくる。ぞっとするほど美しい顔が、怒りに歪んでいる。そのあまりの迫力に、雪凪は一歩も動けない。



「あなた……お兄様の何なの?黙ってないで、何か言いなさいよ」



 少女は雪凪の言葉を待っているようだ。

 雪凪は、なんとか、声を絞り出す。



「わ、私は……と、友達です」

「ふうん?」



 友達、という言葉が胸に刺さる。

 ああ、いつの間に、こんなに、育ってしまったのだろうか……。雪凪はじくじくと痛む、心の柔らかい部分を見ないようにした。



「あは、お友達かあ…そっかあ、なあんだ…じゃあ、あたしの早とちりね?あなたはお兄様のこと、好きじゃないのよね?あたしから、お兄様を盗らないわよね?そうよね?……うふふ、あたしったら、思い込みが激しいところがあるって、よくお兄様に叱られるの、ごめんなさいね?」



 す、と身をひいて、うつくしい笑みを、少女は浮かべた。



「よく考えたら、そうよね?あなたがお兄様の特別な存在なわけ、ないわね?だって、あなた、あたしのこと、知らないみたいだもの。ね、そうでしょ?ふふ、お兄様から聞いてないのね?それぐらいの関係性なのよね?」



 朗らかに笑う少女の頬は、薔薇色に蒸気して、愛らしい。先程までの所業を見ていなかったら、雪凪も「なんて可愛らしい子なのだろう」と感動していたに違いない。



「じゃあね?ちゃあんと、聞いたからね?あなたとお兄様は、。ね?嘘じゃないわよね?」

「…………嘘じゃ、ない、です」



 嘘じゃ、ない。  

 宗治郎くんにとって、私はただの友達、だ。

 だから、嘘は言っていない。




「ならよかった!……あらやだ!自己紹介もまだだったわね?あたしはちゃあんと、お兄様からあなたのことは聞いているわ?牧原雪凪さんよね?あたしの名前は、紫藤潮しどううしお。お兄様とは、幼馴染なの。それから、あなたと同じ、黒薔薇、よ?」



 同じ、のあたりを絶妙に馬鹿にしたように言われる。つん、の雪凪の名札のプレートについた黒薔薇を突かれた。



「うふふふふ、ねえ、雪凪さん。あたしたち、良いお友達になれそうじゃない?だからどうか、先輩、なんて呼ばせないでね?あたしと雪凪さんの仲じゃない?」



 少女は、潮は、首を傾げた。さらり、と流れ落ちる長い黒髪。庇護欲を誘うような、緩んだ瞳と垂れた眉。けれど、真っ赤な唇だけは、嘲るように歪んでいた。


 歪み。

 そう、歪みだ。

 歪んでいる。彼女は、歪んでいる……。


 何がどうとは、雪凪は言えなかった。けれど、分かる。彼女はではない。けれどそれが、一体何なのか。雪凪には分からなかった。今まで、会ったことのない人種だった。考えていることが、全くわからない。



「お時間とらせてごめんなさい。あたしはもう行くわ。暗いから、雪凪さんも、気をつけてね?」



 気をつけてね、のところを妙に強調して言う潮に、怖気が走る。何か、喉まで出かかった言葉があるような気がするが、結局何も言えなかった。来た時と同じように、潮が暗闇に溶けていく様を、静かに見送ることしか…雪凪には出来なかった。















「あら、お帰り。遅かったわね?」

「……」



 寮の談話室で、トランプをしていたローラは、後輩であり友人でもある少女が、やけに静かにドアを開けたことに気付いて声をかけた。



「……あ、はい……」

「?どうしたの?変に静かじゃない」



 薄い水色の少女は、見た目に合わず快活な性格だった。聞こえてくる噂はあるものの、ローラはその辺りは全く関与せず、友人関係を続けている。雪凪が話したければ話せば良いし、話したくなければ話さなければ良い、という思考の持ち主なのだ。



「……」

「ほらほら〜どしたどした?ローラさんが聞いてあげよう!座って座って〜」



 寮の談話室はわりと賑わっており、聞き耳を立てていなければ、会話の内容を知ることは難しいだろう。また、ローラは姉御肌で、よく後輩の相談を聞いているので、この光景はさして珍しいものではない。なので、誰も二人のことを注目してはいなかった。



「……あの、ローラさんは、前に言ってましたよね。その、恋について」

「あらやだ」



 ローラは、ぱちり、と瞬きをした。



「本当に恋を知ったのね」

「…そう、見えます?」

「鏡見てみたら?はい」



 ローラは手鏡を雪凪に手渡した。



「…分かりません。情けない顔だということは分かりますが」

「分かってるじゃない。セツナが恋するなんてねえ……」



 ローラは、うつむいた少女のつむじをしげしげと眺めた。


 少女は、興味の幅が広い人間だった。好きなこと、夢中になれることを探す余裕が心にあり、自分にもある程度、満足して生きている。自分が幸せであることを知っている人間。そういう人間が、いわゆる「横の関係」を早いうちに求めるのは珍しい。大抵は「憧れ」で終わるのだ。よしんば、思いを伝えたとして、そこまでだ。そんな幼い「初恋」の終わりは多いが、きっとそれが健全なのだろう、とローラは思っている。


 だって、こんなに苦しい胸の痛みを、人は長く抱えていられない。叶うはずもない思いを、大事にしまって生きるには、生きた時間が短すぎる。


 けれど、少女はきっと、そういう「恋」をしているのだ、とローラは分かった……だって、ローラと同じだから。



「思いは伝えたの?」

「…一度、事故みたいなものはありましたけど……それはと言って有耶無耶にしましたし……いや、出来たのかは分かりませんが、とりあえずそういうことにしましたし……」

「はいはい。してないのね?面と向かって言ってないのね?」

「…はい」



 雪凪は柄にもなくうじうじと悩んでいるようだった。



「ふうん?で?人に先を越されそうにでもなった?」

「……わ、私目線からすると、そういうことになるのでしょうか……」

「ああ、なるほど?牽制でもされたんでしょ」

「…………な、なんで分かるんですか……?エスパータイプなんですか??」

「馬鹿ねえ、そんなのよくあることじゃない」

「よ、よくあることなのですか……」



 あれが……と、生唾を飲み込んだ雪凪を、ローラは訝しげに眺めた。



「で?諦めるの?」

「……だって」

「あ〜、私なんてどうせ、とか、そもそも対象に、とかは聞き飽きたから!だいたい、あんたそんな可愛げのある女じゃないでしょ?」

「…………えっ、絶妙にひどくないですか??」



 形の良いつむじばかりをローラに晒していた雪凪が、顔を上げる。



「ふふ、あほづら〜」

「……はあああ、なんか、気が抜けるんですけど……」

「馬鹿ねえ。抜いてあげたんでしょ?思い詰めても良いことないわよ?案ずるより産むが易しって言うじゃない?」



 にっこり、と魅力的な笑みを向けられて、雪凪は少し、自分が情けなくなった。



「自分を可哀想に思うのは終わりにして、自分の本当の望みは何か考えないと、後悔するにも手遅れになるわよ?」

「……なんですか、それ」

「やった後悔よりやらない後悔の方が大きい、とか言うじゃない」

「……難しいような、分かりやすいような……」

「ふふ、あとはあんたのお得意な、ベッドの中で悶々タイムでもしてきたら?」



 じと……と半眼で見つめてくる雪凪に、まるで出来の悪い妹を見るような目を、ローラは向けた。



「逃げる理由をつけるのは簡単よ。逃げない理由を見つけるよりずっとね。でも、あんたはきっと、戦える子よ。心にがあふれているもの。あ、クサいとか言わないでよね?」



 ぱちん、と華麗なウインクを決めて、ローラは去っていった。それを見て、「外国人ってすごいな……」と雪凪は現実逃避した。慎ましやかな国民性の国に育った雪凪にとって、「愛」を面と向かって語るなんて、恥ずかしい。




(……ああ、でも、そもそもそれが、、なのでしょうか)



 深く考えるには、ここは賑やかすぎる。

 ローラの言った通りにするのはしゃくだが、雪凪は早めにベッドに潜り込み。延々と自問自答を繰り返すのだった。




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