第6話 そのよん





「ほらよ!」



 ぽん、と投げ渡されたトートバッグは綺麗に繕われていた。



「いいって言いましたのに……ノベルティですし……。」

「それじゃあ俺様の気が収まらねえ!いい出来だろ?得意なんだ!家庭科!」



 胸を張る先輩には悪いが顔を見ると腹が立つ。しかし、あれだけ盛大に破れたにもかかわらず、きちんとバッグの体をなしている。人は見かけによらない特技があるものだ、となんとなく裏返して雪凪は言語が飛んだ。



「      」

「おっ!気づいたか!ふははは、お詫びにつけてやったぜ!オマエの推しだろ?」



 死ぬほど丁寧に刺繍がしてあった。黒髪の少年。ツンデレ風に顔を歪めている。



「お?なんだなんだ?涙を流すほど嬉しいのか?ははは、よせよ〜褒めても何もでないぜ?……っていだだだだだ!?な、なにす、あだだだだだだだ!?」








 ことん、と机に置かれたのは黄色くてつやつやしている魅惑の物体……その名も、プリン。

 


「悪かったって〜?ほら、これで機嫌なおせよな!」 



 にかっ!と笑顔を向けられ、雪凪は陥落した。プリンの魔力にである。



「しょ、しょうがないですね!今回だけですからね!」

「おー、食え食え。」



 スプーンを手に取り一口。冷たくて優しい食感。ほのかな甘み、少しだけ苦いカラメルソース。絶品だった。



「……落ちこぼれ、なんて嘘じゃないですか。」

「ふははははは!そっちの方がかっこいいだろ!能ある鷹は爪を隠すのだ!」



 雪凪たちがいるのは、限定のカフェテリアである。建物が違うわけではなく、エリアが違う。ここまでくると差別では??と思う学園の制度だが、仕方ない。そういう世界なのだ、ここは。

 

 学園内は非常に広大であるが、食堂やカフェなどの施設は一ヶ所に集まっている。そしてグレード別に座ることが出来るエリア、注文の出来る場所、メニューが異なるのだ。グレード1と2、グレード3と4、そしてグレード5、この組み合わせである。もう驚きもしないが、女王の学徒はまた別に専用のラウンジがある。ならもう場所分けろといいたいが、「生徒の交流をはかるため」一つの場所で区別がされている。別の意味に思えるのは私だけではない……と雪凪は思っていた。



(……支配する側とされる側、その構造を明確にしている、なんていやらしいですね。)



 しかし、プリンに罪はない。



「そんなに好きなのか?」

「大好きです!美味しいものは正義!グレード5のデザートなんて、私には一生手の届かないものだと思ってました!!」  

「ふははははは!ならば追加でガトーショコラも奢ってやろう!!」

「!!!!先輩!かっこいい!!イケメン!!!」



 グレード5専用のカフェテリアも、がいれば使用可、なのである。白を基調とした美しい店内に、雪凪のテンションは上がっていた。



(内装が豪華でお城みたいです……。いつもの場所も温かみがあって好きですが、これぞ外国!という感じがしますしね!)



「ほらよ!」

「きゃー!ありがとうございます!美味しそうで……」



 追加で注文したケーキを青年が雪凪に差し出した。それを受け取ろうと上を向いた雪凪は、かちん、と固まってしまう。



 青年の後ろに赤銅色の髪、同色の瞳の少年が……宗治郎が佇んでいた。



(……あ…………。)



 そう言えば、そうだ。

 ここはいつも委員長と使っているカフェテリアではない。グレード5専用……なら、宗治郎がいても、なんらおかしくはないのだ。


 刹那の時間のはずが、やけに長く感じる。何か、言わないと。心のどこかでそんな声がする。雪凪は口を開きかけ――――――



「……ぁ」



 宗治郎は、去っていった。



「でさ〜言ってやったわけ。顔見てから言えばーって。」

「ふん。外道の貴様に惚れる奴の気が知れん。」

「ええ〜クソインキャに言われたくなーい。」

「だからクソインキャはやめろと……」

「おい、アマネー!この課題かわりにやってくんねえ?」

 


 巻毛の少年の言葉に、「自分でやるから意味があるんだよ。だいたい、お前はすぐに出来るだろう?面倒くさがるんじゃないよ。」と穏やかに返した宗治郎たちが遠ざかっていく。 



 雪凪はどこか唖然とした心持ちでその後ろ姿を見送った。目は、合わなかった。



(そりゃ、そうです、よね……喧嘩中ですし…………そもそも、学園内で話したり、しませんし。)



 そうだ。宗治郎とは、クラウスとペトラの家でしか会わない。学園内では宗治郎は、いつも女王の学徒クイーンズ・スカラーの三人と一緒にいる。宗治郎に話しかけるということは、あの三人の前で話しかけるということであって、そんなことしたら、どんな目で見られるか…………。だいたい、佐野たちだっている。宗治郎に心酔しきっている彼らが、そんなこと許すはずも…………と、そこまで考えて、雪凪は気づいた。



(……あれ?私、怖いんですか?……宗治郎君と友達だって、みんなにバレるのが……怖い……?)



 そして、愕然とする。

 自分が相手に与える印象については何故かポンコツになるが、他人の感情のこととなると恐ろしいほど聡い宗治郎が、気づいてないわけはない。この、雪凪のを。それを知ってるから、宗治郎は学園内では声をかけてこない。



(ま……待って、待って下さい…………。)



 雪凪は呼び止めようとした。

 ――待って、

 ――――違うんです、君と友達になったことは、隠したいことじゃない、恥ずかしいことじゃ、ないんです、だから…………



 声は、出なかった。




「ふははははは!どうした!?あまりの嬉しさに声も出ないか!?」

「うるさいです。少し黙っててください。」

「え!?何で!?何でいきなり怒ってんの!?オマエの情緒ぶっ壊れてんの!?はっ………………わ、分かったぞ…………オマエ………、だな?」



 ぶち



「いだっ!いだだだだ!?いや、そんなに痛くはないんだけど強……強いから!いだだだだだ!?」



 ぎゅむぎゅむと青年の足を全力で踏む。靴のままは流石にアレなので、一応脱いだ。それもどうなんだ、とは思うが。



「はあ、なんなんだよオマエ?なんか悩みでもあんのか?」

「……先輩って、見かけによらず面倒見いいですよね。弟妹とかいらっしゃるんですか?」



 ちょっと幼過ぎた。自己嫌悪に陥りながらも何故か謝りたくないので話を逸らす。



「俺様には可愛い弟と弟みたいな奴と妹みたいなやつがいるぜ!」

「……それは、ご兄弟は二人、ということですか?」

「まあな!でも親戚が多いからな、みーんな俺様の舎弟みたいなもんだぜ!」



 ふはははは、と謎の高笑いをしている姿からは想像もつかないが、わりとお兄ちゃんしているらしい。確かに謎の兄力は感じる。腹立つが。



「周宗治郎君って分かります?」



 私は、さっき会った人に向かって何を話そうとしているのだろうか、と雪凪は思った。



「そりゃ、知らねーやついねーだろ。魔王様だろ?……イカすよな……。」



 青年はどこかきらきらした目をした…………発言は気になるが、宗治郎に悪い印象は無いらしい。



「私、宗治郎君と友達なんですけど、」

「え」

「学園内では、宗治郎君、話しかけてこないんですよ。今までずっと、疑問に思ってなかったんですけど、気づいたんです。私の……ためだったんですね。」

「まじか」

「……私が、嫌がるって……友達に、そんなこと思わせていたなんて、私……最低だ……。」

「…………」



 なぞの兄力に惹かれ、ついつい話してしまった。こんな話、されても困るだけだ……と自嘲した雪凪の肩に、温かな手が置かれる。  



「オマエ、すごいな。」

「……。」

「……やっぱり、妹が言ってたのは本当だった。」

「……妹さん?」



 今の話のどこに妹要素が?と首を傾げる雪凪に向かって、青年は真剣な目を向けた。



「妹が、言っていたんだ……東の国人は、息をする様にをするって。……大丈夫だ、俺はがあるから。そういうの、ユメジョシって、言うんだろ?」 

「……………………………………。」 

「って、いで!いだだだだだだだだた?!強い!強いって!!!!なんなんだよオマエ!!」

「…………ふーーーーーーー。」

「ふー、じゃねえ!」



 冷静になった。私らしくなかったな、と雪凪は反省した。



「すみません、先輩。ご迷惑をお掛けしました。」

「いやべつにいいけどよぉ。つか、あれか、オマエの推しは魔王の方だったんだな。だからあんなに怒ってたのか。いや、悪かったなーー!」



 陽気に笑う青年を見やる。ちょっといろいろ残念ではあるが、基本的にかなりのお人好しであるようだ。きっとなんだかんだみんなに好かれてるんだろうなあ、と雪凪は思う。憎めないタイプというか、馬鹿な子ほど可愛いというか……(失礼) 



「いや、ですから、それについては誤解で………」

「ええ?なんで隠すんだよ?魔王、カッケーじゃん。俺様憧れてんだよなぁ…………。」

「……あ、憧れ??」



 どういうことなのだろうか、まさかの下僕希望なのだろうか。上級生さえ惑わす宗治郎のカリスマ性ということだろうか。訝しげな視線を送っている雪凪を、どう都合よく勘違いしたのかは分からないが、青年はにやり、と笑った。



「ふはははは!仕方がない!オマエは同志だからな!見せてやろう!俺様の仕事を!」

「仕事?」


 

 行くぞ!と腕を掴まれ、雪凪は慌ててトートバッグを掴んだ。



「え、ちょ、ま、ど、どこに!?!」

「ふははは!行けば分かる!!」 



 いや、行きたくないんですけど……!?と言う雪凪の心の声はもちろん届かない。








「よ!ちょっと見学させたいやつがいんだけどよ、いーよな?」



 ガチャ!とノックもせずに青年は扉を開いた。



「全く、ノックぐらいしろよな。」

「わりーわりー!あ、コイツ俺のダチのセツナ!コイツに俺様の仕事を紹介したくてよぉ!」

「それはご愁傷様セツナ君。僕はのブライアン・サイモンズだ。よろしく。」



 にこ、と山吹色の髪の青年、ブライアンが雪凪に握手を求める。



「あ、一年の牧原雪凪です。よろしくお願いします。」

「はは、君も大変だね?コイツ、うるさいだろ?」

「え?はい。」

「いや否定しろよ!そこは!」



 ぶちぶちと文句を言う青年を雪凪は困惑しながら見つめる。



「ここって……」

「学内新聞部だぜ!さっきもいったろ!俺様の仕事場!」

「………今週の一言、のフェリシアーノ・マルティネス・ロドリゲスさんでしたっけ?」

「おう!」


 

 ロドリゲス先輩(仮)は割と筋肉質な体型なので、誰かさんとは違い、ある胸を張った。



「で、これがその、だ。ふははは俺様の華麗なる手腕をとくと見よ!!」



 大きな机の上にあったものをざっと退けられ、その上に意外と几帳面に並べられたのは、学内新聞のバックナンバーだ。



「ふははははは!すげーだろ?の名付け親、俺なんだぜ?」

「こ、これは………………!」



 ――――痛々しい!!!!!!!と叫ばなかった自分がものすごく偉いと思った――――雪凪は後に、この日の出来事をそう振り返った。――ええ、そりゃね。私もそろそろ罹患歴が三年越えますからね。彼の気持ちも、分かるんですよ。――彼女はそう言うと、紅茶をひとくち口に含み、微笑した。――え?私の発症はいつかって?まあ、それはまた今度の機会に。友人の兄に突き落とされた、とだけ言っておきましょう。―――彼女はどこか、遠くを見るような目をしている。――でもね、彼と私の絶対的な違い、これが何か分かりますか?……それはね、あるかないかです。この病の恐ろしさは、その有無で進行速度も重症化リスクも、周囲に与える被害も桁違い、なことなんです。―――少女は、震える手で自らの肩を抱いた。―――本当に、本当に……恐ろしい病です。しかし、魅力的な病でも、あるのです。だから私は……この病と、一生付き合っていく……そう、決めているのです。――――そう言って水色の少女は、儚げに微笑んだ。




◇今週の一言◇

――漆黒の闇から覚醒したまばゆい光……さて、そろそろ我が身の力を解き放つとするか!!(新学期!新入生諸君、入学おめでとう!)



◇今週の一言◇

――強者のみが許されたこの至福のひとときを、ゆっくり楽しもうではないか。(新入生諸君、学生食堂のご飯は美味しいよ。)



◇今週の一言◇

――人間が作った紙切れで俺の実力は測れんわ。(中間テスト嫌だわ〜。)



 いや、今週の一言っていうか、お前の日記じゃねえか!!こんなもんよく学内新聞に載せる許可降りたな!?ブライアン先輩止めろよ!その後も徒然とどうでもいいことを垂れ流し続ける誌面で言うと五センチ四方の大きさのコラムであったが、ある日を境に一変する。



◇今週の一言◇

 ――俺は、見た。闇から生まれし闇より深き闇。赤い閃光。人々は後の世にこう伝えるであろう……その名は、魔王。(ちょっとヤバげな一年生がいるらしいよ。)





「……………………。」





◇今週の一言◇

 ――諸人よ、こぞえ。そして歓喜しろ。今こそ時代の革命の時。愚かなる勇者は、偽りの正義を振り翳し、魔王へと挑む。(決闘だって!楽しみだね!)



◇今週の一言◇

 ――敗者へ手向けられた弔花。魔王の、黒笑………。



◇今週の一言◇

 ――魔王軍、参謀司令の乱心。響き渡る雷鳴。愚かなる知恵者に裁きを。魔王、降臨。



◇今週の一言◇

 ――魔王軍、再編。所詮この世は弱肉強食……力なき者は、ただ去りぬ。必要なのは『力』のみ。刮目せよ!そして戦け!歴戦の強者たちよ……。




 ……

 ………………

 …………………… 




「ふははは!どうだ!?敏腕記者の俺様の美技は!?……えっ……えっ?ど、どうした?何で、泣いてるんだ??えっ、ちょっと?おい、大丈夫か?どこか痛いのか?椅子座るか??」



 お前か……お前だったのか……「魔王」のソースお前だったのか……!!ていうか、噂の発生源、全部お前じゃん!……哀れだった。あんまりにも宗治郎が可哀想で雪凪は流れ出る涙を止めることが出来なかった。



「こんな……!こんなアホに……!こんなアホのせいでええええ……!!」

「わ、分かった!なんかよく分かんないけど、俺が全部悪かったから!」





 よしよし、辛かったなー!と、無駄に高い兄力を振り撒かれて雪凪は余計に泣いた。



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