第5話 そのさん







「ハア……ハア……ハア……ふは、ふはははははははははははは!!筆が!のる!!生きるの!楽しい!!!」



 せめてハアハアするか笑うかどっちかにしてください……とは言えない。雪凪だって部外者だったら、委員長とおんなじ、とまでは行かずとも似たり寄ったりだったと思うので。



(…………けど、復活するの早すぎじゃありません?)



 「魔王降臨」事件の翌日は、使い物にならなくなっていた委員長だが、いまやこの通り。非常に元気に妄想しております。ネタ帳がものすごい勢いで捲られていっている。がりがりがりがり……いつぞやの自分のようだな……と雪凪は現実逃避をした。



「ふふ……周君×佐野君……ぐふふふふ……。」

「……………………………………。」



 雪凪はそっと、席を離れた。

 そうです。解釈の不一致は、そっとページを閉じるのが正解なんです。しかし、キツイ。前話までのシリアスが全てしょっぱくなるほどキツイ……早急にどうにかしなくてはならない。雪凪は決意を新たにする。



作り………本腰入れて、やるしか、ないですね…………。)



「ふははははははは!!!!」



 しっかりとした足取りで談話室を出て行く雪凪。せめて一声掛けてからにしてあげよう。友達が居ると思って騒いでて、一人だったときって、辛いよ?










 ――ところで。


 事件をきっかけに、正式……と言って良いかは分からないが、「親衛隊」が組織された。中心はもちろん佐野であり、旧一軍メンバーを中心に組織作りをしている最中らしい。今まで宗治郎が頑なに拒んでいたのに、唐突な手のひら返しに佐野は大いに喜んだ、そうだ。それをもって「留学生会」は解散。今後はガチ勢になるか、部外者になるか選べ、ということらしい。



(……これってつまり……犯人の洗い出しですか?)



 「犯人」が、宗治郎の為に犯行を行ったならば、それは宗治郎を崇拝している人物に他ならない。「親衛隊」を組織することにより、矢印の大きさを視覚化する狙いなのか……?と雪凪は推測してみた。










「で、どうなんです?」



 直球である。本人に。

 宗治郎は、ぱちり、と瞬きをした。たったそれだけの動作が様になるなあ、と雪凪は思った。



「そういうわけじゃないよ。まあ、佐野がうるさいしね。役職でも与えてやった方が落ち着くと思ったのは確かだね。」

「…………ふーん?」

「納得行かない?」

「べっつにーーー?」


 

 今日も今日とてペトラ宅でお茶会である。頻度が高いように思われるかもしれないが、実際には三日から一週間に一回程度だ。宗治郎が忙しいと更に空くこともある。それでもこの会が続いているのは、二人とも楽しみにしているから、だといいなあと雪凪は思っている。



「というか、大丈夫なんですか……?」

「犯人探しのこと?それとも僕が学園長に呼び出されたって噂のこと?」

「…………呼び出されたわけじゃ無いんですか?」

「ないね。」



 音を立てずお茶を飲む宗治郎を見て混乱する。



「え、ええ……??じゃあ誰がそんなことを……。」

「学園長が一生徒をほいほい呼び出すわけ、ないだろう?」



 艶然と笑う宗治郎が言っても説得力は無い。



「ま、そういうことだから気にしないで。」

「でも……その……。」

「ああ、いろいろ言われてること?別に言わせておけばいいさ。」



 ミハエルを襲ったのは、周宗治郎を崇拝する者の誰かだ、というのは最早、公然の秘密のような扱いとなっていた。女王の学徒クイーンズ・スカラーである宗治郎に面と向かって言う奴なんていないだろうが、めちゃくちゃ後ろ指刺されている状態。元が「完璧」な魔王様だから足を引っ張るネタが出来て嬉しいのよ、とは委員長の言葉。魔王の機嫌を損ねたら「親衛隊」に消される…………とはまことしやかに囁かれまくっていた。



(……あの時、「魔王」だなんて呼ばれてるって知って………ショック受けてたじゃないですか…………。)



 宗治郎がどんなに表面を取り繕っても、雪凪は一度、彼の奥底の苦悩を見た。そんな内面があるとは全く思えない外面の取り繕い様だが、宗治郎は嫌なはずなのだ。勝手に勘違いをし、勝手に一線を引かれる。それが、悲しい、と思ってるはずなのに…………。なのに、



「雪凪は何がそんなに気に食わないんだ?」



 少し首を傾げながら、本当に「分からない」という顔をしながら尋ねてきた宗治郎に、雪凪は……イラっとした。



「気に食わない?」

「……だって、そうだろう?」



 物分かりの悪い子どもに言い聞かせているような発言に、雪凪はぷちん、といってしまった。冷静な状態なら、ああ……またエフェクトかかってるんですね……純粋に聞いたつもりが、ナチュラルに上から目線になるとかご愁傷様です………と心の中で合掌するようなありふれた光景だったはずなのに。人間、余裕は大事です。



「もう!いいです!心配しているこちらが馬鹿馬鹿しくなってきました!」

「え」

「どーせ私はモブですから??ピラミッドど底辺ですから?一番上にいる人の考えなんて、分からないですよ!」



 あ、と雪凪は思った。

 そんなこと思ってない、思ってないのに。けれど口から出てしまった言葉は、消すことが出来ない。 


 雪凪はぐ、と唇を噛み締め、荷物を持って立ち上がった。宗治郎の顔を見ずに捲し立てる。



「いいです!私、勝手にやりますから!!」



 こうなったら、真実を突き止めてやろう。噂の出どころを探って、白黒はっきりさせてやろうじゃないか。雪凪はどすどすと玄関に向かう。



「アラ、もう帰るのかい?」

「ペトラさん、おじゃましました!あのあんぽんたんをどうぞよろしくお願いします!!」


 

 ぱたん



「…………。」

「…喧嘩でもしたのかい?珍しいねぇ、いつも仲良しなのに。」

「…………。」

「?」



 ぴた、と止まったまま微動だにしない少年を、ペトラは見つめる。姿勢をしゃん、と伸ばしたまま、少し目が見開かれており、どうやら驚いているようだった。


 ペトラは、夫に「こいつは、俺の弟子だ。」と紹介された可愛らしい少女が「よろしくお願いします!師匠の奥様!」と見た目に合わない大きな声で挨拶をした日のことをよく覚えている。気難しい夫は、自分の子どもからも好かれてはなかったので、二人のトレーニング(筋トレ)をペトラは微笑ましく思った。


 そんな、もう一人の娘のように思っていた少女が「あの……ご相談なんですけど……」と、友人を連れてきたい、と言い出したときは、勿論どうぞ!と喜んだ。家に人が来ることは幸せの証である。約束の日、少女は一人の少年を連れてきた。「ようこそ」と笑顔で出迎えながらも、ペトラは内心驚いていた。少女が連れてきた少年が、黒いガウンをきっちりと着た、学園の特権階級の少年だったからである。


 ペトラたちは、基本的に生徒と関わることはない。しかし、それなりに長い年月を過ごしていると、耳に入ってくる情報は多い。女王の学徒クイーンズ・スカラーに関するものはその中でもトップクラスだ。


 十三人の選ばれし学徒。

 本人の能力に加え、家柄や血筋なども加味して選ばれるスクールカーストの頂点。それに選ばれ、その地位を保ち続けるということは、並大抵のことではない。「努力」など陳腐な言葉は意味をなさず、圧倒的なまでの「才能」の世界。


 その少年と、可愛らしい顔立ち(ペトラ目線)ながらも平凡な少女が友達……けれど、「よろしくお願いします。」と可愛らしく(ペトラ目線)微笑んだ少年を見て、ペトラは気にするのをやめた。二人はとても気が合うようで、定期的に会っては会話を楽しんだり、一つのスマートフォンの中をのぞき込んで笑いあったり、庭の雪かきを手伝ってくれたり、ペトラと一緒にお菓子を焼いたり、クラウスと共に木を切り倒しに行ったりと楽しそうに過ごしていた。二人ともあまり感情が表情に出るタイプではないのだが、素直で明るい二人は(ペトラ目線)まるできょうだいのように仲睦まじく過ごしていた。喧嘩をしたところは、まだ見たことはなかった。



「………………。」

「大丈夫よ、喧嘩なんてよくあることでしょう?喧嘩するほど仲が良いってことよ。」

「……喧嘩すると、仲がいいのですか?」

「そりゃあ、どうでもいい人と喧嘩はできないでしょう?」

「…そうなん、ですね。」



 そう言って宗治郎はテーブルの傷を眺めはじめた。



(あら…………。)



 分かりにくいけど、ショックを受けているのかしら、とペトラはつぶらな瞳を瞬かせた。



(まあ、そのうち、仲直りするでしょう。)



 そう思ってペトラは、そ、とクッキーを少年の前に差し出した。この年頃の子どもは喧嘩をするなんて日常茶飯事。ペトラの子どもたちも、毎日喧嘩ばかりをしていた。しかし、ペトラは知らないが、宗治郎にとって雪凪は初めての友人。つまり、喧嘩したのも人生で初めてなのである。



「………。」




 がんばれ。












「いらっしゃ〜い♪」


 そう言ってにっこり笑うのは委員長だ。の一室。紺色のカーテンで仕切られたひと区画が、彼女の城となっていた。


「……本当に申請したんですね、そしてその申請通ったんですね…………。」


 むしろ、何故通ってしまったんだ、と雪凪は空を仰ぎたい気分だった。先日の一件で留学生会が解散してしまったので、モブの会の活動も危ぶまれた。オフ会の機会が失われてしまったからである。いや、オフ会ではないが。


 しかしそこで止まるはずもない女が木本芳乃である。なんと信じられないことに、本当に信じられないことに学園に「部活動」申請を出したのである。オタクの行動力とは、時に目を見張るものがあるが、分別をつけて欲しい……と古めかしいタイプのオタクである雪凪は思った。   


 「文芸部」という、ありきたりながらも東の国のある一定数の人間は「あっ、なるほど…」としたり顔で頷く我らの隠れ蓑。それが、世界最高峰の魔術学園に、爆誕。伝統と威厳に満ち溢れた学園の歴史上初にして唯一の汚点となるだろう…………と、雪凪は涙した。



「んふふ♪はい、これ♡」

「…………え、イヤ…………。」



 さりげなく逃げようとした雪凪の手に、ぎゅうううううと押し付けられた薄い冊子。



「これは……。」

「新刊♡内容は……」

「アッー!私、ちょおっと用事があって!ではこれで失礼します!!」

「ちょっとーー!!!」



 呼び出された瞬間から、ちょっと嫌な予感はしていた。だって、「モブ会」の会報誌でさえ、なかなかにぎりぎりだったのに、「部活動」になれば…………ゴクリ。いや、でも、流石にナマモノを誌面には……と思ったのだが、先程ちらりと見えてしまった。×の文字と、ぼかしてはいるが、…………はい、アウトーーーーー!!!と雪凪は滝涙を流した。吐血する勢いである。ちょっと前まで自分もポエム(笑)を寄稿していた事実も思い出して余計に胸が痛い。これぞ黒歴史。









「はあ…………あ、あれ?」



 がむしゃらに早歩きをしたので、ふと見回すと見覚えのないエリアだった。部活棟の中はそれなりに広いので、雪凪は少しだけ焦る。ちなみにだが、雪凪はどこにも所属していない。そんな余裕、ど平均の能力を最大限フル活用してなんとか生きてる雪凪には、ない。なので日々妄想にうつつを抜かしている様に見えて委員長はアレでも雪凪より成績がいいのだ。残酷な現実である。



「…………委員長には、悪いとは思っているのですが……。」



 先程の委員長の表情を思い出す。少し悲しそうな顔をしていた。彼女にそんな顔をさせたいわけでは勿論ない。しかし、雪凪にも譲れないものはある。雪凪は今まで「地雷」カテゴリがなかったので、うっかり地雷を踏み抜き悶絶している友人を見て、哀れにこそ思いながら、深刻には捉えてなかった。しかし、今、ものすごく気持ちが分かる。無理だ。無理なものは無理なんだ!!だって本人の顔がチラつく。罪悪感が半端ない。良心が召される。(白目)




「クックック……お嬢さん……悩んでいるね?」  


 誰もいないと思っていた廊下に、怪しげな格好をした怪しげな人物が座っていた。紫色のテーブルクロスの上には、丸い水晶が置いてある。由緒正しき占い師スタイルである。




「………………ふう。」 


 やれやれ、ストレスで幻覚が見えるようだ。雪凪は踵を返した。



「おい、ちょっとマテ!見えないふりするのヤメロ!今目があっただろうが!」

「うるさい幻覚ですね。これは早めに受診した方がいいかもしれません。」

「俺を精神疾患扱いするな!」



 がし、と腕を掴まれる。紫色のフードを被った人物(口元しか見えない)に言い寄られるなど普通にホラー映像である。



「や、やめてください!」

「フハハハハハハ!この廊下を通ったが最後、貴様は俺様に占われる運命にあるのだ!!」



 ずりずり、と引きずられるように向かい合わせに座られられる。残念過ぎてその事実を信じたくはないが、上級生である。雪凪より頭ひとつ分以上身長が高く、それなりにがっしりとした体格である上にダミ声だ。ここが東の国の街中なら通報されてもおかしくない。


「で?何をお悩みかな?Fräulein?」

「……………。」


 結局無理矢理座らされた雪凪に、水晶に手をかざしながら男子生徒は問いかける。


「そうですね、いきなり腕を掴んで占いの押し売りをしてきた人物の服装が最高にダサくて無駄に西語つかってるあたりが天元突破に痛々しい場合のコミュニケーションってどうとったら良いか悩んでいるのですけと、何かいいアドバイスあります?」

「そこまで言うことなくない?ねえ、そこまで言わなくても良くない?」

「嫌ですね、別に先輩のこととは言ってません。被害者意識強い人ですね。」

「し、辛辣!!しかし、何か……新しい扉が……。」


 雪凪は、蔑んだ目で見下した。余談だが、仲の良い友達とは似てくるものである。


「ではさようなら。」

「ま、待て!せっかく初めてのお客なんだ!絶対に占ってやる!!」


 そう言って男子生徒は雪凪が持っていたトートバッグを掴んだ。


「は、離してください!」

「いやだね!!」

「は、はーなーしーてー!!」


 びりり!!

 嫌な音がして服屋のノベルティだったバッグが破れる。中身がテーブルの上と下にばら撒かれた。



「あああああ!もう!」



 雪凪はまず、下に落ちた小物類を拾う。ゼムクリップ入れの蓋が空いて散乱していた。一生懸命拾い集めて、というか手伝うくらいしませんか!?と怒りながら立ち上がった先で、雪凪は青ざめた。



「…………ふぅん?オマエ、こういうのが趣味なのか?」

「      」

「いや!いいっていいって!俺様、結構そういうの理解あっから!」



 男子生徒が熟読していた本。

 それは先程委員長に……………………



「ち、ちが!そ、それは!友達に!友達に押し付けられて!」

「アー、分かる分かる。俺もおんなじ。大丈夫、大丈夫だから。」

 


 ぽん、としみじみ肩を叩かれる。


「っていうか、これドージンシだろ?オマエ、東の国出身なのか!?」

「そ、そうなんですけど!そうじゃないんですってえええ!!」

「ふむ……東の国……ドージンシ……さてはオマエは!!」



 男子生徒はずい!と雪凪に顔を寄せる。



「東の国の孤高なる戦士……オタクだな!!!オマエ、俺様と友達になれ!!」

「………………はい?」



 絶句する雪凪の前で、男子生徒は紫色のフードを振り払った。現れたのは、銀髪、灰色の瞳に可もなく不可もない顔立ちの青年。が、ぶん殴りたくなるような笑みを浮かべている。



「ふははははは!いやー!俺、オタク友達欲しかったんだよ〜!俺の国ってまだまだサブカル発達してなくてさあ?みんなアニメ見るべきだよな!オマエもそう思うだろ?」

「え、あ、はあ……。」

「ナアナア、オマエ名前は?」

「ま、牧原雪凪と言います。」



 ぐいぐいこられると、押しに弱い国民性のステレオタイプである雪凪は馬鹿正直に答えてしまった。さっさと逃げれば良かった!とこの後彼女は後悔する。



「よろしくなー!俺、ユルゲン・フォン・バイエルン。三年生だ!」

「え、あ、はい、よろしく……おねがいしま」

「あ!!!!!」



 突然叫んだ青年に、雪凪はびく、と肩を揺らした。



「ふははは!同志であるオマエには、俺様のの姿を…………見せてやろう…………。」



 いや、いいです。変人奇人は間に合ってるんで!!と叫びたかったが、勿論間に合わなかった。



「ユルゲン・フォン・バイエルンとは世を偲ぶ仮の姿……ある時は劣等生、またある時は金持ちのどら息子……その真の姿とは!!」



 青年は高笑いと共に右手を翼の様に広げ、左手を顔の前にかざし、ポーズを決めた。お分かりであろう。末期患者である。



「学園を裏から支配する!学内新聞『今週の一言』担当!PNペンネームフェリシアーノ・マルティネス・ロドリゲス!!ロドリゲス先輩と呼ぶといい!!」



 



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