【一年生】女王の学徒

第3話 そのいち






「周宗治郎!貴様に決闘を申し込む!!」




 時刻は昼時。

 場所は学生食堂。人が多い時間を狙ったのだろう。上級生が下級生の宗治郎に「決闘」を挑んでいる時点でちょっとカッコ悪いのだが、本人は気にしていないようだ。



「はあ?なんだこいつ。」

「よりによってアマネ??……身の程知らずというか何というか……馬鹿ぁ?」



 女王の学徒クイーンズ・スカラー専用の席に座っていた少年たちが次々と見下した発言を送る。




 そもそも、この「決闘」という制度。あるにはあるのだが、形骸化しており、挑んでくる奴は余程自分に自信があるかつ、馬鹿である。「決闘」で女王の学徒クイーンズ・スカラーが交代したことなど、過去に数例あるのみでここ数百年は一度もない。ようは、誰もそんなこと求めていないのである。



「はい。いつがよろしいですか?」 



 にこり、と品よく笑って宗治郎は了承した。



「ええ〜アマネ、時間の無駄だよお。」

「決闘を断ることは出来ないよ。お前も知っているだろう?」

「じゃー決闘なんて出来ない身体にしちゃえばあ?オレ、代わりにやってやろうか?」

「こら、先輩に向かって何という態度なんだ。……すみません、先輩。躾がなってなくって。」



 宗治郎は済まなそうに目を細めた。下から見上げながらも、眉の角度といい、口元の歪み方といい、完全に馬鹿にしている者のそれだった。



「くっ…………!!そうやって馬鹿にしていられるのも今のうちだからな!!日時はそこに書いておいた!首洗って待ってろ!!」



 そう言って机にメモを叩きつけると、青年は足早にその場を後にした。



「……喧嘩売る相手の力量もわかんねーやつが勝てるかよ。ケッ。」

「しかし、弱者は時に思いもよらぬ卑劣な手段に出る……しばらく用心した方がよいのではないか?」

「ええ〜あんな奴にアマネがどうこうされないって〜。ね?アマネ?」

「ふふ、物事に必然はないからね。気をつけるよ。」

「えーー!オレよりこのクソインキャの言うこと聞くのー?!」

「クソインキャとは何だクソインキャとは!!」

「おめーらうるせー!」

「全く……静かにしないか。」





 そんな、はあ……とため息を吐く宗治郎――――――をかなり離れた席から眺めている二人の少女がいた。



「この望遠の魔法、早めに習得して良かったわね!ウォッチングが捗るわぁ。」



 ウキウキした様子で視線は離さず、手元のノートに何事か書き連ねているのは、委員長こと木本芳乃である。



「聞き耳の魔法もですよね。うーん、雑音を消すのがちょっとまだ難しいですが……。」

 


 そう言ってこめかみを押さえるのは牧原雪凪。この物語の主人公である。一応。



女王の学徒クイーンズ・スカラーってどうしてこんなにイケメン揃いなのかしら……?ねえ、乙女ゲームだとしたら、誰から攻略したい?」

「え?うーーん…。」



 雪凪は「望遠の魔法」を掛けた両目で、件の人物たちを盗み見る。



 まず、「ねえ、アマネ〜次の授業のペア、オレと組んでよー。」と気の抜けた声で机に臥しながら宗治郎を見上げている金髪の少年が、アレクサンドル・ルカヴィツィン。愛称はサーシャ。薄紫色の瞳が美しい、天使の様な美貌の少年だ。しかし、冬の国出身なので、今後はにょきにょにと背を伸ばしていくことが予想される。今のうちに儚い系の美貌を楽しみ、のちのギャップ萌を味わいましょう。



 それに対して、「な、お前は昨日も組んだではないか!次は俺だ!」と憤っている、薄桃色の長髪、金色の瞳の少年が王龍ワン・ロンである。愛称はリュウ。四人の同学年の内では最も身長が高い。中性的な美しさのある少年だった。若干の不憫属性がチャームポイントです。



「ええ〜オレが先に約束したの!リュウは前もそう言って駄々こねてたよねぇ〜シツコイ男は嫌われるよ?」

「っっっ!!!ならお前がノアと組んでみろ!」

「やだよ。ノアって暴走するじゃん。めんどくさい。」

「はあ?俺がいつ暴走したって?」

「いつでも暴走機関車でしょお〜?」



 「あ?」と人でも殺しそうな形相で睨め付ける、黒髪の巻毛、褐色の肌、エキゾチックな顔立ちの少年がノア・レナードだ。一人だけ制服を着崩し、椅子に足を乗せてガンをつけている様からは想像出来ないが、この中で一番の魔術の名家出身だ。見て分かる通り俺様系なので、ぐいぐい行かれたいお嬢様におすすめである。

 



「はあ……サーシャくんも捨てがたいけど……私はやっぱり……ノア様かしら……ハアハア。」



 オタクとは真顔でハアハア出来る残念な生き物である。



「ね、雪凪は?雪凪は誰推し??」

「私は勿論周君ですよ。ガチ勢なので。」 

「一途ねえ〜!じゃあその次は??その次は誰!?」



 委員長の目が爛々と輝いている。



「うう〜ん………………………………………………………。」

「………………そんな悩む?」



 訝しげな委員長に、「皆さん魅力的なので」とかなんとか言って誤魔化す。「そうよね!そうよね!」と再び興奮してきた委員長とその後もウォッチングを楽しんだ。



(…………深く追求されなくて良かったです……。)



 選べなかったのには勿論理由がある。でも流石に委員長の前では言えない。だってこの学園のほとんどが真実を知らないのに、何でお前がそんなこと知ってるのかって話だし、名誉毀損で訴えられるだろう。女王の学徒クイーンズ・スカラーの一年生三人が―――――――外面の良い(?)大大大問題児であることを。















「もう、あいつら、本当に嫌だ……。」

「お疲れ様です…………。」



 項垂れる宗治郎に、雪凪は素朴な木のカップを差し出す。



「ありがとう…………。」



 とは言うものの、口をつけずに机に突っ伏す姿を見て、大分お疲れだなあ、と雪凪は涙が滲みそうになった。あまりにも不憫で。



「おや、ソウジローは眠いのかい?」

「うーん、ちょっと疲れが溜まってるんですよ。」

「ソウカソウカ、女王の学徒クイーンズ・スカラーも大変なんだねえ。」



 そう言ってリラックス効果のあるアロマ――(癒しの聖水の香り付きのようなものだ)を、ドワーフの女性、ペトラが焚き始めた。ペトラとその夫、クラウスは学園に雇われている庭師兼用務員だ。余談だが、雪凪が筋トレに明け暮れていた時、「そんな鍛え方じゃ膝と腰をやっちまうぞ!!」と怒号を浴びせてきたことでクラウスと師弟関係を結び、こうやって自宅に入り浸っているという経緯だ。


 学園の庭の隅にある二人の住居は、生花やドライフラワーに囲まれていて、「女の子の夢」が詰まっていると雪凪は思う。確実にペトラの趣味であり、堅物ドワーフのクラウスがそれを良しとしているところがなんとも微笑ましい、とは本人には言わない。


 雪凪と宗治郎が友人となって、問題となったのがどこで会うかである。学園では目立ち過ぎて(宗治郎が)まず無理だ。なら部屋?いやいや、雪凪は五人部屋だし、特権階級女王の学徒のカレッジに行くなんてもっと無理だ。というわけで、部外者立ち入り禁止の職員の家がうってつけの密会場所となった。子どもたちが巣立って寂しかったの、とペトラは快く迎えてくれたし、クラウスもなんだかんだで嫌がっていない。一件落着である。



「今日は何があったんですか?」

「六限の歴史学で、ノアが先生のカツラ浮かして取ってやろうって言い出して……。」



 うわあ、と雪凪は残念な気持ちになる。アンニュイ系イケメンなのに、やることが幼稚すぎる。



「それにサーシャも悪ノリし始めるし。リュウは聞こえないふりするし。」



 上体を起こした宗治郎は、ふ、と窓の外を見る。美しい雪景色が広がっている。物憂げな表情が背景に映えているが、悩んでいる内容が非常に残念だ。



「結局止め切れず、先生のカツラは犠牲になったのだが……。」



 なったんかい。



「問題なのはこの後で……サーシャが前に座っていた男子生徒に罪をなすりつけたんだ。」



 ……悪魔の所業かよ。女王の学徒クイーンズ・スカラーに言われたら、嘘でもはい、と言うしかなくなる。その場面を想像して、雪凪はぞっとした。



「男子生徒はやってもいない罪を認めて反省文を書かされることになった。授業後、ノアは爆笑するし、サーシャは何の悪気も無さそうだし、リュウは全く興味ないし…………。」

 

 

 そうだよなあ、やってなくても、やりましたって言うしかないよなあ。女王の学徒に逆らったら学園で人権がない。名も知らぬ男子生徒に同情して雪凪は胸が痛い。



「流石に怒ったのだが、三人とも、悪かったよ……許してくれよアマネ、とか言って……。謝るべき相手は僕ではなく、ニノ君だ。しかし三人とも、僕が機嫌を害したって勘違いをしている。だが、心にもない謝罪をされてもニノ君も腹が立つと思うし……。ああ〜!毎日こんなことばかりだ!僕はあいつらの保護者じゃない!!」

「……………………。」



 雪凪は思った。

 ああ、これは宗治郎の視点であり、ノア以下三人と、もしモブが存在していたら、また違うことを言うのだろうな、と。


 宗治郎が怒る。な宗治郎が、怒る。


 本人曰く「優しく」微笑んだ表情を見て、勝手に勘違いし下僕が量産されるのだ。


 本人が言う、「怒る」………………恐ろし過ぎて想像が出来ない。地獄絵図であろう。多分、三人もちょっとは反省したはずである。本人分かっていないが。




(……考えるの、やめましょう。)



 雪凪は思考を放棄した。面倒くさくなったとも言える。



「ま、宗治郎君が怒ったなら、しばらく三人も大人しくしてますって。お疲れ様でした。というわけで立ち直って楽しいこと考えましょう?」

「……雪凪って雑なのに、意外と雪凪の言う通りになるの何故なんだろうね。」



 む、と眉間に皺を寄せて考え込む姿は側から見たら戦慄モノだろう。しかし雪凪はだいぶ慣れたので、生暖かい視線で見守る。宗治郎は相手に自分がどういう印象を与えるか、まだ掴み切れていないのだ。いっそ哀れである。



「……悩んでいるの馬鹿らしくなってきた。」

「そうそう!そのいきです!」



 わざとテンションを上げた雪凪を見て、宗治郎が、ふ、と笑う。貼り付けたような薄い笑みではなく、本当に心の奥からこぼれ落ちてきたようなその笑顔が、雪凪は好きだなあ、と思うのだった。



「筋は違うが……僕が代わりに謝りに行こうかともおもったんだけど。」

「やめてください。彼の心が死んでしまいます。」



 やっぱり、傲慢な考えだよね…………とため息を吐く宗治郎には悪いが勿論違う。物語の登場人物が軽率にモブと絡まないであげて欲しい。今彼に出来るのは、ほとぼりが冷めるまで、いや、冷めたとしてもフラッシュバックしないように授業では彼の背後を取らないことだけだと雪凪は思った。



「ま……どうしてもって言うなら、彼がもし、何かでものすごく助けを必要としていたら、手助けをしてあげる、ぐらいじゃないですか?」

「…………そういうものか?」

「そういうものですって。」



 なら、そうしてみるよ、と言った宗治郎に雪凪はにっこりと頷いた。雪凪は忘れていた。宗治郎の頭の中がハイスペック通り越してチートであることを。雪凪が忘れても宗治郎は絶対に忘れない。この会話が、雪凪がもう綺麗さっぱり忘れた頃に起きる事件の立派なフラグとなることを…………。










「ね、雪凪ぁ。最近ちょっと付き合い悪くない?」

「え、そ、そうですか?」



 じとお、と睨みつけてくる委員長に自覚のある雪凪はたじろいだ。



「会報にも全然寄稿してくれないし!」 



 ……雪凪にとって、宗治郎はもう物語の登場人物ではない。血の通った一人の人間であり、大切な友人だった。最近はかっこいいなあ、より可愛いなあ、と思うことが多くなっているくらいだ。顔がめちゃくちゃ好みなのは変わりないが、それで妄想できるかって言うと…………という状態である。あと、出来るなら会報誌のバックナンバーから雪凪が書いたポエム(笑)を黒塗りして削除して欲しかった。万が一、本人の目に触れたら爆散する自信がある。



「そ、そんなことより、今日が周君の決闘の日って知ってましたか?」



 ちょっと苦し紛れに話題を転換させる。



「へえ?雪凪も知ってたの?二軍の半分から上ぐらいからしか知らないトップシークレットなのに?」



 完全に墓穴を掘った。本人から聞きましたとか言えない。



「二軍の皆さんが話しているのを小耳にしまして……。というか、委員長は?」

「うふ、わたしはがあるのよ!」



 えへん、と無い胸をはる委員長におざなりな拍手を送る。 



(ふ……実は最大のツテが目の前にいることを知ったら委員長どう思うでしょうか……?)



 だなんて考えてみたが、ちょっと嫌な妄想だったので早々に打ち消した。自分は宗治郎を自分の価値を高めるためのにしたいわけではない。委員長にも宗治郎にも失礼だと思った。



(……いつか、委員長にも紹介して……二人も友達に……なれるでしょうか?)



 友達の友達がみんな友達、とは、都合よくならないだろうが。二人とも大切な友人なので、仲良くなってくれたら嬉しい。



(……まあ、今のままじゃ、難しいですね。)



 受け入れる素地が整っていない。それが整うかどうかは、今後の雪凪の手腕にかかっている。雪凪は、宗治郎と委員長と一緒に実家で遊んでいる風景を想像してみる。きっと、とても楽しい。だから、より良い未来に向かって、雪凪は努力をしようと、そう、思った。



「で、見に行く?見に行く?見に行くよね??」

「ふふ、勿論!」

「は〜……決闘……なんて燃える響き……。ここは、夢女子ポジで妄想するか、腐女子ポジで妄想するか……いや両方か??」

「あは、あははは。」



 雪凪は思った。



(うん。友達が友達で妄想してるってなかなか……キツイです……これは……早めにカミングアウトしたい…………。)



「ちょっと雪凪ー!聞いてるのぉ?もー!最近全然乗ってきてくれなくなったわよねえ?」

「いやぁ、そんなことは…………」

「ふーーーーーん?」



 委員長の妄想にたじたじになりながらも、雪凪はちょっと浮かれていた。なんだかんだいいつつ、「決闘」という響きにわくわくしているのだ。だって多分、いや確実に宗治郎がかっこいいやつだ。負ける心配など、微塵もしていない。いや、学園の誰もしていないだろう。



「早く夜になんないかなあ?」 

「ふふ、まだお昼ですよ?気が早いですって。」











 佐野圭介は、静かに立ち上がった。



「皆、準備は良いだろうか。」



 その場にいる全員が、静かに頷く。



「ついに、この日が来た。身の程知らずの不届き者に、周君が鉄槌を下す日だ。」



 佐野の周りにいる少年少女たちは、その目に確かな炎を宿し、彼を見つめる。佐野はそれを見渡し、力強く頷く。



「皆、我らの意志は一つだ。」



 ばっと佐野は力強く右手を上に突き上げる。少年少女たちもそれに続く。



「我らが王に!」



 誇りを胸に、彼らは進む――――――雪凪がいたら、ああ、結構……深いですね……分かります、と呟いていただろう末期加減だった。



 しかしここには雪凪はいないので。

 というより、いたとしても言わないだろうので。

 佐野をはじめとする彼らの症状は年々深刻となっていくのだが、被害を受けるのは宗治郎だけなので、まあ…………大丈夫なのであった。



 二時間前に会場入りした彼らは、清掃から始めた。その後さりげなく薔薇を飾りつけたりなんだりと、こまこましく働いた。特に頼まれていないし喜ばれもしないし、多分気付かれもしないのに、一体何が彼らを突き動かすのだろうか……。そうして、三十分前にはきちんと整列して最前列を陣取った。ここに至るまで、私語はひとつもない。恐ろしいまでの規律。一軍と二軍の半分、それはもはや親衛隊と言って過言ではない。



 そうして、二軍のもう半分と三軍が十五分前ぐらいからぽやぽやとした顔で「わあ、楽しみだね〜」「ね〜」みたいな会話をしながら扉を開いたところ、あまりの温度差に風邪をひきそうになった。心の弱いものはその場面でUターンした。なんとか踏みとどまった者も、すごすごと隅っこの方へ自ら移動していった。



 ――――異様な静けさが場を支配する。謎の緊張感。誰もこんな展開のぞんではいない。







(……というか、完全に相手方、アウェーですけど……大丈夫なんでしょうか。)



 雪凪は一番目立たない柱の後ろにポジションを取りつつ、あたりを伺っていた。どこから漏れたのか知らないが、見学者がかなり多い。何回も扉が開いては、あまりの寒さに風邪をひく犠牲者が増えていく。それでも部屋に入ってくるのは、興味が恐怖に勝るからなのだろう。



 そして、開始十分前。

 バン、と扉が勢いよく開き、学園の頂点、女王の学徒クイーンズ・スカラーの証たる黒のガウンを颯爽とはためかせながら、宗治郎が現れた。多くの見物人がいるにも関わらず、一瞥すらせずに壇上に上がっていく。


 薄青い光に照らされた横顔にはいっさい感情がのっていないのに、眼光だけは鋭い光を宿している。そして自陣に構えると、両腕を胸の前で組み、静かに前を見据えた。



 人々はそれを見て、震え上がった。 



 ――魔王だ。

 ――――魔王による、鉄槌が下される……。

 ――――――自らの力を見誤り、偽物の正義を振りかざす愚かなる勇者に、審判の時が現れたのだ…………!!



 最後の奴は、早めに受診した方がよい。









「ふああああああやばああすでに供給過多ddatswm」



 バグりながらも手元の手帳にがりがりと何やら書き殴っている委員長の隣で、雪凪は宗治郎の心境を察し、なんともしょっぱいような、切ないような気分になった。



 宗治郎は基本的に育ちの良いお坊ちゃんなので、扉を乱暴に開けたりはしない。



(……緊張、してたんですね……。)



 開けた瞬間、予想より多くの人が居て、テンパったのだろう。誰とも目があわないように目線を上にした。



(……いても数人と思っていたのかも知れません。先に伝えてあげれば良かった。)



 ――――人が腕を組むとき。その心理は自分を大きく見せたいとき、逆に言えば不安なときだともいう。



(………………ドキドキしてるんですね…………。)




 本人こんなにビビってるのに、全部正反対に伝わるってなんなんでしょう、と雪凪はハンカチを取り出し滲んだ涙を拭う。



「やだー。雪凪ったら泣いてんの?早くない??」



 先程の御乱心を棚に上げて、委員長が揶揄ってくる。



「そうですね……もう、感極まってしまって……。」

「創作意欲刺激される?ねえ、創作意欲刺激される??」



 宗治郎君関連は絶筆です。そう委員長に伝えよう、と雪凪は思った。





 とまあ、なんだかんだで宗治郎以外は楽しみにしていた「決闘」だったのだが。結論から言えば、この日は肩透かしで終わってしまった。…………何ということはない。相手が会場に現れなかったのである。



 宗治郎を待たせるだけ待たせ、現れなかった相手に佐野たちは大いにご立腹であったが、おそらく宗治郎はめちゃくちゃホッとしていたことであろう。この場合の「ホッと」というのは勝負に負けてしまうかも、というものではなく、「先輩の面子を傷つけることなく、しかし今後このようなことを言いだす者が現れないように、多方面に釘を刺しながら勝つ」ための模索をしなくて良くなったことに対する「ホッと」である。そんな心配をする必要は勿論どこにもない。



 しかし……この出来事は、のちのち学園の注目を一身に集める事件の、ただの前章に過ぎないのだった――――。










余談



 相手が三十分経っても来ず、規定により不戦勝となったとき、宗治郎は安心して少し笑みが溢れた。組んでいた腕を解き、壇上から降りるときに浮かべたその薄い笑みは「魔王の黒笑」として翌日学園中の噂となり、宗治郎は雪凪になぐさめられることになる。


 




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