第2話 周宗治郎





「ふんふん〜♪」



 雪凪はご機嫌だった。無表情で鼻歌を歌うくらいには。本日の魔法薬学の授業で先生から褒められたのだ。課題の「癒しの聖水」が上手に作ることが出来た。身に纏うと、リラックス効果がある魔法薬である。あとでハンドクリームに加工してみようか、と小瓶に入った液体を雪凪は眺めた。薄い水色をしている。不思議なもので、作った薬は、製作者の魔力が乗るのだ。雪凪の魔力は、薄い水色をしている、ということだろう。



(髪と目と同じなんですね。流石私。主張が薄い。)



 自画自賛なんだかよく分からないことを考えつつ、雪凪は廊下を歩く。先程も言ったが、雪凪は気分が良かった。試験には合格するし、新しい友人が沢山できたし、オタ活にも精を出すことができ、授業では初めて褒められた。良いことばかりが続いている。だから、ちょっと調子に乗ってスキップなんかもしていた。






 その頃……雪凪が浮かれて歩いている廊下と交差する先で、二人の最上級生が連れ立って歩いていた。



「へえ?誰かに使うあてでもあるのか?」

「いや?そんなことしたらいかに監督生といえど、罰は免れないよ。ただの知的好奇心さ。」

「ふーん、なら俺にくれよ。」

「嫌だよ。君は絶対使うだろう?」

「そりゃそうさ……そうだなあ?あの、いつも澄ました顔した一年坊主にでも……。」

「おいおい、冗談だけにしておけよ?人望熱き生徒会長?」



 肩までの紫色の髪の青年と、赤髪の青年である。二人は最上級生の六年生。生徒会長と生徒会役員兼監督生という組み合わせだった。学園は秩序と規律を重んじ、未来の指導者を育成すること創立の理念としている。それは生徒たちの服装にも表れており、「責任ある立場」の生徒は一目で見て分かる装いをしていた。



 一つ目は「監督生」である。最高学年で成績が優秀な人物のなかから選ばれ、規則を守らない生徒に対して、上級生として罰則を与える役割を与えられている。彼らは金ボタンのついたグレーのベスト、グレーのスラックスを着用しているのが特徴で、一目で監督生だと分かるようになっている。


 二つ目は「生徒会役員」だ。生徒による投票で決まり、人望が厚い者が集まる。彼らは赤いチェック柄のベスト、グレーのスラックス、とこれまた一目で生徒会役員と分かる装いだ。



 これだけではなくさらにその上、最高に位置する称号が。その名も「女王の学徒クイーンズスカラー」である。黒いガウンを着用し、さっそうと歩く姿はまさに王者の風格がある。定員が十三と決まっており、卒業で欠員が出た分を埋めるか、「決闘」で相手を追い落とすか……というなかなかシビアな世界だ。学園内の「カレッジ」と呼ばれる中心部分に住む事が出来るようになり、手紙を書く際にも氏名の末尾に「Queen's Scholars」の略称である「QS」を使用することが出来るようになるという、学園における特権階級だった。



 話がずれてしまった。 

 そんな二人のうち、監督生の方は魔法薬学に秀でており、魔力の色は、だった……。これが、大惨事を引き起こしてしまうことを、この時は誰も予想だにしていない。



 雪凪が小さくスキップをしながら十字路に差し掛かるのと、二人の上級生が歩いてきたのは、ほぼ同時だった。



「わあ!」

「うおっ!」

「なっ……。」



 体格差もあり、雪凪は大理石の床にごろごろと転がった。その時、小瓶も共に転がっていく。上級生二人は、雪凪に注目していて、その様子を見ていなかった。



「君!大丈夫?」



 すぐに手を伸ばしたのは、赤髪の青年だった。



「わ、す、すみません…………あああああ。」



 顔を上げ、ぶつかったのが誰かを把握した瞬間、雪凪は凍りついた。



(せ、生徒会長!?それに監督生!?お、終わった……。)



 生徒会長は、温厚でムードメーカー。何者にも寛容な性格だ、とどこかで聞いたので見逃してくれるかもしれないが……監督生がいる。雪凪は先程までの楽しい気分が急激に下がっていくのを感じた。オワタ、である。



「君、廊下歩行のマナーがなっていないな。名前は?」

「い、一年、牧原雪凪です。」

「お、おい、それくらい許してやれよ……。」

「僕は自らの役割を全うするだけだ。牧原、反省文を今日中に生徒会役員室まで届けること。以上だ。」

「は、はい……申し訳ありませんでした……。」



 雪凪は深々と礼をした。人は動揺すると自分の国の文化が出てしまう。


 

「わ、それ、ドゲザ??……あー、セツナちゃん、不運だったねぇ、こいつ頭かたくってぇ。ごめんね?」

「い、いえ、私が悪いので……お二人にお怪我がなくてよかったです……反省文、しっかり書いて届けます……。」



 もう、恥ずかしくて居た堪れない。早くこの場が過ぎないか、とそれだけを雪凪は考えていた。



「いくぞ。僕たちは次、授業だ。」

「おいおい〜そんなんだから女の子に嫌われるんだぞ……あ、やべやべ。」



 赤髪の青年は雪凪の横に落ちていた小瓶を拾った。雪凪はずっと頭を下げて自分の膝小僧を見つめていたので、その事に気づかない。



「…………はあ。やってしまいました。」



 二人の気配がかなり遠くになってから、雪凪はようやく顔を上げた。



「あ、授業始まっちゃいます!」



 雪凪は慌てて床に落ちた荷物を拾った。



「あ、あれ?魔法薬が……どこでしょう?」



 せっかく褒めて貰ったのに!と床に這いつくばって探すと、花瓶が置かれている台の下に転がっているのを見つけた。



「よ、良かった……。さ、急がないと!」



 慌てず、走らず、けれど急いで。

 雪凪は小瓶をポケットに突っ込んだ。



(はあ、いいことばかりは続かないってことですね……。)



 人生はいいこと半分。嫌なこと半分。

 父親が酔っ払って良く叫んでいた言葉だった。今の雪凪にできることは、授業に遅れず出席して、反省文を役員室が閉まる前に提出することだけだ。



(……間に合うかなぁ。)



 今日は六限までぎっしり授業が入っている。内職など出来る余裕は雪凪にはないので、授業後に書くとなるとかなりぎりぎりだ。でも、やるしかない。雪凪は気合いを入れて歩きはじめた。







「くっ……まずいです。非常にまずい!もう完全下校時刻になってます!ま、まだ……役員室は空いてますかね!?」



 どんなに焦っていても、早歩き。十字路は止まる。階段で飛び出さない。雪凪は昼間の出来事を教訓にしてものすごく頑張った。



「よ、よかった……!明かり、ついてます!」



 生徒会役員室などもちろん初めてだ。雪凪は扉の前で深呼吸をした。五回。ようやく息が整い、ノックをすること四回。どうぞ、という返事が返ってくる。



「失礼します………え。」

「ああ……こんばんは。牧原さん。」



 夕陽を背負って立っていたのは宗治郎だった。いつものように薄く笑みを浮かべながら何かしらの資料を束ねていた。



「あ、あれ?周君、何でここに?」



 聞いといて何だが、そういえば最近生徒会の手伝いをするようになった、と会報で見たな……と思い出す。二年生での役員入りを確実視されての引き継ぎを兼ねているのではとかなんとか……。



「最近、雑用係に任命されてね。牧原さんは?何か用なら伝えておくよ。」



 そこで自分の失態を思い出す。浮かれて廊下をスキップして監督生にぶつかり、反省文を書かされたことを。



(し、死ぬ…………心が死んでしまいます……。)



「ええと……その……は、反省文を提出しに…………。」



 顔が赤くなるのを自覚する。耳まで赤いと思う。消え去りたい……と雪凪は封筒を握りしめた。



「そう。じゃあ受け取るよ。」



 宗治郎はそう言うと、こちらに近寄ってきた。あんまりにも普通に言われたので、恥ずかしがった自分が今度は恥ずかしい。あんまりにも居た堪れなくて、ついつい余計なことを口走ってしまう。



「あ、あの……私の名前、知ってるんですね……。」



 いや、何余計なこと言ってるのかなこの口はあばばばば忘れてほしい、存在ごと忘れてぇぇぇ、と無表情でパニックに陥る雪凪に、宗治郎はまた、微笑みを向ける。



「同学年の子の名前と顔は全て知ってるよ。」

「  」



 びっくりしすぎて真顔になってしまった。ドウガクネンノコノナマエトカオハスベテ……人間か?千人超えてますけど……??宇宙で猫が鳴いている。



「でも、牧原さんは前に図書室で話したよね。忘れたかい?」



 さらにそう続けられ、宇宙で猫が泳ぎ始めた。



「お、おぼえてます!……その、周君がおぼえててくれているとは思ってなくって……。」



 忙しいだろうし、そんな些細なこともう覚えてないだろう……というのも本心だが、どちらかというと自分の心に対するだった。宗治郎がおぼえていなくても、傷つかないように。相手がおぼえてなくても当たり前、そうやって自分の心に言い訳をしようとしたのだ。だから、宗治郎が一瞬、本当に一瞬だけ……思わぬ表情をしたことに、雪凪は驚いた。あんまりにも驚いて、昨日の自分の妄想を引っ張りだしてきてしまったくらいだった。……宗治郎は、少しだけほんの少しだけ……何かを諦めたような顔をしたように、雪凪には見えた。




「グレード昇格したんだよね?おめでとう。」

「え、あ、はい。ありがとう、ございます。」



 すぐにいつもの薄く、貼り付けたような笑みに戻った宗治郎に雪凪は生返事をする。あれだけ聞きたかった「おめでとう」よりも、宗治郎の表情が引っかかった。



 ――もし、

 ――――もし、みんながわたしとおんなじなら

 ――――――それは、とても…………



 単に、巡り合わせとしか言いようのない出来事だった。全ての歯車がうまい具合に偶然重なっただけの。雪凪はこの時、周宗治郎というではなく、目の前の周宗治郎という人間を知りたいと思った。思いつきのようなものだった。しかし、だからこそ自然に言葉が紡げたとも言える。



「周君ってすごいですね。同い年なのに、いつも頑張ってて…………。あの、私、貴方にありがとうってずっと言いたくて。あの時、図書室で留学生会に誘ってくれたおかげで、とっても毎日が楽しいんです!すごくすごく、感謝してます。本当に、ありがとうございます。」



 緊張も赤面もせずに宗治郎を正面から見れたのはこれが初めてだと雪凪は思った。宗治郎は、ちょっと驚いた顔をしていた。猫の様な目が軽く見開かれ、まん丸に……口は少しだけ開いて、なんだかそれがとても可愛く思えた。目の前にいるのは、同い年の男の子だ。雪凪はそう思った。



「お礼を言われることじゃないよ……。」

「そうですか?でも、私は嬉しかったから。周君に会ってから、いい事沢山起きるんですよ!試験にも受かったし、友達も増えたし、それから今日は初めて魔法薬学で先生に褒められたんです!」

「……そう、なんだ。」



 突然沢山話しはじめた雪凪に驚いたのか、ぱちぱち、と瞬きを繰り返す姿に、ああやっぱり周君がいくら凄かろうと血の通った人間なんだなあ、と若干失礼なことを雪凪は考えた。



「癒し聖水って知って……ますよね、これです!」



 調子に乗ってポケットから小瓶をつかみ上げて……雪凪は推し黙った。



「……あれ?これ……私のじゃない……?」



 瓶の形が若干違うし、魔法薬を構成している魔力も違う。雪凪には詳しくは分からないが、癒し聖水なんて初級のものではなく、もっと高度な魔術が編み込まれているように思えた。



「……この魔力は……。」



 突如、宗治郎が距離を詰めてきて、雪凪は動揺した。何だが忘れていたが、雪凪は宗治郎の顔が俗な言い方をすればめちゃくちゃ好みだった。綺麗で気が強そうなのに童顔。初恋も身も蓋もない言い方をすれば顔だった。なので……。



「う、わあ!」



 思い切り後ろに飛び荒んだ反動で手に持った小瓶をすっ飛ばしてしまった。小瓶は放物線を描き……。



 がん



「あ、あわわわわわわわ!?!」



 宗治郎の後頭部に直撃した。その衝撃で中身が半分ほど宗治郎に降り掛かっている。



「      」



 気を失いたいくらいの衝撃だったが、なんとか持ち堪え、雪凪はハンカチを取り出す。



「ご、ごめ……ごめんなさいいいい。」



 手を伸ばした雪凪に、宗治郎は首を横に振った。雪凪は怒っているのだと思って、涙目になりそうだった。



「これ多分、自白剤の類いだから、触らない方がいいよ。」

「…………へ?」



 宗治郎はそう言うと、自前のハンカチを取り出し滴る水滴を吹き始めた。ハンカチの柄は紺だった。ブランドは――いやいや。



「……じはくざい……???」

「ああ。思ったことを全部口に出してしまうものだね。」



 宇宙で猫が飛んでいる……雪凪はそれを素早くキャッチし、胸に抱いた。



「え、わ、わたし、なんてことを……。」

「上級生の誰かが作ったのと、牧原さんが作ったのが混ざったんじゃないかな。身体に害はないし、気にしないで?」


 

 な、なんて優しい言葉を……!普通ブチ切れたっておかしくないのに!?と思ったところで気づいた。自白剤。思ったことを口にだしちゃう……ということは、今言った言葉は建前ではなく、本音ということだ。雪凪は感動した。魔王………?聖人の間違いじゃない??と。



「…………好きな食べものは?」



 ついでに魔が刺した。



「………………いちご。」



 いちご……いち、ご…………?いちご??あれ?公式ファンブックでは、だし巻き卵だったと思うんだけど……と相手の顔を見てみると、ほんのり顔が赤い。え、いや、まって、もしかして……。



(は、恥ずかしいんですか??いちごが好きなの……。)



 いや、まあ確かに。幼女が好きなイメージは、ある。



(これが、ギャップ萌……??)



 雪凪は、感動しながら質問を続ける。鬼畜である。



「じゃあ、嫌いな食べ物は?」

「……特にな………………パクチーが好きじゃない。」

「そうなんですか。じゃあ、好きな――――」



 ひと通り質問して、雪凪はファンブックの内容と何一つ合ってないことに笑った。



(まるっきりガセじゃないですか、一軍だの三軍だの言って、誰も本当のこと知らないってことですね。)



 嫌いなものは雷で、大きな音と首元がちくちくする服も苦手、ということも知った。動物が好きで、実家ではシベリアンハスキーを飼っていて、名前はだいすけ、と言うらしい。本当に普通の、ごく普通の男の子だった。



「あははは、周君って意外とふつ……」



 そう言って宗治郎を見やると、いつの間にか首まで真っ赤だった。もうよせ、許してやれ、やめてやれ……と言いたいところだが、残念ながらここは二人っきり。ついでに雪凪は……少しばかりSっ気があった。



「…………可愛い。」

「えっ。」



 宗治郎は瞳をまんまるに見開いていた。雪凪は変にぼんやりとする頭で、彼の驚いた顔ばかり見ているな、と考える。



「いや……周くんって、お人好しですよね。怒ってもいいのに怒らないし。律儀に答えてくれるし。なんで魔王なんて呼ばれてるんですか……?」



 ド直球である。本当に本当に不思議だったのでうっかり本人に聞いてしまった。



「…………魔王なんて、陰口言われてるのか……。」



 まさかの本人知らなかったパターンであった。



「え?いや、陰口では……ないと……おも、います。」



 いや、でも確かに。「魔王」はないですよね。どんな中二病?……あれ?でもお育ちがよい皆さんは「中二病」知らないのか??えっじゃあ知らずに罹るのか!?それなんて黒歴史…………。雪凪が勝手に身震いしていると、宗治郎がソファに座って項垂れ始めた。



(ええ…もしかして……ショック受けてます……??)



「あの……皆さん、悪い気持ちで言ってるわけじゃないですよ?その、周くんの……カリスマ性??みたいなものに惹かれているだけで……。」



 何故か一生懸命フォローしていた。それでもどんどんどんよりとしていく肩に、自白剤って……感情を隠せなくなるのか……と雪凪は慄いた。



「ええと……嫌ならご友人にそう伝えてみては?皆さんきっと分かってくれますって。」



 言ってから失言だと気づいた。友達が裏で陰口言ってるって告げ口してる最低な奴になっている。雪凪はあわてて取り繕おうとした。しかし。



「友人……?ああ、佐野たちのことか。いや、彼らは友人じゃないよ。……少なくても向こうはそう思っていない。僕に友人は、いない。」



 そこまで言って、ばっと顔を上げた宗治郎は、これ以上赤くなれたのか、と思うほど熟れた顔をしながら口を両手で押さえた。 



「友人が……いない?」

「……生まれてからこの方、友人がいたことはないよ。」

「周君がそう思ってるだけでは?友人っていつの間にかなっているものですよ??」

「…………聞いてみたことがある。けれどみんな、否定するんだ。友人なんて烏滸がましい、我々は家臣です。どうぞ手足だと思ってお使い下さいって……それ、聞いたときの俺の気持ち、分かる??何?家臣って。時代いつなの?お前らの主人になった記憶ないんだけど??馬鹿なの?俺、ただの十三歳の中学生なんだけど!」

「……わ、わあ。」



 突然何かが振り切れたように話し始めた宗治郎を見て、雪凪は瞬きを繰り返した。



「俺だって、友達作ろうと努力したんだ……でも、自分では優しく笑ったつもりなのに、相手は地面に這いつくばって震え始めるし。楽しそうにしている子たちがいたから、何してるのって声かけようとしたら、人並みが割れてモーセみたいになるし。だいたい、自分から僕たちは周君の下僕ですって言ってくるし…………何なの?俺が欲しいのは友達であって、下僕はいらないよ??人権大切にして?」

「お、おお……。」


 

 これは……なかなかに重症なのかも知れない……。



「えーいや、でも。仕方なくないですか?周君、留学生会のときもそうですけど、みんなの前で雰囲気ありすぎですもん。」

「…………人が多いと………………緊張して……顔が引き攣るんだ…………。」



 まさかのシャイボーイ。



「えーと、あれは?学期初めに突っかかってきた上級生をしめたっていう……。」

「…………いきなり、呼び出されて…………何かよく分からないこと言われて……殴られそうになって……気が動転してしまって…そうしたら、なんかこういう場面見たことあるなーって思い出して……ああ、昔見たアニメにこんな場面があったな、と………で、そのセリフを口走ってしまった。」

「それが、『弱い奴はすぐ群れる。』『物分かりの悪い駄犬は嫌いだよ。』ですか?」

「…………殺してくれ…………。」

「…………アニメ見るんですね…………。」

「……………………親に隠れてたまに見るのが好きだった…………。」



 我慢の限界だった。



「ぶっ……あっははははは!!ふくくくくく!!やめて!も、無理…………あっははははははは!!」

「………………人がこんなに悩んでいるのに、酷い。」



 拗ね方まで「普通」だった。



(私……何を見てたんでしょう。周君は、本人も言うように、ただの、同い年の男の子だったのに。)



「……よし。」

「?」



 真っ赤な顔のまま見上げてくる少年ににこり、と微笑みかけると、雪凪は小瓶に残っていた魔法薬を自分に振りかけた。



「え……。」



 突然の奇行に、若干腰が引いている。でも、こうしないとフェアじゃないと思ったのだ。



「あの……私、周君のこと、みんなが言っている通りの人なんだと思い込んでました。正直ナマモノ二次創作に走る友人を止めるどころか沼に蹴り落としていました。本当にごめんなさい。」

「な、ナマモノ??にじそうさく?」



 ……自白剤というのは確かなようだ。これは話題を気をつけないとやばいことまで口走りそうである。意味が分かっていないことが幸いだった。



「だから、周君の本心を知ったのは……私の努力じゃないことが申し訳ないのですが……その……。」

「?」



 きょとん、とした顔で見上げてくる顔は幼く見える。



「あの!わ、私と、友達になってくれませんか!!」



 緊張しすぎて声がひっくり返った。ずい、と手を伸ばす。多分、顔は赤い。首まで、赤い。



「え……。」

「だ、駄目ですか……?わ、私と友達になったら、結構楽しいと思いますよ?あ、あと、アニメとか漫画好きなんで!お、おすすめのものとか紹介出来ますし……あ、あと、同郷ですし、夏休みになったら家に遊びに来てもいいですし!田舎なんですけど、みんなのほほんとしていて、自分で言うのもなんですけど、いいところだなって……ああああ何を言ってるんでしょうか私は!!」



 引く。

 自分がほぼほぼ初対面の相手にこんなこと言われたらドン引きする。だいたい、魅力を二次元に頼りすぎである。いや、二次元が魅力的であることは間違いないのだが!?



「はははは、顔、真っ赤。」

「周君だって……。」

「はは……僕、結構面倒な性格してるみたいなんだけど、それでもいいのか?」

「大丈夫です。これから周君が謎のオーラを発していても、ああ、緊張して毛を逆立てている仔猫ちゃんなんだな……って思うことにしますから。」

「………………それは…ちょっと……。ええと、その……友達になってくれたら、嬉しい。」

「もちろん!」



 差し出した手を、周君がしっかりと握ってくれる。そのまま立ち上がった周君は、私より少しだけ身長が高い。でもきっと、どんどん差がついていくのだろう。



「友達になろうって言って友達になったの、幼稚園以来です。」

「僕は、友達自体、初めてだよ。」

「初めての友達、私で良かったのかなあ。」

「…………やっぱりやめた、とか言わないでね?」



 そう言って上目遣いに見上げてくる周君はやっぱり美少年で、私はやっぱりど平均だ。けれど。



「モブ……卒業ですね……。」

「もぶ?」

「何でもないです。ねえ、宗治郎くんって呼んでいいですか?私のことは雪凪って呼んでください。」

「……雪凪。」

「なんですか、宗治郎くん。」



 宗治郎は少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑った。薬の効果が切れたら、こんな無防備に笑っているところなど見れないだろうから、しっかりと心のメモリアルに納める。眼福。




 ――こうして、雪凪の生ぬるくも幸せなモブ生活は終焉を迎え……宗治郎を取り巻く人間模様の、最重要人物として学園で過ごしていくことになる。雪凪はスクールカーストトップの……女王の学徒クイーンズスカラーである宗治郎と友人関係を結ぶということの意味をよく分かっていなかった。しかし、分かっていても彼と友人になっていただろう。だから、物語は偶然で、けれどやはり必然なのである。






「ねえ、そう言えば聞きたいことがあるのだけど。」

「?何です?」



 あの後二人は、宗治郎の書類整理を手伝いながら、雑談をしていた。



「ナマモノ、二次創作って何?」



 あっ……と思った時は時すでにおそし。

 自白剤の効果は宗治郎曰くあと二時間。そんなわけで雪凪の口は意気揚々と語り始めた………………語り始めてしまった………………。

















「……へえ?」



 あ、絶対零度の瞳で睥睨されるってこれのことか……と雪凪は思った。

 



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