第44話 守護神レーヌと時の精霊ヴォルム 1/2

 やぁ。

 残念ながら、今日のあなたのお相手は、レーヌ嬢じゃなくて僕、ヒスイだよ。

 ん?残念ではない?

 それは嬉しいね。


 レーヌ嬢は今、ヴォルムが彼の空間に連れて行っているんだ。

 ねぇ、知ってた?

 時の精霊には、自分だけの時間が流れる場所があって、その場所は他のどの場所の時間にも影響されないんだってこと。

 って。

 突然言われても、理解が追い付かないかな?

 端的に言うと、こことは違う時間が流れる場所、ってこと。

 だから、今のレーヌ嬢には、この世界の出来事を見ることはできない。

 もちろん、逆も同じ。

 この世界からヴォルムの空間を見る事はできない。

 でもね。ほら。

 この鏡。

 ヴォルムから渡されたこの鏡からなら、ヴォルムの空間を見る事ができるんだ。

 覚えてる?

 僕たちの王国の本のこと。

 あの本には書かれていない、大切な事。

 故意に削除された事実、隠された真実を、ヴォルムに探って貰ってたんだけどね。

 今日はその、最終確認。ヴォルムが直接、レーヌ嬢に確認してくれるんだ。

 だから、あなたも一緒にどうかなと思って。


 どう?

 あなたは、知りたくはない?

 若き守護神レーヌへの罰が、どれだけ理不尽なものであるかということを。


 ※※※※※※※※※※


「一体なんなのですか、このような所へ私を連れ出すなど」


 珍しく不満そうな表情を浮かべながらも、レーヌはヴォルムの勧めるままに手近な椅子に腰を下ろす。


「私が成さねばならぬ事を知らないあなたではないでしょうに。ここからでは、私には両王国を見守る事ができないではないですか」


 レーヌの不満を受け止めながら、ヴォルムもレーヌの対面となる場所に腰を下ろす。


「今、あの両王国に何かが起こってしまったら、どうしてくれるのですか」

「何か起こったところで、今のそなたには何もできまい」

「それはっ・・・・」


 言葉に詰まるレーヌを優しさの滲む目で見つめ、ヴォルムは笑う。


「以前のそなたでも、同様かもしれぬがな」

「・・・・その性格、少しも変わっていないのですね、ヴォルム」


 ほんの一瞬眉を吊り上げたものの、直後に呆れたように笑うレーヌの目に滲んでいるのは、穏やかな光。


「ですが、変わった所もありますわね。あなたが、時の精霊ともあろうあなたが、人間であるヒスイ様と契約するなど。3大精霊は人間との契約などしないものと思っておりましたわ」

「確かに。光・闇・時の3大精霊と呼ばれる精霊は、ひとつの世界に一体ずつのみ存在する精霊。人間ならずとも誰とも契約はせぬ、主を持たぬ精霊」

「えっ・・・・ですが、あなたは以前、私と」

「黙って見ては居られぬほど、そなたはあまりに未熟な女神であったからな」


 静かな空間の中。

 ヴォルムに付いている様々な精霊たちがレーヌとヴォルムの座る場所にテーブルやらお茶やら茶菓子などをセッティングし、気づけばそこは即席のお茶会。

 目の前のテーブルに置かれた紅茶をゆったりとした動作で口へと運ぶヴォルムにならい、レーヌも黙ったまま、何故だかカラカラに乾いてしまった喉を紅茶で潤す。


「なかなかに面白い経験であったぞ。そなたとの契約は」

「・・・・それはなによりです」

「あのような契約終了を迎えるとは、想像もしていなかったが」

「・・・・申し訳ありません」

「そなたを責めている訳ではない」


 そう言うと、ヴォルムは顔から笑みを消し、真っすぐにレーヌを見る。


「全ては我の気まぐれが引き起こした事。謝罪すべきは、我の方」


 そして。


「すまぬ」


 言葉と共に立ち上がると、レーヌに向かって頭を下げた。

 思わぬ事態に、レーヌはしばし絶句していたが。


「やめてください、ヴォルムっ!何をなさっているのですかっ、頭を上げてくださいっ!」


 ハッと我に返ると慌てて立ち上がり、ヴォルムの両肩に下から手を添える。


 3大精霊は、力の大きさもさることながら、プライドもずば抜けて高い事で知られている。

 その、3大精霊のうちの1体。

 時の精霊ヴォルムが、今となっては主でもなく神でもなく、人間ですらない存在の自分に対して頭を下げるなど、レーヌにはとても信じがたい事だった。


「ならば、これから我が尋ねる事に、全て真実をもって答えると誓うがよい」

「はっ?何を突然」

「そなたが誓うまで、我は頭を上げぬ」

「ヴォルム・・・・」


 困惑の表情で、レーヌは頭を下げたままのヴォルムを見つめると、小さなため息を一つ吐く。


「分かりました。誓います。誓いますから、どうか頭を上げてください」

「よかろう」


 ようやく頭を上げたヴォルムは、満足そうな笑顔を浮かべている。


「・・・・これでは、謝られたのか脅されたのか、分かりませんわね」

「何故だ?我は今はっきりと、そなたに謝罪したはずだが?」

「まぁ、ヴォルムらしいですけれど」

「不満ならもう一度」

「いいえ、結構ですっ!」


 慌てふためくレーヌの姿を見ながら、ヴォルムが可笑しそうに笑う。


「懐かしいことだな・・・・」


 ヴォルムの小さな呟きは、「なんなのですかっ、もうっ!」などと不満を口にしているレーヌの耳に届くことは、無かった。



 ※※※※※※※※※※


 どうやら上手く行きそうだね。さすがはヴォルム。

 そう。

 ヴォルムはね、僕と契約する前は、レーヌ嬢と契約していたんだよ。

 守護神レーヌと。

 レーヌ嬢が守護神の任を解かれると同時に、契約は終了してしまったようだけど。

 ヴォルムは【神】としか契約を結ばないって、言っていたからね、最初。

 だから、【神】じゃなくなってしまったレーヌ嬢との契約も、終了せざるを得なかったんだと思う。

 だけどそれは、彼の本意では無かったはず。

 さて。

 ここからが、本題だよ。

 ヴォルムに誓いを立てたからには、レーヌ嬢が嘘を吐くとは思えないけれど。

 レーヌ嬢は正直に答えてくれるかな。


 ああ、もうこんな時間だったんだね。

 続きはまた今度にしようか。

 大丈夫。言ったでしょう?

 ヴォルムの空間は、他のどの場所の時間にも影響されないって。

 だから、心配しないで。待ってるから、ここで。

 あなたが来てくれるまで。

 じゃあ、またね。

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