第43話 スウィーティーの不安とカークの不運

 ごきげんよう。

 ふふふ・・・・ああ、ごめんなさいね。思い出し笑いなどして。

 つい今しがた、微笑ましい光景を目にしましたの。

 本当に、あのお二人のお姿を見ると、心が和みますわ。

 カーク様には、少しお気の毒かもしれませんが。


 えぇ、カーク様とスウィーティー様のことです。

 そうですわね、せっかくですから、今日はこのお話にいたしましょう。


 ※※※※※※※※※※


「なぁ、サリー。俺あの日、結界の外でお前に力を貸してもらっただろ?あの後、王国に戻って来て・・・・その後、どうしたんだろう?その後の記憶が全然無いんだ。気づいたら俺、部屋で寝てたんだよ」


 小さな炎を呼び出し、カークはその炎に向かって話しかける。

 ギャグ王国城内、精霊の間。

 ここは、幼いカークが危うく城中を火の海にしかけてから、父である国王マイケルがカークのために作った部屋。

 ここならば、精霊の力をある程度抑える効果もあるうえに、防火設備がしっかりと整えられているため、万が一火の精霊が暴走してしまったとしても、他に被害が出ることは無い。

 もっともその日以来、カークが火の精霊を暴走させるような事はなくなっていた。

 寂しさを紛らわせるために火の精霊を呼び出し、自分勝手に扱うような事はしなくなったからだ。

 今では火の精霊:サリーはカークの良き相棒とも言える存在となっている。


「ユウに聞いても、『久しぶりにあんなに大きな力を使ったから、疲れちゃったんじゃないかな?部屋に帰るなり倒れるようにして眠っちゃったんだよ』なんて言うし。でも、おかしいよな?だって俺、毎日ここでサリーと術の訓練してるしさ。あれくらいの炎壁作るくらいで、力を使い果たすなんてこと、ないはずなんだけど」


 サリーは小さな炎の姿のまま、カークの周りをクルクルと舞い踊る。

 けれども、サリーがカークの問いに答える事は無い。

 精霊の中でも、人間と言葉を交わすことができる者は限られている。

 光の精霊、闇の精霊、そして、時の精霊。

 その他の精霊は、人間との交わりは持つものの、言葉を交わすことは無いものとされている。


「ん?どうした?」


 ふと、サリーが動きを止め、精霊の間の入口の方をじっと見た。

 その方角にカークが目を向けた時。

 入口付近に強い風が巻き起こった。


「あれ?シルフィ?」


 小さなつむじ風が、ゆっくりとカークに向かって近づいてくる。

 シルフィは、スウィーティーと契約している風の精霊。

 時折、スウィーティーからの手紙をカークの元へと届けてくれる。


「悪い、サリー。危ないからまた後でな」


 カークの言葉に、サリーは瞬時に姿を消す。


「どうした?スーちゃんから何か預かって来た・・・・わっ、わわわっ!ちょっ、ウソだろっ?!」


 サリーが姿を消すと同時に、シルフィはその姿を巨大化させると、カークの体を救い上げた。

 慌てたカークが足をバタつかせるも、シルフィはお構いなく、そのまま精霊の間からカークを連れ出す。

 精霊の間から出た直後、シルフィはその姿をさらに巨大化させると、そのまま窓をすり抜け、カークをロマンス王国のスウィーティーの元へと運んだのだった。



「カークっ!」


 ロマンス王国内、スウィーティーの私室。

 シルフィに運び込まれたカークが到着するなり、スウィーティーはカークの胸に飛び込んだ。


「・・・・ちょっ、ごめ、スーちゃん・・・・俺、気持ちわる・・・・」

「えっ・・・・大丈夫っ?!」


 見れば、カークは真っ青な顔をしている。


「ごめんなさい、体調悪かったの?」

「いや・・・・酔った」

「え?」

「スーちゃん?風の精霊で人を運ぶのは、まだ早い、かな・・・・うっぷ」

「ちょっとここで、休んでて。今、お水持ってくるから!」


 カークをソファの上で休ませて自ら厨房へと走り、水差しに冷たい水を入れてくると、スウィーティーはコップに水を注ぎ、カークへと手渡す。


「ありがとう、スーちゃん」


 慌てていたためか、スウィーティーの部屋のドアは開け放たれたまま。

 それでも、そこから部屋へと流れ込む風が、カークには心地良かった。


「でも、随分腕を上げたんだね、スーちゃん。まだまだ不安定ではあるけど・・・・人ひとり、シルフィで運べるようになるなんて」

「うん。毎日ね、精霊たちと遊んでるから。カークに教えてもらったとおり、精霊たちが喜ぶような事をして」


 人と言葉を交わすことのない精霊の力は、契約している人間との絆によって、強くも弱くもなる。

 今までは、手紙や軽い品物くらいしか運べなかったスウィーティーの風の精霊:シルフィが人をも運べるようになったということは、それだけスウィーティーとシルフィの絆が強まったということに他ならない。

 そうなるまでにはきっと、スウィーティーはかなりの努力をしたのだろう。

 ・・・・ただ、シルフィの乗り心地は、まるで暴れ馬に乗っているような激しいものではあったけれども。


「そっか。頑張ったんだね、スーちゃん。偉いぞ」


 だいぶ体調の戻ったカークが体を起こし、手を伸ばしてスウィーティーの頭を撫でる。


「うん。でもね・・・・」


 いつもであれば、それだけでニコニコと弾けるような笑顔を見せるスウィーティーの顔が、曇った。


「最近、精霊たちが不安がってる感じがするの」


 真剣な目でカークを見上げ、スウィーティーは助けを求めるようにカークに訴える。


「あたしのせい、なのかな。あたしがちゃんと、精霊たちが喜ぶようなこと、できてないからなのかな」


 精霊に負けず劣らず不安そうな、スウィーティーの瞳。

 深い藍色の瞳は大きく見開かれて、今にも滴が零れ落ちそうになっている。


(精霊たちが不安がっている、か)


 スウィーティーの言葉には、カークも思う所があった。

 言われてみれば、最近サリーも不安定な動きを見せる事が多い。


(この間の訳の分からない記憶喪失と言い・・・・確かにおかしい。もしかして、この両王国に何かが起ころうとしている、のか?)


 沸き起こった不穏な考えを胸の奥に隠し、カークはスウィーティーに笑顔を見せる。


「大丈夫だよ、スーちゃん。スーちゃんの精霊たちは、みんなスーちゃんの事が大好きだから、一緒にいるんだよ。それにね、俺のサリーも、最近ちょっと調子が悪いみたいなんだ。だから、精霊たちが不安がっているのは、他に原因があるのかもしれないね。ちょっと調べてみるよ」

「ほんと?ほんとに?」

「うん。だから、スーちゃんはそんな顔しないで、いつもみたいに笑って?・・・・まぁ、泣きそうなスーちゃんの顔も、可愛いけどね?」

「もぅっ・・・・カークのバカっ!」


 顔を赤くし、スウィーティーがカークの膝の上に飛び乗る。


「大好き、カーク」


 チュッ


 よける間もなく、スウィーティーのキスを唇で受けてしまったカークは。


 スウィーティーの肩越し。

 開け放たれたままの部屋のドアから見えるチェルシーの冷たい視線に、一気の血の気が引いたのだった。



 ※※※※※※※※※※


『キスは頬か額だけ』

 とチェルシー女王から仰せつかっていたカーク様。

 生きた心地がしなかったでしょうね。

 この場合は、スウィーティー様からのキスですし、不可抗力と言って差し支えないとは思いますけれども。

 それにしても。

 やはり、精霊たちも何かを感じているのでしょうね。

 カーク様は調べるおつもりのようですが、その『何か』がもしヒスイ様と関わりがある事だとするならば・・・・

 いえ、考えても仕方のない事ですわね。

 私の役割は、見守る事。

 今までも、そしてこれからも。


 今日もお越しくださってありがとうございました。

 よろしければまた、おいでくださいね。お待ちしております。

 それでは、ごきげんよう。

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