第16話 キャロライン姫のささやかな仕返し 2/2
「それでね、その国の人たちは【キモノ】というものを着る時があるんだ。それがすごく素敵なんだよ!中でも、その国の昔のお姫様が着ていたっていう【キモノ】が本当に綺麗でね・・・・僕絶対、キャロルちゃんに似合うと思うんだよね」
「やだもう、ユウくんたら。でもその【キモノ】って、どんなものなの?」
「うん、色々あるんだけど、お姫様が着てたっていうのはね・・・・あっ、マリーちゃんっ!」
キャロラインと2人での中庭散策中、ユウは中庭の隅で植物の手入れをしている女性を見つけ、手を大きく振った。
相手もユウに気付いたようで、その場でユウに向かってペコリと頭を下げる。
「ごめん、キャロルちゃん。ちょっと待ってて」
そう言うと、ユウは繋いでいたキャロラインの手を離し、マリーと呼んだ女性に向かって走り出す。
そして、マリーと二言三言言葉を交わすと、嬉しそうに微笑みながら、両手でマリーの両手を握りしめた。
「えっ?!ちょっ、ユウくんっ・・・・」
その場に残されたキャロラインは。
僅かな間呆然と立ちすくんでいたものの、すぐにムッとした表情を浮かべると、そのまま私室へと向かって歩き出した。
(もうっ、信じられないっ!なんなのーっ!ユウくんのバカっ!)
1人部屋に戻ったキャロラインは、テーブルの上に置いたままの【ワサビ】と【マッチャ】を、八つ当たりのように睨みつける。
(普通、デート中に婚約者の私を差し置いて、他の女の子の所になんか行かないわよねぇっ?!)
キャロラインとて、ユウとの付き合いはもう長い。
ユウがどのような性格なのかも、心得てはいる。
ある時カークがボソリと呟いていた、『天然浮気者』。
さすが兄弟、言い得て妙だと、感心したものだ。
そう、ユウの『浮気』は『天然』そのもの。本人に『浮気』の自覚など、全く無い。
それだけに、余計に手に負えないのだと、カークが言っていた事を思い出す。
(・・・・私、少しくらい怒っても、いいわよね?少しくらいユウくんに仕返ししたって、いいわよね・・・・?)
沸々と沸き起こる怒りを胸に、キャロラインはじっと、【ワサビ】と【マッチャ】の袋を暫くの間眺め続けていた。
-それから数日後-
「ユ~ウくんっ♪」
「あれっ、キャロルちゃんっ?!」
キャロラインがユウを尋ねてやって来た。
特に会う約束はしていなかったが、ちょうど父であるギャグ王国国王マイケルから読むようにと渡された本を読み終えたところで、休憩でもと考えていたユウは、尋ねてきてくれたキャロラインを嬉しそうに出迎える。
「どうしたの?近くに用でもあったの?」
「やだもう、ユウくんったら。ユウくんに会いたいから会いに来たのよ」
「キャロルちゃんっ!」
照れた様に笑うキャロラインを、ユウはキュッと抱きしめる。
「キャロルちゃんったら、どうしてそんなに可愛いんだろう・・・・僕もう、キャロルちゃんにメロメロだよ」
「・・・・ばか」
ひとしきりいつもの挨拶を行い終えると、キャロラインは手にしていた袋の中から小さな箱を取り出し、ユウに手渡す。
「あのね、ユウくん。この間ユウくんから貰ったお土産を使って、【マッチャ・チョコ】を作ってみたの。だから、ユウくんにも、食べて貰いたくて」
「えっ?!キャロルちゃんが作ってくれたのっ?!僕のためにっ?!」
通常、王家の人間が料理や調理を行う事は無い。
城には専属のシェフがいるからだ。
もちろん、キャロラインも普段は料理をすることなどない。それは、お菓子作りについても例外ではない。
そのキャロラインが、自分のために自らお菓子を作ってくれた。
その事に、ユウはいたく感激していた。
受け取った箱を開けると、中には薄緑と茶色が綺麗な二層になっているチョコレートが3粒、入っていた。
どれも、一口大の大きさだ。
「いただきますっ!」
嬉しそうにそう言って、ユウはさっそくキャロラインの目の前で、その中の一粒を口に入れた。
とたん。
「ぐっ・・・・げほっ・・・・」
「・・・・マズい、でしょ」
「キャロル、ちゃん?」
【ワサビ】とチョコレートのあまりの絶妙な不味さに、目に涙を浮かべながら口にしたチョコレートをようやく飲み込んだユウの視線の先。
キャロラインは冷めた目でユウを見ていた。
「私、怒ってるんだからね?このあいだ、ユウくんが私のこと放り出して、マリーって子の所に行っちゃったこと」
「・・・・え?」
「久し振りに会えたのに、私すごく嬉しかったのに、ユウくんは私よりもマリーって子と会えた方が嬉しそうだったもの」
「そんなこと、あるはず無いじゃないっ!僕、待っててって、言ったよねぇ?それなのにキャロルちゃん・・・・」
「待てるわけないじゃないっ!目の前で浮気されてっ!」
怒りのせいか口惜しさのせいか、キャロラインの深い藍色の美しい瞳には、うっすらと涙が滲んでいる。
そんなキャロラインの健気な姿を何ともいじらしく感じたユウは、苦笑を浮かべながらキャロラインに言った。
「ねぇ、キャロルちゃん。僕は浮気なんて、一回もしたこと無いよ?だって、僕はキャロルちゃんの事が大好きだから。キャロルちゃんだって、知ってるでしょ?」
「でもっ」
「僕はね、この国とキャロルちゃんの国のみんなの事が大好きなんだ。本当に、大好きなんだよ。でもそれは、キャロルちゃんへの『好き』とは違うんだ。この間のマリーちゃんはね、飼ってるワンちゃんが怪我をしちゃって、ちょうどその場に居合わせた僕が応急処置をしたんだよ。だから、その後良くなったかなって、聞きに行っただけなんだ。ね?浮気なんかじゃないでしょ?」
「・・・・でも・・・・」
(手を握りしめることまで、しなくても・・・・)
ギュッと両の手を握りしめ、揺れる心に顔を曇らせるキャロラインの前で、ユウはふた粒目のチョコを手に取る。
「えっ、ユウくんそれは・・・・」
キャロラインの制止を笑顔で受け止めると、ユウはそのままチョコを口に入れた。
「・・・・う゛っ・・・・」
「ユウくんっ!」
再び目に涙を浮かべながら口にしたチョコレートを飲み込み、ユウは笑う。
「キャロルちゃんがせっかく僕のために作ってくれたんだもん。僕、全部食べるよ」
「もうっ、いいからっ!」
まだひと粒残っている箱をユウから奪うように取り上げると、キャロラインはその箱をテーブルの上に放り投げる。
「ごめんなさい、ユウくん。私・・・・」
「僕も、ごめんね。キャロルちゃんを怒らせちゃって」
「次はちゃんと、【マッチャ・チョコ】作ってくるから」
「うん、楽しみに待ってる」
申し訳無さそうにユウを見上げるキャロラインの額に、キスをひとつ。
ユウはキャロラインに笑顔を向ける。
「怒ってるキャロルちゃんも、すごく可愛かったよ」
「もうっ、ユウくんったら・・・・」
「ね、ちょっと外に出ない?この間はお散歩が途中になっちゃったし」
「うん」
どちらからともなく手を伸ばし、しっかりと握り合うと、ユウとキャロラインはユウの私室を後にした。
-数分後-
「ユウ、いるか?入るぞ」
言葉と共に、ユウの私室へと入って来たのは、ギャク王国国王、マイケル。
だが、ユウの不在を確認すると、そのまま踵を返しかけ。
「なんだ、まだ一粒残っているじゃないか、もったいない」
テーブルの上に無造作に放り出された箱の中に、一粒のチョコレートを見つけると、マイケルはそのチョコレートを手に取った。
「これは珍しい。緑のチョコレートとは。どれ・・・・」
直後。
何とも不気味なうめき声が、ユウの私室から漏れ聞こえたとか聞こえなかったとか。
※※※※※※※※※※
キャロライン姫の『棘』さえも、ユウ王子にとっては愛おしいものでしかないのでしょうね。
本当に、微笑ましいお二人です。
え?
マイケル国王をご心配されているのですか?
やはりあなたはお優しい方ですね。
心配ございませんよ、マイケル国王でしたら、その後シェフに口直しのスイーツを作って貰ってご満悦だったそうですから。
もっとも、メイド長からはきついお叱りを受けたようですけれど。
そうですわよね。
一国の王たる者、いくら平和な国とは言え、無防備が過ぎますわ。
けれども、それが許されるくらいに、あの二つの王国は平和な国なのですよ。
ふふふ・・・・なんだか甘いものが食べたくなってしまいましたわね。
よろしければご一緒にお茶でも・・・・あら、お急ぎですの?それは残念ですわ・・・・
では、次の機会に、是非。
また、お待ちしております。
ごきげんよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます