第12話 もぅ、女性が手を広げたらやることは一つでしょ!
翌朝、目を覚ますと奈美さんのルビー色の瞳と目が合った。
「奈美さん?」
「おはよう♡ 誠司君」
奈美さん家に帰らなかったんだ。寝起きのぼんやりとした頭でそう思った。
「おはようございます」
奈美さんに挨拶をして僕は体を起こす。
ソファーで寝たせいか少し体が痛い。
「家に帰らなかったんですね」
「うん。私が家に帰ったら誠司君のお家が鍵開けたままになると思って」
「あ~そういえば、そうですね。すみません。ありがとうございます」
「誠司君が私に合鍵を渡してくれてたら自分の家のふかふかのベッドで寝れたんだけどね~」
奈美さんはわざとらしく腰を擦った。
「もしかして、痛めましたか?」
「テーブルに伏せて寝たから、少しだけね~」
「すみません。大丈夫ですか?」
「ん~腰が痛いな~。誰かさんが先に寝ちゃったから家に帰れなかったな~」
「ぼ、僕に何をさせたいんですか……」
奈美さんはニヤッと笑うと僕に向かって手を差し出してきた。
「その手は?」
「合鍵♡」
「まさか、僕の家の合鍵を渡せってことですか?」
「ダメ?」
コケティッシュに小首を傾げた奈美さんは僕のことを見つめる。
その仕草に思わず頷いてしまいそうになった。
しかし昨夜の「襲ってもいい」と言った奈美さんのことが頭に蘇り僕は首を横に振った。
「あ、合鍵を手に入れて何する気ですか?」
「それはもちろん。おそ……ご飯を作りに来たりしてあげるためだよ♪」
今一瞬「襲う」って言いかけなかったか?
「誠司君に美味しいご飯を作ってあげたいの」
まぁいいか。
それよりも美味しいご飯か。
昨日のカレーライスの味を思い出して、僕の気持ちは揺らぐ。
あの美味しいご飯が毎日食べれるのか。それは僕にとってかなり魅力的だった。
「本当にご飯作る以外何もしませんか?」
「しない、とは言い切れないけど善処するから!」
「分かりました。合鍵渡します」
「え、ほんとに!? いいの!?」
「はい。その代わり美味しいご飯、食べさせてくださいね」
「うん! それは保証する♪」
美味しいご飯の誘惑に負けた僕はソファーから立ち上がって合鍵を取りに自室に向かった。
「まぁ、奈美さんになら渡しても……いいのかな?」
少し首をひねりながら、合鍵を机の引き出しから取り出してリビングに戻った。
「奈美さん持ってきましたよ。って、なんですかそれ?」
「あ、ようやく気が付いたね~。さっきからずっとテーブルの上に置いてあったんだよ?」
「え、そうなんですか。全然気が付きませんでした」
合鍵を持ってリビングに戻ると奈美さんが可愛い包装紙でラッピングされた箱みたいな物を手に持っていた。
「はい、誕生日おめでとう♪ 本当は昨日渡すつもりだったけど、すっかりと忘れちゃってて、ごめんね」
「いえ、もらえるだけでも嬉しいです。ありがとうございます」
差し出されたプレゼントを受け取って、俺は奈美さんに合鍵を渡した。
「開けてもいいですか?」
「ふふ、誠司君の家の鍵♡ あ、うん。いいよ~」
ソファーに座って、僕は丁寧に包装紙を剥がしていった。中に入っていたのは予想通り箱で、僕はその箱の蓋をそっと開けた。
「これは、グラスですか?」
「そう! 可愛くない? 誠司君の誕生日の日付けと星座の入ったグラス♪」
箱からグラスを取り出して、手に取った。
奈美さんの言った通り、僕の誕生日の日付とかに座の星座が彫られていた。
「可愛いですね。こんなのがあるんだ」
「ねっ♪ 可愛いよね! ちなみに私とお揃いだよ~」
「え、そうなんですか?」
「うん! 日付けと星座は違うけどね~」
「そうなんですね。ちなみに奈美さんの誕生日はいつなんですか?」
「私の誕生日聞いてくれるんだ~。嬉しいな♪」
「僕の誕生日を祝ってもらったので、奈美さんの誕生日を祝いたいなって」
「私はね~十二月七日だよ♪ 誠司君に祝ってもらえるの楽しみにしてるね♡」
「覚えておきます。本当に昨日はありがとうございました。楽しかったです」
「どういたしまして。私も楽しかったわ。ありがとうね」
そう言って奈美さんは優しく微笑んだ。
心が温かくなる。
ああ、好きだ。
その微笑みを見て不意にそう思った。
「ところろで誠司君。時間は大丈夫?」
奈美さんにそう言われた僕は壁掛け時計で時間を確認した。
もうすぐ九時になろうとしているところだった。
「大丈夫です。もうほとんど単位は取り終わってるので、十時頃大学に行けば大丈夫です」
「そっか。じゃあ、朝食でも一緒にって思ったけど、私の方が時間がヤバそうなのよね」
「お仕事ですか?」
「そうなの。せっかく、初めて誠司君と一緒に迎えた朝だから朝食も一緒に食べたかったけど……お仕事休んじゃおうかな」
「それはダメです。ちゃんとお仕事には行ってください」
「分かったわ。誠司君がそういうなら行くわ。それに、合鍵をもらったからこれからはいつでも一緒に朝食を食べれるものね♪」
「そ、そうですよ」
「じゃあ、ん」
奈美さんは僕に向かって手を広げてきた。
「ん?」
「もぅ、女性が手を広げたらやることは一つでしょ!」
そう言って痺れを切らした奈美さんは僕に抱きついてきた。
「行ってきます♡」
「い、いってらっしゃい」
僕が勢いに押されてそう言うと、奈美さんは満足そうに微笑んで自分の家へと帰っていった。
「そういえば、奈美さんって何の仕事をしてるんだろう」
まだまだ奈美さんについて知らない事があるのだと実感した僕は一人で朝食を食べ、大学に向かうことにした。
☆☆☆
「奈美さんなんだか嬉しそうですね」
「あ、分かっちゃいます?」
「分かりますよ。体から幸せオーラがめっちゃ滲み出てますもん。何かいいことでもあったんですか?」
「ありましたね♪」
今朝のことを思い出して思わず声が弾んでしまう。
「声が弾んでますね。よっぽど嬉しいことがあったんですね」
鏡に映るヘアメイクさんが微笑む。
「何があったんですか?」
「うふふ、秘密です♪」
「え~教えてくれないんですか~」
ヘアメイクさんが不満そうな声をあげる。その顔は笑っている。
このヘアメイクさんとは去年知り合いになった。何度かお仕事をするうちに仲良くなって、今では友達のように話をするような仲になった。
「実はですね。好きな人から合鍵をもらっちゃいまして」
「え~! それはもう秒読みじゃないえすか!?」
驚きすぎてヘアメイクさんは噛んだ。
「秒読みか~。というかこれからって感じですかね~。私は彼のこと大好きですけど、彼が私のことをどう思ってるのか分からないので」
「そうなんですか? でも、合鍵を渡してくれたってことは嫌われてはないんじゃないですか?」
「嫌われてはないと思いますけど、好かれているかどうか自信ないんですよね」
「さすがの奈美さんも恋愛だと弱気というわけですか」
弱気というわけではないし、どっちかというと攻めてる方だと思う。
だけど、相手が自分のことをどう思っているかなんて正確には分からないのだ。
だから、誠司君の口から「好き」の二文字を聞くまでは安心できないし、不安で胸が一杯になる。
「彼も私のことを好きでいてくれたらいいんですけどね」
私は苦笑いをヘアメイクさんに向けた。
そこで、部屋の扉がノックされて「そろそろお願いします~」とスタッフさんに声をかけられた。
「ま、好きになるまでアタックするだけなんですけどね」
「その意気です。そっちの方が奈美さんらしいですよ!」
ヘアメイクさんが最後の仕上げをすると、私は席から立ち上がって控室を後にした。
☆☆☆
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