第11話 これからもよろしくね♡
奈美さんと一緒にお酒を飲み始めて一時間弱が経過していた。
「こんなに幸せでいいのかしら♡」
リンゴのように真っ赤に染めた頬に手をあてて奈美さんはそう呟く。
その目はすっかりとすわっていて、たれ目がさらにとろ~んと垂れていた。
「この時間が永遠に続けばいいのに♡」
にへらと笑った奈美さんのことを俺はボーっとした頭で眺めていた。
奈美さんが酔っているように俺もすっかりと酔てしまっていた。
奈美さんと一緒にお酒を飲んでいる時間が楽しくて、いつもなら飲まない量のお酒を飲んでいた。
サイドテーブルの上にはビールの缶が五つと甘いお酒の缶が三つ置いてあった。
「そうですね~」
「え~誠司君もそう思ってくれてるの~♡ 嬉しいんだけど~♡」
奈美さんは体をモジモジと動かした。
そして大人の雰囲気を醸し出して囁くように呟く。
「ねぇ、誠司君……襲ってもいい?」
「えっ……」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「誠司君のこと襲いたいな~」
しかし、奈美さんがもう一度同じことを言ったので理解した。
慌てて首を横に振る。
「だ、ダメに決まってるでしょ!?」
「え~。ダメなの~」
甘い声を出した奈美さんが俺の背中に密着してきた。
おっぱいを背中にを押し付けてくる。
奈美さんのいい匂いが鼻を擽った。
「……ダメです」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「ちぇ~。誠司君とラブラブしたかったのにな~」
そんな甘い言葉を耳元で囁かれる。
さっきの『あぁ~もぅ、誠司君しゅき♡』と同等の破壊力のある言葉に僕の頭はクラクラとしてきた。
「じゃあ、今日は襲うのは我慢するから、しばらくこうしててもいい?」
「……まぁ、それなら」
「ありがとう♪ 誠司君の匂いって落ち着くのよね~」
そう言って奈美さんは俺の首周りををクンクンと犬みたいに嗅いできた。
「か、嗅がないでください!?」
「別に臭くないよ?」
「そうじゃなくて、恥ずかしいので、やめてください……」
「じゃあ、誠司君も私のことも嗅ぐ? それならおあいこでしょ?」
奈美さんは僕の横に顔を出してきて、髪をかきあげ、うなじを見せてきた。
その綺麗なうなじに吸い込まれるように僕は見入った。
気が付けば顔を近づけていて、奈美さんの匂いを嗅いでいた。
「ふふ、くすぐったい♪」
「あ、ご、ごめんなさい!」
すぐさま謝って僕は奈美さんのうなじから顔を逸らした。
「謝らないでいいってば、誠司君が嗅ぎたいなら、いつでも何時間でも嗅いでいいのよ? あ、でも汗かいた後はやめてね。私としてはお風呂上りがオススメかな♪」
「か、嗅ぎませんから!」
ちょっとだけ、お風呂上がりの奈美さんの匂いを嗅ぎたいという気持ちがないこともない……。
なんてことを思うのはたぶん酔っているからだ。
「とか言って~本当は嗅いでみたいとか思ってるんでしょ~。酔ってるときは人は正直になるらしいからね~。さっきの誠司君の行動が本心なんでしょ?」
奈美さんはニヤニヤと笑いながら僕の心を読んだみたいにそんなことを言った。
図星を言い当てられ僕は慌てて「そ、そんなことないです!」と言った。
「我慢しなくてもいいのよ? 私はどんな誠司君でも受け入れるんだから♪」
そんなことを耳元で言われては理性がどこかへ飛んでいきそうだった。
どこかへ飛んで行きそうだったが、ぎりぎりのところで僕はその理性を捕まえる。
「が、我慢なんかしてませんから……」
「ふ~ん。ま、今日のところはそういうことにしておいてあ・げ・る♪」
奈美さんはもう満足したのか僕の背中から離れると立ち上がった。
そんな奈美さんを見上げる。
「奈美さん?」
「ちょっと、酔いを覚ますためにベランダに出ない?」
「そう、ですね」
千鳥足の奈美さんに肩を貸して僕たちはベランダに出た。
夏の夜風はちょうどよくて心地がよかった。
奈美さんは手すりにもたれかかると夜空を見上げてた。
「誠司君。あそこに天の川が見えるわよ」
天の川を指さした奈美さんの隣に僕も立つと同じように夜空を見上げた。
「ほんとですね」
「綺麗ね~」
「ですね」
本当に綺麗な天の川だった。
天の川を見上げるのも二年ぶりか。
母さんもあの星の中にいるのだろうか。
きっと母さんならあの星の中で一番……。
ああダメだ。母さんのことを思い出すとまた涙が……。
「母さんに、会いたい……」
「誠司君」
奈美さんは僕の名前を呼ぶと、そっと僕のことを抱き寄せた。
その抱擁はこれまでのどの抱擁よりも優しくて温かみのあるものだった。
「お母様のことを思い出して泣きたくなったらいつでも私の胸に飛び込んでおいで。誠司君のお母様の代わりにならないと思うけど、誠司君の悲しみを受け止めてあげることはできるから」
奈美さんにそう言われて俺の涙腺は崩壊した。
涙腺の崩壊した僕は泣き疲れるまで奈美さんの胸の中で涙を流し続けた。
その間、ずっと奈美さんは僕の頭を優しく撫でてくれていた。
☆☆☆
「寝ちゃった」
部屋に戻ると、誠司君はソファーに横になった。
そして、うとうととし始めると耐えきれなくなったのか寝てしまった。
夏の夜風を浴びてすっかりと酔いが覚めた私はその可愛らしい横顔を眺めていた。
「寝顔やっぱり可愛いな~」
車の中で何枚も写真を撮ってしまったほど、誠司君の寝顔は可愛らしかった。
「今日は本当に楽しかったな~」
間違いなく私の人生の中で一番楽しい一日だった。
映画を見て、ご飯を食べて、手を繋いで、公園を歩いて、たくさんお話をして、たくさんからかって、たくさんドキドキさせられて、手料理を食べてもらって、お酒を飲んで、天の川を見て、誠司君の誕生日を祝うはずが、気が付けば私にとって幸せな一日となっていた。
「こんなに私のことを幸せな気持ちにしてくれるなんて誠司君はずるいな~。これじゃあ、ますます離れられなくなるじゃない♡」
もちろん離れるつもりも逃がすつもりもないのだけどね。
「さて、そろそろ私も寝ようかな。あ、プレゼント……」
すっかりとプレゼントを渡すのを忘れてしまっていた。
家に取りに帰って、このサイドテーブルの上に置いておこう。
きっと、明日の朝、誠司君はビックリするだろうな~。
驚く誠司君の顔を想像すると、自然とにやけが止まらなくなった。
私はサイドテーブルの上の空き缶やおつまみを片づけると、プレゼントを取りに自宅に戻った。
そのプレゼントを持って再び誠司君の家に戻った私はサイドテーブルの上にプレゼントをそっと置いた。
本来ならここで自宅に帰るべきなんだろうけど、私はふと思った。
この家の家主の誠司君は寝てるし、私はこの家の鍵の在りかを知らない。ということは私がここで自分の家に帰ってしまうと、誠司君の家は明日の朝まで鍵が開いた状態のままになってしまうということだ。
それを防ぐ方法は一つしかない。
我ながらいい言い訳を思いついたなと思った。
それに、これなら明日の朝、誠司君の驚く顔を見ることができる。
というわけで、私は誠司君の家の玄関の鍵を閉めるとリビングで寝ることにした。本当なら添い寝をしたいところだが、ソファーにその余裕はなさそうだった。
私はサイドテーブルに顔を伏せると目を閉じた。
すぐに眠気が襲ってきて私は「これからもよろしくね♡」と呟くと眠りについた。
☆☆☆
第一章完結!!
第二章は響子編です!
お楽しみに~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます