第10話 あぁ~もぅ、誠司君しゅき♡

 ソファーに座って真っ白な紙を前に願い事を考える。

 願い事か……。

 今の僕が願うこと……。

 あるとするなら、あいつに撮られたあの写真をこの世から抹消することくらいだろうか。

 それか、母さんに会いたいかな。これはもう叶わないけど。


「誠司君。願い事は決まった?」

「なんか大きくなると願い事ってあんまり思いつかないもんですね」

「そう? 私はたくさんあるわよ♪」

「そうなんですか?」

「うん♪ だからどれを書こうか迷っちゃう」


 願い事はお互いが書けた後で見せ合おうということになっていた。

 奈美さんはどんな願い事を書くのだろうか? 

 というか、見せ合うんだから『あの写真をこの世から抹消すること』なんて願い事書けないよな。

 それから数分考えたが、特に他に願い事は思いつかず僕は『幸せになれますように』となんとも無難なことを書いた。


「書けた?」

「はい。一応、書きました」

「じゃあ、見せ合おっか!」


 奈美さんの「せ~の」の掛け声で、僕たちはお互いの紙に書いた願い事を見せ合った。

 奈美さんの紙には『誠司君のことを幸せにする』と書いてあった。

 僕のことを幸せにする……。


「なになに~。誠司君の願い事は『幸せになれますように』なのね~。なるほど~私と願いが一致してるわね♪」


 そういうことになるのかな?

 僕は幸せになりたいと思っていて、奈美さんは僕のことを幸せにしたいと思っている。僕と奈美さんの願いが一致している言っても過言ではないのかもしれない。 


「これはもう私が誠司君のことを幸せにするしかないわね♪」


 奈美さんはそう言って僕の腕に抱きついてきた。


「私が誠司君のことを幸せにしてあげるわ♪ 誠司君が何歳になっても幸せだって思わせてあげるから♪」 


 僕の右腕をおっぱいの間に挟み込んだ奈美さんは頬を擦りをしてきた。


「な、奈美さん!? 離してください!」

「離れません~」

「ほんとに離してください!」

「絶対に離れないもん!」


 奈美さんは駄々っ子のような口調でそう言うと、抱きしめる腕にさらに力を込めた。


「この腕は絶対に離しません。あんな願いを書くってことは誠司君は今幸せだと思ってないってことでしょ? そんなの悲しすぎるから。だから、この腕は絶対に離しません」

「腕を離さないことと、僕が幸せじゃないことって関係ありますか?」

「関係あるわよ。腕がおっぱいに挟まってるのって幸せじゃない?」


 そう言うと奈美さんは小悪魔な笑みを僕に向けてきた。

 それは確かに……幸せかもしれない。


「ほら、誠司君。まんざらでもない顔してるよ? 嬉しいんでしょ?」

「……」

「何も言わないのは肯定と一緒だからね。誠司君♪」


 幸せと思ってしまったので何も言い返せない。

 右腕に感じてるこの至福の感触は幸せ以外の何物でもないだろう。


「ね、関係あるでしょ♪」

「……そうみたいですね」

「あ、幸せだって認めたね♪」


 奈美さんはニヤニヤと笑った。

 すっかりと奈美さんペースだが、悪い気はしないのはなぜだろうか。


「早速、誠司君のことを幸せにしちゃったな~」

「……今日一日楽しかったですよ」


 僕は気が付けばそう呟いていた。


「ちょ、そんなこと不意打ちで言わないでよ……嬉しすぎるじゃない♪」


 奈美さんは恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。


「その言葉が聞けて安心したわ。実は少し心配だったの。誠司君がちゃんと楽しんでくれてるかどうか」


 もしかして奈美さんはずっと気を遣ってくれていたのかもしれない。

 奈美さんは安心したように微笑んでいた。


「楽しかったですよ。その、いろいろとドキドキさせられましたけど、それも含めて楽しかったです。奈美さん。ありがとうございました。素敵な誕生日になりました」


 本当に楽しかった。たくさん驚かされたし、ドキドキもさせられたけど、楽しい一日だった。

 母さん以外の女性の人とこんなに長い時間一緒にいたのは初めてだ。

 十時から十時間。

 もうすぐ、二十時になろうとしていた。

 さすがにそろそろお別れの時間だろう。少し名残惜しい気もするけど、また明日も明後日も会う機会はある。

 そう思うと寂しく……。 


「ねぇ誠司君。何勝手にもうお別れみたいな雰囲気を出してるのかな~?」

「え、だって、もう二十時になりますよ」

「だから何? 私たちは大人なんだよ? それにお互い一人暮らし。門限なんてないんだよ? というか、これから本番なんじゃない♪ 今日は寝かさないからね?」


 そう言って本日二度目の僕のおでこにキスをした奈美さんは立ち上がると冷蔵庫のもとへと向かった。

 戻ってきた奈美さんの手にはビールの缶を持っていた。


「というわけで、乾杯しよっか♪」


 奈美さんはキンキンに冷えたビールを僕に手渡してきた。


「お酒飲むんですか?」

「当たり前じゃない♪ これからは大人の時間よ♪ 飲まないと始まらないわ」

「あの、申し訳ないんですけど、僕ビール苦手なんです……」


 あれ、これ昨日も言ったような気がするな……。 


「え、そうなんだ。ビール以外だったら飲めるの?」

「あんまりお酒に強い方ではないですけど、飲めます」

「じゃあ、甘いお酒持ってくるね」


 あれ、これも昨日聞いたような……。

 まるで昨日の夜の、あのホテルでの再現をしているようだった。

 奈美さんは冷蔵庫からフルーツのお酒缶を持ってきた。


「これなら飲めそう?」

「これならなんとか……」

「無理には飲まないでいいからね?」

「大丈夫です。お酒に弱いですけど、お酒自体は好きなので」

「そっか。じゃあ、とりあえず乾杯しましょうか」

「そうですね」


 お互いのお酒の缶をカツンと合わせて乾杯した。

 僕は一口だけお酒を飲んで、奈美さんはグビグビとビールを飲んでいた。その飲みっぷりは昨日の女性を彷彿とさせた。


「ぷはぁ~♪ やっぱりビールはいいわね~」

「奈美さんもビールが好きなんですね」

「大好き♪」


 その飲みっぷりは昨日の女性にも負けていなかった。奈美さんはすぐに一缶目のビールを空にすると二本目のビールを冷蔵庫に取りに行った。


「既視感が凄い……」


 奈美さんは酔ったらどんな風になるのだろうか。

 昨日の女性のように迫られたら僕は堪えれるのだろうか。

 そんなことを重いなあら僕はもう一口お酒を飲んだ。

 奈美さんが戻ってきて二缶目のビールを開けた。


「奈美さんはお酒強いんですか?」

「ん~。どうだろう? 姉さんよりは弱いと思うけど、飲める方ではあるかも」

「そうなんですね」


 美味しそうにビールを飲む奈美さんは幸せそうな顔をしていた。


「てか、奈美さんってお姉さんがいるんですね」

「いるよ~。たまに私の家に遊びに来るよ」


 今まで一度も会ったことがないよな?

 奈美さんのお姉さんってことは相当美人なんだろうな。


「姉さんは本当に凄い人だよ。私の憧れの存在なんだ~」

「そうなんですね」

「また会う機会があるだろうから。その時はちゃんと姉さんのことを紹介するね~」

「あ、はい」


 それからも奈美さんのお酒を飲むペースは変わらず、いつの間にかサイドテーブルの上にはおつまみも出されていて、空になったビール缶が三本置かれていた。


「誠司君と一緒にお酒を飲んでるなんて幸せ♡」


 酔うと肌が赤くなるタイプなのだろう。雪のように真っ白な奈美さんの肌はほんのりと赤くなっていた。

 僕の肩に頭を預けながらお酒を飲んでいる奈美さんはさっきから「誠司君と一緒にお酒を飲んでいるなんて幸せ♡」と何度も繰り返していた。 


「あぁ~もぅ、誠司君しゅき♡」


 耳元で言われたその破壊力ときたら、心臓を握りつぶしそうなほど凄まじかった。


☆☆☆


第1章 あと1話で完結!!


タイトルを『腕がおっぱいに挟まってるのって幸せじゃない?』と迷いました笑

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