第9話 そんなに嬉しかったなら何回でもしてあげるわよ?

 僕の家のキッチンでエプロン姿の奈美さんが料理をしている。

 作っているのは僕がリクエストしたカレーライス。

 手際よく料理を作っている奈美さんのことを僕は夢見心地で見ていた。


「誠司君って普段料理するの?」

「え、あ、はい。たまにですけど……」

「そうなんだ~。だから調味料とか調理器具がちゃんとあるのね~」

「そうですね」

「ねぇねぇ、誠司君の得意料理はなんなの?」

「え、得意料理ですか……」


 この料理が得意だと言えるほど料理をしていない僕は言葉に詰まった。作るといってもせいぜい卵焼きとか、ウインナーを焼いたりとか、そんな簡単なものばかりだった。


「これが得意っていう料理はないですね。本当に簡単なものしか作らないので」

「そうなのね」

「奈美さんは、得意料理なんなんですか?」

「私はね~。なんでも得意だよ♪ 料理するの好きなの! 言ってくれたらなんでも作ってあげるわよ♪」


 そう言って奈美さんは僕に向かってウインクした。

 こうしているとまるで新婚夫婦にでもなった気分になった。僕たちは別に付き合っているわけでもないのに。


「なんだかこうしてると新婚さんにでもなった気分ね♪」

「ふぇ!?」


 心で思っていたことを奈美さんが言ったので変な声を出してしまった。


「あ、もしかして誠司君……私と同じこと思ってたでしょ?」


 奈美さんは目を細めてニヤッと笑った。


「そっか~誠司君も私と同じことを思ってたのか~♪ このままなっちゃう? 夫婦に♪」

「か、からかわないでください!?」

「私は本気なんだけどな~」

「変なこと言ってないで料理に集中してください! 手を切りますよ!」


 話を変えようとそう言ったが逆に反撃された。


「残念でした~。もうカレーライスは完成してるので大丈夫なんです~。でも、ありがとうね。心配してくれて」


 たしかにキッチンの方からカレーライスのいい匂いが漂ってきていた。

 本当にカレーライスを作り終えたようだ。 

 そんな奈美さんは僕の方に向かってきて隣に座った。


「それで誠司君は私が料理してる姿を見てどう思ったのかな?」


 僕の肩に頭をこてんと乗せた奈美さんは耳元で囁くようにそう言った。


「べ、別に何も……思ってません!」

「ほんとかな~。私には誠司君が、私の料理してる姿を見て新婚さんみたいって思ってるように見えたんだけどな~」

「そ、そんなこと……」


 ないです、とは断言できない。なぜなら、思っていたから。

 だから僕は動揺して言葉に詰まってしまった。

 それを奈美さんが見過ごすわけもなく。


「動揺している誠司君も可愛い♡」


 腕に抱きついてきて密着してきた。


「ほんとにこうしてると新婚さんになった気分だわ」


 奈美さんがしみじみと幸せそうにそう呟いたので、僕はもう何も言えなくなってしまった。何も言えなくなったが、お腹は正直で、またしても奈美さんの前でお腹を鳴らしてしまった。 


「あらあら、また可愛い音が聞こえちゃった♪」

「す、すみません」


 穴があったら入りたい。


「謝らなくていいのよ。カレーの匂いを嗅いでお腹すいちゃったのね」


 奈美さんはくすくすと笑うと立ちあがった。


「すぐにご飯の準備しちゃうね。お皿どれでも使っていい?」

「どうぞ。というか、僕も手伝います。さすがに申し訳ないので……」


 そう言って僕も立ち上がろうとしたが奈美さんに止められた。


「いいのよ。今日は誠司君の誕生日で、誠司君が主役なんだから。座ってて、私がするから」

「でも……」

「大人しく座ってなさい。チュ」


 不意打ちでおでこにキスをされた。

 僕は尻もちをついた。

 奈美さんは悪戯な笑みを浮かべるとキッチンに向かって夕飯の準備を始めた。


「今のって……」


 自分のおでこに手をあてて、何をされたのかを確かめる。 

 おでこにキス……だよな。


「はい。お待たせ~って、誠意君、何ニヤニヤしてるのかな~?」

「え……」


 奈美さんに指摘されて気が付いた、僕はどうやら無意識のうちにニヤニヤとしていたらしい。


「そんなに私のキスが嬉しかった?」


 そう言いながら、奈美さんは目の前のサイドテーブルにカレーライスを置くと僕の隣に座り直した。


「そんなに嬉しかったなら何回でもしてあげるわよ?」


 奈美さんは僕の方を向くと、妖艶な雰囲気を醸し出して人差し指で自分の唇を撫でた。


「どうする?」

「け、結構です!」

「嬉しかったくせに~」

「お腹空いたのでカレー食べます!」


 これ以上からかわれると恥ずかしくて死にたくなるので、僕は話を無理やりに終えるために奈美さんの作ってくれたカレーライスにを食べることにした。


「ふふ、恥ずかしがっちゃって可愛いんだから♡ どうぞ召し上がれ♪」


 スプーンを手に取ってカレーライスを口いっぱいに頬張った。


「そんなに一気にたくさん食べたら喉に詰まるわよ」


 奈美さんにそう言われた僕はその言葉の通り喉に詰まらせた。


「ほら、もぅ~。そんなに慌てて食べなくてもカレーも私も逃げないわよ」


 手渡されたお水を一気に飲んだ。


「あ、ありがとうございます」

「それで、私の作ったカレーライスの感想は?」

「お、美味しいです。とても……」

「ありがとう♪ たくさん愛情を込めて作った甲斐があったわ♪」


 奈美さんは僕から感想を聞けて満足したようでカレーライスを食べ始めた。 

 その出来栄えに自分でも満足しているようで、奈美さんは何度も美味しくできたわと言っていた。

 奈美さんの作ってくれたカレーライスは本当に美味しくて、つい二杯もお代わりしてしまった。


「お昼も思ったけど、誠司君って意外と食べるのね」

「そんなことはないと思いますよ。僕がたくさん食べるのは好きな物だけですから」

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね♪ 私のカレーそんなに美味しい?」

「美味しいですよ。母さんのには負けますけど、母さんの次に美味しいです」

「お母様に勝てないのはちょっと悔しい気もするけど、二番目に美味しいって言ってもらえて嬉しいわ」


 そう言って嬉しそうに笑った奈美さんを見た瞬間、ドキッと心臓が高鳴った。

 なんだろうこの感じ……。

 奈美さんの笑顔を見ると心が温かくなるような、包み込まれるような、なんとも言えない優しさを僕は感じていた。


「ねぇ、誠司君。今日って誠司君の誕生日であると同時に七夕なのよね。せっかくだから、願い事書かない?」

「願い事ですか……懐かしいな~」


 いつの日から書かなくなったが、子供のころは誕生日を迎えると母さんと一緒に短冊に願い事を書いて飾っていたのを思い出した。

 あの頃は『ヒーローになりたい』とか『ゲームがたくさんほしい』とか『家族がみんな仲良くいられますように』とか書いてたっけ。 

 今の僕ならどんな願い事を書くのか……。


「そうですね。書きましょうか。紙とペンを取ってきますね」


 そう言って僕は立ちあがると自室に紙とペンを取りに向かった。


☆☆☆

 

 私の願い事……。

 そんなのたくさんある。


『誠司君と夫婦になりたい』

『誠司君とおばあちゃんになっても笑いあっていたい』

『誠司君との間に子供がほしい』

『誠司君と一つになりたい』

『誠司君と……』 

 考え出したらたくさんあって、そのすべては誠司君としたいことだけ。

 今日、誠司君と一緒に過ごして、誠司君のいろんな一面を見て、ますます誠司君のことが好きになった。好きが止まらないくらいに好きになった。だから、私は誠司君に好きだということを伝えた。


「驚いてる誠司君可愛かったな~♪」


 その時の誠司君の顔を思い出して私の心臓はきゅんとなった。

 このまま絞め殺されてしまうんじゃないかというくらい今日は誠司君にたくさんきゅんきゅんさせられた。


「はぁ~♡」


 姉さんと今日は手を出さないと約束したけど、私はだんだんと守れる自信が無くなってきていた。

 さっきのおでこにキスも我慢して、おでこにしたのだ。本当はその可愛らしい誠司君の唇に私の唇を重ねたかった。


「まぁでもあの様子だとそうなるのは時間の問題よね♪」


 誠司君もまんざらでもない様子だったし。


「早く誠司君とキスしたいな~♪」


 姉さんとの約束はもちろん守るつもりではいるけど……。


「もし破っちゃったらごめんね。姉さん」


 この好きの気持ちをどこまで抑えておけるのか私にも分からなかった。

 誠司君が紙とペンを持ってリビングに戻ってきた。

 相変わらずカッコいい誠司君の顔を見ただけで、私の下半身は疼くのであった。


☆☆☆

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