第18話 そしてついに王立貴族学園の卒業祝賀夜会が始まった。

 そしてついに王立貴族学園の卒業祝賀夜会が始まった。


「僕は真実の愛を見つけたんだ! 僕たちの婚約を破――」


 ばしゃっっ



 この世界の最高神である月の女神の神話から、女神が荘厳に光を纏い月へと昇る場面が、天井いっぱいに描かれた華やかなダンスホール。


 まさかとは思っていたけど散々に右大臣阿倍御主人を煽った結果、2年続けての婚約破棄の当事者になってしまった。不本意だけど2年続けてなら殿堂入りで、ありがたみが……いや、湧かないわ。けど、そのお陰でわたしも思いの丈をぶつけることが出来てスッキリよ!


 鮮やかな赤髪から更に赤い液体をぽたぽたと滴らせたハディスが大きく目を見開いて、空のピッチャーを向けているわたしを凝視する。もちろん中身は、ハディスの髪から滴っているアレだ。


「ご不快でしょう。灰塵と致しましょうか?」


 心底楽しげな声で、何も乗っていないシルバートレイを片手に、給仕係の衣装を纏ったオルフェンズが耳元でささやく。密着度の高さと、彼特有の危険な妖艶さに、一部のご令嬢がよろめくのが視界に映るけど、今はそんなことどーでも良い。

 空になったピッチャーをオルフェンズに返したわたしは、呆然とわたしを見詰めるハディスの顔を下から覗き込む。


「ハディ?これでちょっとは正気に戻ったかしら」


にこりと微笑んで小首を傾げれば、やがて紅色の瞳が揺れて、へにゃりと眉根が下がる。


「あぁ……僕は、そうか何てことを言ってしまったんだ」

「言わせませんでしたけどね」


 赤ワインを髪から滴らせながら弱々し気に呟くハディスだけど、未遂で済んだことだけは一応伝えておく。まぁ、ショックは消えないだろうけど、気休めにはなるだろう。


 わたしたちはこれで解決した。


 アポロニウス王子から言質を取った『正気に戻す方法は任せる』は、有難くモヤモヤ解消のために利用させてもらった。赤ワインは、右大臣阿倍御主人への餞別として最適のチョイスだったんじゃないかな。もう2度と会うことはないだろう!アディオス、右大臣!


 まぁ、そうは言っても右大臣には、ちょっぴりは感謝している。と言うのも、ハディスの行動思考に影響を与えていた右大臣阿倍御主人の言葉が、御石ハーレムに加わっている人たちを救う決定打となったからだ。彼が感情のまま口走った言葉「彼女が僕に寄せ、僕が彼女に抱く以上の愛でなければ、この想いを断ち切ることなど出来ない」――それこそが暗示を解く鍵だった。


 要するに真実の愛――つまり『愛のムチ』としての、ピッチャーでの赤ワインシャワーでハディスの眼を覚まさせたわけよ。



 そして、こことは別に円形庭園でも、並行して、原因を取り除く行動が同時進行で行われているはずだ。

 実行役は、黄金ネズミとかぐや姫からの影響を受けず、尚且つ交渉が出来るアポロニウス王子と、今回かぐや姫がハーレム召集をする原因を作った父テラス、その付き添いお目付け役として強引に付いて行った母オウナを加えた3人。


 何で父が原因になったのか……。それは父テラスの商売にかける研究熱心、好奇心旺盛さから生じたある出来事が発端だった。


 わたしとアポロニウス王子が円形庭園で遭遇したのは『女神の御石』の中に隠れる『黄金色のネズミ』と、そのネズミが手にした『光を放つ竹のひと節』だった。そしてわたしと王子が揃って石から出ているであろうハーレムを作り出す効果を打ち消そうと行動したのに、黄金色ネズミが警戒心を顕わにしたのはわたしにだけだった。それだけじゃあ、理由なんか分からなかったわ。


 けど、父テラスとヘリオスが籠っていた工房の中に無造作に置かれていた「割れ目の入ったひと節の竹」……それを見た瞬間、わたしは分かってしまったわ。どうやってこの照明器具サイリウムの着想を得たのか尋ねると、父は悪びれもなく言ったものよ。


「実はうちの所有する竹林で不思議な光る竹を見付けてね。一節だけ光っていたから切って持ち歩いていたんだよ。新素材になるか、新商品の種になるか分からないけど、面白い素材だったからね。それで『帝石と女神の御石』を巡るツアーの下見に行ったときに急に現れたネズミに取られそうになって引っ張り合ったんだ。そしたら光が強くなってね。割ったらもっと光ったかもしれないんだけど、結局ネズミに取られちゃったんだよ。いやー、大分頑張ったんだけどねぇ」


 それを聞いた瞬間膝から崩れ落ちたわ。かぐや姫を研究材料にしようと、帝と取り合ったって……そりゃあ警戒されるわよ!バンブリア家が警戒されるわけよ!

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