第16話 彼女が僕に寄せ、僕が彼女に抱く以上の愛でなければ、この想いを断ち切ることなど出来ない!……ですと?
――翌朝。
ついに卒業祝賀夜会を明日に控えて、かぐや姫ハーレムは解体される見込みも無い。
まだ朝もやのかかる時間に、ハディスは朝食もそこそこに、バンブリア邸を出ようと玄関のホールを足早に横切って行く。
「随分お早いお出掛けですね?未来の旦那様」
オルフェンズの力を借りて、扉前に白銀色の紗で潜んでいたわたしは、ハディスの目の前でおもむろに姿を現してみせる。
ハディスは一瞬ギクリと両肩を跳ねさせたけれど、すぐに立ち直ってこちらに強い視線を向けてきた。随分な嫌われようにちょっと落ち込みそうになるわ。
「僕には行かなければならない所がある。そこを通してくれ」
「お仕事ですか?」
「使命だ!」
希望したこととは言え、随分しっかりと言葉を話せる状態になったものだなぁと感心してしまう。相変わらずハディスから「魅了」魔法の気配は微塵も感じない。なのに、こうも強固に言動に影響を及ぼすなんて……。『かぐや姫』は、わたしが思っている以上にとんでもない人間離れした力の持ち主なのかもしれない。女神って言い伝えられてるのもあながち間違いじゃないかもしれないけど、現状の恋敵を持ち上げるのはどうにも癪だから、わたしは断じて女神なんて認めない!御伽噺の我儘なお姫様よ!
だから目の前のちょっとおかしくなった婚約者と対峙すれば、こんな状態に彼を陥れた我儘お姫様には負けるわけにはいかないとの思いが一層強くなる。こんな状態のハディスに何を言われて折れてる訳にはいかないわ!なんとか現状を打開するために、かぐや姫打倒の具体的改善策に結び付けるヒントを得ないといけないのよ!
こっそりと心の中で拳を握りしめて気合を入れ、会話出来るようになったハディスから情報を得るために、敢えて煽るように笑って見せた。
「つまりかぐや姫のもとへタダ働きで、護衛と云う名目の不貞をしに行くと、堂々とわたしの前で仰るワケですね?」
「不貞などと下賎なものと一緒にするな!これは真の愛だ!!彼女が僕に寄せ、僕が彼女に抱く以上の愛でなければ、この想いを断ち切ることなど出来ない!君は運命を感じたことはあるか!?僕たちはかぐや姫こそが運命の先にある唯一だと信じている!」
「へぇ……」
はっ……まずいまずい。つい、心底不快な声が出たわ。平常心平常心。
情報を聞き出す策略家なのよわたしは!うん。
「なんだその目は!僕は嘘など言っていない。あの場に集うかぐや姫の護衛たる全ての者の脳裏に、直接語りかけられたのだ。『運命で結ばれた皆様の力が必要です、真実の愛が脅かされんとする今、愛の力を見せてください』とな!」
憤然としたハディスにビシリと指差された……。
全然平常心のアルカイックスマイルじゃなかったみたい。くぅっ、高位貴族教育も付け焼刃じゃあなかなか身に付かないものね。
―――けど、有用な情報は手に入れたわ。
「魅了と言うより、『愛』をキーワードにした集団催眠ってところね。催眠術師は、女神かぐや姫……。何かから驚異を感じて身を守る術として元カレはじめ、助けてくれそうな男性たちに声をかけまくったと……ユリアンも真っ青な恋の狩人ね。」
「おい!何をぶつぶつ言っている」
苛立ちを隠そうともしないで、ハディスの顔で怒って来る右大臣。わたしと同じで表情に出るあたり未熟者よね。本当に怖いのは、普通のハディスやオルフェンズみたいに表情から窺えない人達なんだから。
だから、わたしは殊更のんびりと微笑んで小首を傾げてみせると、分かりやすく腹立たしさに顔を歪める。まぁ、それすらレアで楽しんでしまいそうな位には、ハディス自身の時は考えが読みにくい。
この人はハディスじゃない。
オルフェンズが言っていた言葉を思い返す――『火鼠の裘』は、私の母に恋情を抱いた異界の貴公子の魂核が礎になっていますから、魂が混じり合っている赤いのは影響を受けやすいのでしょう――と。
影響と云うよりも、以前に帝がデウスエクス国王の中に入り込んだ時みたいに、憑依された状態だと思っていいのかしら――確認が必要ね。
「有益な情報をありがとうございます。ちなみに貴方の中のハディはどうなっているのかしら?昨日はまだ小さく声を発する元気はあったみたいですけど」
「何を言っている!僕の愛の前に、僕の想いを邪魔する事ばかり訴え続ける『雑念』など不要だ!煩く騒ぐ声など僕の一念で押し留められる」
「別に、残っているんですのね。もう良いですわ、有益な情報をありがとうございます」
「いつまでも僕を見下せるなどと思わない事だ」
優雅にカーテシーをして扉の前を避けると、ハディスはこちらを一顧だにせずに足早に通り過ぎて行った。これからまた王城の中庭の住人になるのだろう。
「さて……と」
――反撃の取っ掛かりが見つかった。
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