第15話 婚約者は反抗期の男子と化す。

 そして夕刻、バンブリア邸には昨日アポロニウス王子が交渉した『帰宅』の約束通り、ハディスが戻って来た。


 昨日と違うのは、王子による交渉の結果、ハーレム構成員だった男性達に意思の発現が見られるようになったこと。勿論、通常に戻ったわけじゃあ無い。かぐや姫に魅了された状態で意思が戻っただけなので、今のハディスは黄金ネズミみかどに敵認定されている人物わたしの婚約者である身の上が、とことん納得出来ないみたいだ。


不満たらたらな表情で帰宅してきた。反抗期の男子か。


「何故僕は愛しいあのお方の傍に永遠に居られないのだろう」


『いや、愛しい人の側には居る……!』


「我が一生の不覚……まさか婚約を結んでいる身であったとは!前世の夢は幻でしかないのか――。火鼠の裘を捧げたあのお方が現れた望外の夢の只中かと思いきや、何と云う悪夢」


『いいや、夢のような現実だ』


「かのお方のお心を得るためならば、僕はどのような困難も乗り越えてみせると誓おう―――」


『君の心を捕えておきたい―――』


 どうやらハディスは、帝とかぐや姫の影響下にあるだけでなく、魔力として引き継いだ『火鼠の裘』を得るために奔走した右大臣阿倍御主人あべのみうしの意思に影響されてしまっているらしい……。しっかり「前世」なんて言葉を使っているし、間違いないと思う。それにしたって現婚約者を目の前に、散々な言い様だ。

 とは言え、所々かすれ声でご本人様と思しき、わたしに向けた甘すぎる言葉が挟まれている。普通の時に聞いたら胸焼けして逃げ出しそうな言葉だけど、今はその言葉に救われる思いがするから不思議だ。ただ、言葉数からいって、本人が劣勢を強いられていることは確かだろう。


 まぁ、意思がしっかりしてくれた分、自力でご飯を食べたり、お風呂に入ったりはスムーズになってくれて良かったとは思うけれど、右大臣には納得できない嫌われっぷりだ。


「そんなハディに朗報がありますわ」

「僕を愛称で呼んでいいのは、真の心を捧げた月の姫君だけだ」

「はいはい!ハディアベス閣下。これでイイですわよね。貴方がそう呼べって言ったってちゃんと日記に書いて覚えておきますよ!」


 話が進まない。まるで恋に恋して黄色い魔力の影響で脳内お花畑になっていた、いつかのメルセンツを思い出しちゃうくらい、今のハディスが痛々しい。いや、ハディスの恰好ではあるけど、こんな自己陶酔した言葉を臆面もなく言っちゃうなんてやっぱりハディスじゃあないわ。だから何を言われても気にしない、気にしない。


「あぁ……何故僕はここに帰らなければならないと思うのだろう!?」


 気にしない……。


「我が身に婚約の言葉が戒めとなって纏わり付いている……なんと呪わしい!」


 気に……。


「真に思う月の君のお側へ行きたい!」


 ――なるわ!その顔で言われたら!

 オリジナルのハディスに似ても似つかない、いつまでもグチグチ言う男に、いい加減苛立ちが隠せなくなって来る。


「だったら契約期間終了を待って、待遇の変更を要求してくださいませ。わたしとハディアベス閣下の契約は学園の卒業祝賀夜会までになっていますから」

「そうだった!僕のこの『枷』は夜会までだった」


 社交での駆け引きはまず表情から。内心を悟られぬよう、心穏やかに、貴族の笑みを崩さぬよう心掛けるのですよ―――と、わたしに何度も繰り返し教えてくれたマナー講師の伯爵夫人に、最初に習ったのはそんなことだったかもしれない。そんな高位貴族教育の成果もむなしく、感情をそのまま抑えきれずに投げ遣りに言ってしまいました。ごめんなさい。


 けど、伝えた言葉に、偽ハディスは目を輝かせてるし。くそう……。


 それはさておき『枷』だけが副音声で重なって聞こえたけど気のせいよね……?まぁ、時間もないことだし、計画を進めるわ!


「嘆いたところで何の実利も得られないのはお分かりかと思います。せいぜい得られるのは同情くらいでしょう。掴み取りたいものは、とことん努力して手を伸ばす。ダメなら他のアプローチを考える。これまでのハディアベス閣下なら出来た事も、今の貴方には出来ないのでしょうかしら」

「何だって!?かぐや姫に存在を認められた僕を侮る気か!?良いだろう、僕の力を見せてやる!」


 髪と同じくらい、赤く顔に血を上らせて、ハディスこと右大臣は荒々しく足音を鳴らして自室に入って行った。

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