第13話 わたしとの出会いは正気を失わせる?濡れ衣よ!なんのことか分からないけど。
いつもの講義室。定位置となっている前方の扉横の席に着くと、程なくスバルとギリムが疲れた様子でやって来た。
オルフェンズは教室に入る前に、文字通り消えてしまった。けど間違いなく滅茶苦茶至近距離には居るんだろう。オルフェンズへの唯一の対抗手段である頭の上の大ネズミは、ハディスがおかしくなるのと同時に姿を見なくなってしまった。もしかすると今頃は、かぐや姫の頭の上かもしれない。
「バンブリア嬢……まさか大神殿主に何かしたのではあるまいな」
「セレネ、うちの兄達に会ったりはしてないよね」
「2人とも藪から棒にナニ!?」
疲れた様子の2人には悪いけど、何かした覚えはないわよ!?
濡れ衣よ!?何のことかはわからないけど、多分ね!
そんな自信のなさが表情に出たのか、2人はじっとりとした視線を向けて来る。
「あの男も近頃は、ちょっとはまともになっていたんだぞ!?それがどうだ、ここ4日間程は神殿業務でも、救護院業務でも全く役に立たない!ふらふらと何処かへ外泊してやっと帰って来たかと思えば、腑抜けた様にボ――――――ッとして、逆戻りどころか悪化している」
「卒業祝賀夜会のために領地を離れられない父の代理で、私のエスコート役としてうちの2男、レヴォル兄様が昨日から王都へ滞在しているんだけど……。昨日、国王陛下への拝謁に王城へ行ってから、どうにも様子がおかしすぎるんだ。あの戦闘にしか興味のない脳筋肉のレヴォル兄様が思い煩って、ため息を吐くんだ!」
全くもって2つとも濡れ衣だった。
けど……ふいに、思い出してしまった。
「ミワロマイレ、様、だったら王城でお見掛けしたわ。確かにぼんやりしていらしたわ」
「やはりバンブリア嬢か!!」
「じゃあレヴォル兄様も、お城で!!」
「待て待て待てぇ――い!わたしをなんだと思ってるの!」
「バンブリア嬢だな」
「セレネだな」
「待って!?それだとわたしだから何か起こるって言ってるように聞こえるわ!?」
「「そう言ってる」」
「ひどくない!?」
全くもって不本意だ。わたしだってハディスが大変なことになって、困ってる。
「まあ、冗談はこのくらいにしておいて」
「スバル!?冗談だったの?」
急な切り替えに、軽い怒りをのせて頬を膨らませながらキッと上目で睨むと、眉尻を下げた柔らかな苦笑が返ってきた。
「あのワイバーン退治の時にセレネに出会って、しばらく英雄譚を語るみたいにセレネの事ばかり話してたから興味は持ってると思うよ。まぁ、兄妹と言えども、それ以上の興味は持たせる気はないけど。……ま、それを差し引いても昨日からのアレは異常かな。だからセレネが原因とはちょっと違うってのは分かってるよ」
「俺は割りと本気だぞ。」
真顔で言うギリムの足の項に、綺麗な令嬢スマイルを向けてから、取り敢えず思い切り踵を振り下ろしておいたわ。
講義時間中の学園内は、無人みたいなものだ。講義室や鍛練場から声は響いて来るのに、廊下を歩いている者は誰一人としていない―――――はずだ。
こつこつこつ
微かに音を潜めた足音が、あちこちから響いて来る。
隠密に慣れない者のだとすぐに分かる、稚拙な身ごなしでこっそりと、いや、潜む気もないのかもしれないけれど―――兎に角、あちこちの講義室から抜け出して来た令息達が、学園と王城を繋ぐ長い渡り廊下を目指して進んで行く。
本来なら、この廊下には城との出入りを管理する扉とそれを護る衛士が常駐しており、王子と側近候補達以外の出入りは厳しく管理されているはずだった。
けれど、今はそこを護るはずの衛士も集中力を欠く様子で、すぐ側をふらふらと通り抜けて行く少年たちの影に反応する素振りはない。
衛士は、自分の職務である「扉の横を通る者をしっかりと検分し、その場に留まる事」に忠実であろうとしていた。けれど、昨日遠くから伺い見た広い庭園に惹かれる思いが、自分でも理解できないほどに強く、気を抜けばすぐにあの場に足を向けそうになる自分自身と必死で戦っていた。
「まさかここまでとは思ってもみなかったな」
「凄いですね。アイドルのゲリラライブに集まった人たちみたい……熱気が無いのが気持ち悪いけど」
結果として、既にかぐや姫の術中に堕ちていたらしい高位貴族の令息達が、学園から王城へと入り込み、この円形庭園へと集って昨日以上の静かなる賑わいを見せていた。
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