第12話 何年何組の魅了使い?

 聞かなくても分かったし、あまりに想像の範囲を越えると、頭って働かなくなるみたい。


 眉を吊り上げたお母様と対峙していた荷運びの商会員が、救いを求めてわたしにすがる視線を送って来る。だからやっとのことで言葉を発したんだけど……。


「……立派な竹ですわね」


 ごめん、わたしも理解不能で、そんな間の抜けた言葉しか出ない。


 オロオロした様子の商人の背後には、ドレスを収めた、漆塗りに螺鈿細工の施されている豪奢な櫃は在る。けどその他に、もっと激しく主張して止まない竹の束を山盛りにした荷馬車が何台も見えているのは何故!?

 うちの敷地に竹で離れを建てる場所ってあったかしらー……?


「返してらっしゃい!」


 わたしが現実逃避している間にお母様が更に混乱して変なことを言い出したわ!


「お母様!?よくお考えになってっ!この竹の青々とした葉をご覧になってください!今から返したのでは鮮度は落ちますし、切りそろえられている現状、元の価格で引き取っては貰えませんわ!そのまま返したのでは赤字になります!!それにこれだけの量の物を購入手配出来るのは、お父様かヘリオスだけでしょう?だったらきっとこれを利用して、有用な新製品を開発してくれるはずです!正しく金のなる木ですわっ」

「はっ……!!そ・そうね、私もどうかしていたわ。原価割れなんて冗談じゃないわ。新規開発品のタネ……いいえ、竹ですものね。ええ、分かったわ。引き取ります!」


 お母様が落ち着きを取り戻すと、そこからはテキパキと荷降ろしの場所を指示し、ついでに屋敷の使用人からわたしやお母様も総動員で、玄関先にすでに積んであった竹束も併せて移動させたりと、想定外の大騒ぎになった。


 お陰でわたしが登校する頃には、竹工房と見間違える有り様だった玄関ホールも、元の様子になった。けどドレスを見る時間はすっかり無くなってしまった……。





 ぐったりと肩を落として、学園の玄関前に立ったわたしに軽やかな足音が響く。


「ちょっと貴女!――って、あら?いつもの美形が2人も足りないわね。何よ、ついにあんたも愛想を着かされちゃったワケね」


 ヒロインっぽく容貌を偽装しているのに、ニヤリと口角を片方だけ引き上げて、あくどい笑顔を浮かべるのはユリアン。わたしの状況を大声で推察するのは止めて欲しいわ。登校中の学園生達の憐れみの視線が……って、違うわね。


「生徒会長がお一人で――!」

「おい、お前、声かけろよ」

「まさかのチャンスっ!今なら話せるかな!?」

「もしかすると卒業祝賀夜会のパートナーを、受けていただける好機なのではっ!」


 令息達のどこか弾んだ声が、結構大きく響く。


「まあ、護衛を想い人1人に絞られたんですのね」

「ナイト達に護られた生徒会長も華やかでしたが、お二人で佇むご様子も1対の絵画のようで溜め息が止まりません……ほぅ」

「弟のヘリオス様も、お2人に気を遣われていらっしゃるのね」


 令嬢達も何か思い違いをしている……

 婚約者は隣に立つオルフェンズじゃないし、ヘリオスはお父様と一緒に工房に引き籠っているだけだ。

 ふと隣を見上げれば、アイスブルーの瞳が細められてとてもイイ笑顔が返ってきた。くぅっ、オルフェンズ!銀髪が青空に映えてイケメン度が増してるわ!


 そしてわたしの心拍数の上昇につられるように、周囲の令嬢からは「きゃーぁ」と云う華やかな悲鳴が上がり、令息からは「はあ゛ぁ―――ぁぁ」と重苦しい溜め息が漏れる。なんだこの反応は!?


 悲喜交々に盛り上がる一群の横を、無表情に、朦朧とした足取りで通りすぎて行く令息も複数人見られる。


 わたしの視線につられるようにそちらを見たユリアンが「あれ?」と呟くと小首を傾げて不思議そうに目を丸くする。


って、あんたへの恋煩いって訳でもなかったのね」

「なによそれ」

「何日か前からカインザ様とか、何人かの令息の様子もおかしいのよ。それも高位貴族で、養子でもない正真正銘の獲も……魅力的な方々ばかりね」


 獲物って言おうとしたわね。

 まあ、安定の女豹発言は置いておくとして。高位貴族って言えば、王城への出入りが許される家柄。その実子の令息ばかりの様子がおかしいですと?


「嫌な予感がするわ」

「やっぱり?あんたでもなく、あたしでもないなんて……くぅっ!一体どこの魅了使いよ!何年生よっ!」


 いや、そうじゃない。半分当たってるけど着地点が違う――そう言おうと思ったときにはもう、ユリアンは「キイィー!」と奇声を発して校舎の中へ走っていってしまった。

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