第11話 プランAの「あーん」からプランCの鼻摘みまで、各種取り揃えてますからねっ。

 サンドウィッチは、わたしの渾身の手作りだ。油でカリッと揚げた柔らかなカツに濃厚なソースを掛けて、シャンキリしたレタスとともに、薄くマスタードとバターを塗った食パンに挟んである。我ながら会心の出来だ。

 カツサンドから漂う、いい香りが部屋に満ちるけれど、ハディスは何の反応も示さない。


「まぁ、想定内だけれど……これもしっかり日記に書いておかなきゃね」


 小さめに切っておいたサンドイッチを一つ摘まんでハディスの形の良い口元にそっと持って行けば、無表情のまま静かに薄く唇が開く。


「よかった。こじ開けなきゃいけないかと思ったけど、これならプランAで行けるわ!」


 ちなみにプランはCまである。微塵切りと、鼻つまみの2案だ。

 静かに開いた口元に、ぐっとサンドウィッチを押し付ければ、お腹は空いていたらしく次々と皿の上のサンドウィッチが消えていった。


 あの円形庭園で働いていた魅了?の力は強すぎる。4日前に、わたしが王城から帰った後くらいから、立ち寄った者がその場から動かなくなる変異が始まり、翌日には御石ハーレムは20人に膨れ上がった。異常を感じたデウスエクス国王は、その日のうちにハディスを始めとした騎士団を送り込んで事態の収拾と、原因の解明を図ろうとしたのよね。

 他の人たち同様に動けなくなった10人の騎士団員の話は、どこか朦朧とした様子のハディスから直接聞くことができたけど、翌日もう一度あの場所に足を運んだハディスは、そのまま帰って来なくなってしまった。


 これ以上飲まず食わずだと生命の危険があったから、こうして人形みたいな状態でも生命活動を再開できるよう取り計らってくれた王子には感謝している。


 けどねー。婚約者をこんな状態にされて黙っていることは出来ないのよ。黄金ネズミと「竹」は、近いうちに何とかするつもりよ?


 けど手がかりやヒントが何もない……



「悔しいなぁ。帝とかぐや姫は一体何がやりたいのよ。ハーレムの再現なんかしちゃって」


 ぼやいた言葉は、再び何の物音もしなくなった部屋の暗さに融けて消えた。







 空がようやく白み始めたころ。


 ぱっちりと目の開いてしまったわたしは、またしてもとんでもないトラブルに巻き込まれている時だと云うのに弾む気持ちを抑えきれず、自室を落ち着き無くウロウロ歩き回っている。まだだと分かってはいるけど、待ちきれずに窓の外をちらちら窺ってしまう。


 どうしてそんなことになっているかと言えば、明後日に卒業祝賀夜会を控えた今日は、朝早くから特別に仕立てたドレスが届くことになっているからだ。


 ハディスと一緒に考え、商会お抱えの職人たちが腕によりをかけて生地の製作から縫製、刺繍、装飾に至るまでを仕上げた、思い入れも品質も最高の逸品だ。

 王立貴族学園への登校時間前に届くとのことで、配達を待ちきれないわたしは、いつも以上に早くに目が覚めて、じっとしていることが出来ずにいる。お母様に見られたらきっと「淑女としての品位に欠けますよ」なんてお小言確定だろうけど、そわそわするのは仕方ないじゃない?

 だってこの時間に見なかったら、学園後に王城での高位貴族教育にも行くことになっているから、次に時間が取れるのは夜になってしまうんだもの。


「問題だらけのこんな時だから、せめてドレスを楽しみにする気持ちは大切にした方が良いと思うのよね!」


 静かな部屋に向かって大きな独り言を口にしてみる。ワクワクと何かを楽しむ気持ちは、前向きになろうとする背中を、優しく押してくれる。

 今年こそは楽しもうと思ってた卒業祝賀夜会!なのに、かぐや姫と帝のお陰で、通常参加どころか開催自体が危ぶまれるんだもの。

 婚約者が文字通りの『女神』にうつつを抜かして、エスコート無しになるのは勿論、あのハーレム被害の拡大スピードを思うと、もっと大きな騒ぎになりそうなのよね。


 集団婚約破棄騒ぎとか?まぁ、それはないだろうけど――――。



「何です!?これは!!何を持って来たんです!?」



 ガラガラ、ゴトゴトと幾つもの荷馬車の立てる重く乾いた音が、想像よりも多いからおかしいな?とは思っていたのよ。そんな中、響いてきたのはお母様の大声だった。


 まさかドレスに異常事態が!?と、部屋から飛び出して、一足飛びに階段をかけ降りる。目指すは荷物の届いている玄関ホール。身支度は……待ち時間が長すぎて、とうに済ませてるから大丈夫。


「お母様っ!わたしのドレスに何か―――」


 続けるつもりの言葉はピタリと止まった。

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