第10話 まるで恋煩いしている乙女みたいね?

「まぁ、お嬢様!ハディアベス様も今日は一緒にお帰りになられたのですね!!ようございましたっ」


 バンブリア邸の玄関で、メイド長のメリーが、弾んだ声でわたし達を出迎えてくれた。


「仲のお宜し過ぎるお2人の仲違いに心配しておりましたのよ。恋人同士の喧嘩は仲を深めるとは言いますけど、外泊は宜しくありませんものね。無事仲直り出来てよろしゅうございました」


 昨日ついに円形庭園から動こうとしなくなり、そのまま朦朧と座った状態で夜を明かしたハディスは、メリーの認識では「喧嘩の末の外泊」だったみたいだ。アポロニウス王子の説得に応じた黄金ネズミ達が、庭園に集まっていた男達に何か術を施したらしく、帰る場所の在る者は、全員が夜の間その場所へ戻ることが出来るようになった。

 ハディスも例外なく、地面に縫い留められてるんじゃないかと思うくらい、押しても引いても動こうとしなかったのが、こうしてすんなりとバンブリア邸に来ているんだから不思議だ。


「ハディアベス様、お帰りなさいませ。お荷物を―――」


 珍しく在宅していた執事がハディスに恭しく手を差し出す。けれど、それがまるで目に入らない様子でハディスは無言のまま自室に向かう。その反応に執事とメリーが気遣わし気な視線を向けるけど、王城の厄介な問題は漏らすわけにはいかない。だからわたしは苦笑しつつ「まだちょっと継続中なの」などと適当な言い訳をして、メリーの「喧嘩」説に乗っかっておいた。


「4日ぶりね。貴方もお帰りなさい。貴方が居るってことは、お父様も帰って来ているのね」

「はい。お戻りになるなり、書斎兼工房にお籠りになっておられますけれどね」


 父と共にあちこちを飛び回って事業を手伝ってくれている執事は、悪戯っぽく玄関脇に積み上げられた竹の山に視線を向けて苦笑してみせる。


「うわ。色んな種類の竹ばっかり……よく集めたわね」


 わたしの胸ほどの高さに積み上げられた、3メートル程で切り揃えられている多種多様な竹の束・束・束……。中途半端に割ったものまで置いてあるから、広く上品だった玄関ホールが、どこかの竹細工工房みたいに見えて来る。


「お父様は竹に夢中のご様子ね」

「はい。ヘリオス坊ちゃんも巻き込んで、昼過ぎにお戻りになってからずっと工房から出て来られません」


 まぁ、素材が複雑なものでもないし、さすがに2日間ほど籠ったら出て来るわよね。その日なら、わたしの卒業祝賀夜会前日だし。家族揃っての参加のためにも、出てこなかったら無理にでも引っ張り出すけどね。


 けど、今は嬉々として作業してる姿が目に浮かぶ、お父様とヘリオスよりも、もっと様子を見なきゃいけない人がいるのよ。




こんこんこんっ


 リズミカルにノックするけれど、室内からは何の返事も無ければ物音ひとつ響いて来ない。

 帰宅してからあまりに静かなハディスを心配した使用人達の訴えを聞いて、わたしはバンブリア邸に設けられたハディスの部屋を訪ねている。


「ハディ?入るわよ」


 王城に居る時から、帰路歩いている間もずっと、心ここに在らずといった様子の彼だ。

 扉を開ければ、日が暮れてすっかり暗くなってしまった室内で、窓際に寄せた椅子に静かに座って身動ぎ一つしないハディスのシルエットが目に入った。

 眠っているのかと思ったけど、朦朧として何も映していない瞳は開いており、一心に窓の向こうの景色に目を凝らしている。考えなくても分かる。その視線の先には、微かに王城の尖塔が在る。


「まるで恋煩いしている乙女みたいね」


 皮肉気な声音になってしまったけれど、本人からは何の反応も返らない。


「昨日から何も食べていないでしょう?これ、軽食だけれど持って来たから……反応なし・か」


 ダメだなこれは。置いておくだけだったら、絶対に食べないやつね。

 じゃあ、作戦開始するとしますか。


「ハディ?わたし、日記を付けておくことにするわ。思い切り今の貴方に尽くして、何をしたのか事細かに記しておくの。」


 遠くの景色しか瞳に映していない婚約者の顔を、体を屈めて覗き込む。いつもは余裕ぶった笑みが返って来ていたのに、今は眉ひとつ動かない。


「名付けて『抵抗出来ないハディを今のうちに構い倒してあとで日記を読み聞かせて羨ましがらせる作戦』よ!ふふ、正気になった貴方がどんな反応をするのか今からとっても楽しみだわ。どんな時も前向きに、実利を追求するのがわたしのモットーだもの。ハディの余裕の笑顔を崩せるアイテムが手に入るまたとないチャンスにするって決めたわ。まず一つ目の悔しがりポイントはこれよ!」


 わたしはハディスの傍に、料理長と共同でつくったサンドウィッチを乗せた皿を片手に立った。

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