第8話 まさかの敵対相手になってしまったわ。

 アポロニウス王子は何度ほっぺをむにむにしても目を開けてくれない。周りの人達ハーレム構成員は見てるようで何も目に入っていないから、不敬かな?と思わないでもないこの意識確認もノーカンだ。うん。王子に何かあった方がまずいから、とにかく意識を取り戻してもらわなきゃね!それから身体におかしなところが無いか、直接確認するまで安心できないわ。


「アポロン様っ!」


 さっき微かに声を出してたから、ちょっと安心してたのに目を開けてくれない。もしかして結構大きなダメージを受けてたりする!?って、ここへ来て嫌な予感がムクムク膨れ始めてきた。どうしよう、わたしとムルキャンを止めようとした王子の身に何かあったら―――!!


 も・一回っ!


「……っっ!」


 ぐっと頬を挟む両手に力を入れたところで、何かの視線を感じて息を飲む。


 けど周囲に居るのは、相変わらず虚ろで、恍惚とした表情の男達ばかりだ。彼等からは意識らしいものを感じない。

 円形庭園は回廊以外からは覗くことができないのに誰も見当たらないし、いったい誰がどこから見ているのか全然分からない。


『ぢゅ』


「へっ……!?」


 間の抜けた声が出たのは仕方ない。だって、現れたのはいつもの緋色の大ネズミじゃあなく、それとはそっくりだけれど全く異なる黄金色の小ネズミで、出て来た場所も想定外の場所だったから。


 黄金ネズミは『女神の御石』の天辺から地面に向かって真っすぐ入った割れ目から、ちょろりと顔を覗かせている。天の岩戸が微かに開いて天照大神が外界を覗き見たあのシーンみたいに、細い裂け目から眩い光が漏れ出ているからすぐに分かった。


 ネズミーズとはそっくりだけれど、違いを主張する黄金色に輝く小ネズミが、薄く開いた石の隙間から覗いている。

 無駄に神々しいネズミね……。


 けど、このネズミは絶対に只者じゃあない!この石が卵の殻みたいに薄っぺらいならこの状態は解る。けど石は2つとも、しっかりと断面も詰まった塊で、殻状にはなっていない。実体が収まるスペースが無くて、立体映像ホログラムみたいに溶け込んでいるんだもん。だから尚のこと、このネズミは普通じゃないって分かる。しかも手にしているのは光を放つ「竹」の一節。


 かぐや姫の身体が変化した『女神の御石』の中に潜んでいる、御伽噺みたいに光る「竹」を持った、「帝」みたいに黄金色に輝くネズミなんて、絶対何か重要なキャラクターよね!?見逃したらダメなヤツよね!?


「あなた、何者なの!?」

『ぢぢぢぢ!!』


 大慌てで黄金ネズミは石の中に戻ってしまった。


「ごめん!びっくりしたんなら謝るからっ!!もいっかい出て来てくれないかな?ね?ね?」


 女神の御石の裂け目に顔を近付けて猫なで声を出してみる。いや、ネズミ相手だから猫はダメかしら?


「何をやっているんだ?セレネ嬢……ネズミの真似か?」

「ひゃぁっ!!」


 アポロニウス王子がいつの間にか回復してた!よかった――、けどタイミングが悪いわ!


「ネズミではなくてですね!いえ、ネズミではあるんですけど、わたしがネズミなのではなくてっ」

「いいから落ち着け、そこのネズミ?も呆れているみたいだぞ」


 王子がわたしの背後の女神の御石を指差す。


「ネズミ!?」


 ぐるんっ、と勢いよく振り返ったのに、裂け目の奥に隠れようとする黄金ネズミの尻尾しか見えなかった。


「ネズミちゃーん?怖くないよー?出ておいでー」

「セレネ嬢、それ以上『女神の御石』に近付くな」

「なんでですか?!このネズミは絶対に、この変異の重要参考キャラですよ!」

「分かっている。分かっているが、セレネ嬢が近付くたび何故か黄金ネズミがピリピリとした気配を発しているし、竹から怯えに似た気配が漂ってくる。それだけじゃなく、それに呼応して広場の者たちの様子もどこかおかしい……」

「え?」


 さっきと同じく、裂け目をのぞき込もうと四つん這いになっていたけれど、王子の深刻そうな声音にハーレム構成員たちを見渡せば、全員の視線が意思を持ってこちらに注がれている。しかも、わたしを悪者と捉えているのがしっかりと解る険しい顔付で。


 ハディスまで―――!!!


「なんでっ!?わたし何もしてないよね?」

「いや、多分セレネ嬢がそのネズミ達に詰め寄ったのがきっかけだ。ネズミが隠れたところで急に男たちの反応が変わった。この場所の変異の原因は間違いなく『女神の御石』の中に隠れる黄金ネズミと、光る竹が原因だと思うが、このまま焦って詰め寄れば、私たちが周りの者達から何らかの危害を加えられるとみて間違いなさそうだ……。言うなれば、ここの男たちはネズミと竹の護衛だ」

「へぇっ!?」


 わたしの護衛が、護衛じゃなくなって婚約者になると思ってたら、まさかの敵対相手になってしまったわ。


「ハディの馬鹿……」


 ぽろりと唇から零れた言葉は、思った以上に弱々しく響いた。

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