第6話 手の届かない相手に恋した男達は、渾身の宣言を無視する。

 自信に満ち溢れている顔を向けたはずなのに、何故か王子は笑顔を強張らせる。いや、ホント何で。


「聞いて驚いて!取り敢えず、この御石ハーレムの元凶とサシで対決するわ!」

「石と……か?」


 王族教育の賜物な笑顔だけれど、口調で困惑が隠しきれていないわ。まだまだね、アポロニウス王子。


「そうよ。正確には『かぐや姫の遺骸』よ。生きていないのに未だ男性陣の恋情を一身に集めて、混乱を作り出すなんて、どんな魔物よりもたちが悪いわ!何より他人の婚約者の気を惹いておいて、ただで済むとは思わないことね!」


 乙女ゲームの悪役令嬢の様に、びしり!と女神の御石を指差す。

 決まった……!と、ちょっぴりだけ自分に酔いしれそうになる。けど、結構な声量で話しているにも関わらず、誰一人として反応してくれないから瞬時に頭が冷えてこっぱすかしくなった。

 寸劇『手の届かない相手に恋した男』第87幕の直後に、高齢男性のおまけの一公演があったところだから、ここには88人の男の人が居るはずなんだけど、まさかここまで徹底的に滑り倒すことになるなんて……くっ。


「まぁ、冗談はこのくらいにしておいて差し上げるわ」

「誰に言っている?それに冗談だったのか?」


 芝生広場のあちこちに居座る男たちの間をすり抜けながら、女神の御石に向かうわたしの背後を追って来るアポロニウス王子に突っ込み属性がついた。相変わらず周囲からは何の反応もない。男達は、石以外には清々しいまでの無関心だ。



 野球場かコロッセオくらいの広さの円形庭園の中央、ハーレム構成員最前列よりも内側に進み出て振り返れば、あどけなさの残る少年から壮年の男性まで、見事に多様な男たちが勢揃いしている。幸いに、一般公開前だったから被害は王城に関わる人間に限定されていたけれど、それでも少なくはない。虚ろな表情はどこか恍惚としていて、薬か魅了術に溺れている人間を彷彿させる。


「ここに居る人達の中に、奥さまや婚約者、それに恋人がいる人はどれだけ混じっているのでしょうね。その女性たちをないがしろにする、貴女の力は到底認められるものじゃないわ。」


 まずはにっくき女神の御石に宣言する。けど、そ知らぬ顔で静かに佇んでいるだけの石に、だんだん苛立ちが増してくる。石だから仕方ないけどね!


「何より、浮わついた感情だけじゃなく実理も伴った理想の相手が折角現れたのに、横からかっ攫うような悪徳商人も真っ青な真似をしてくれて!バンブリア商会が誇る敏腕オーナーの一番弟子であり、娘でもあるわたしが黙っていたとあっては、商会を弱腰と侮り、利益を奪う相手を見逃す臆病者と謗られることにも繋がるわ!!だからこそ、断固としてわたしは戦います!ハディの気を引いたかぐや姫あなたにただ腹を立てている訳じゃないんだからねっ」


 まずは、これだけの男の人を引き付けるを弱めないと!どう云う訳か『魅了』の魔力が働いている気配は微塵も感じられないんだけど……。でも、これだけの影響が出ているからには、何も無い訳がないんだから!!


「そんな訳でわたしが『強化』しますから、アポロン様は『弱化』してください!!」

「ん?うむ……?」


 本当の気持ちじゃなかったとしても、魔法の効果だったとしても、ハディスに余所見なんてされたくないし、黙って耐えるなんて出来る気がしないし!

 なら、そんな訳のわからない効果、消しちゃえばいいのよ!


「アポロン様!お願いします!!」

「あ、あぁ……」


 どこか困惑気味だったけれど、アポロニウス王子の全身から黄金の魔力が立ち昇る。わたしはその黄金の輝きに自分の魔力を混ぜ合わせて、呆けたままの88人の男性陣に向けて「広がれ!」と念じる!!


 パンッ……


 軽い炸裂音が鳴って、男性陣の一列目あたりまで広がっていた、わたしと王子の魔力が霧散した。


「なんで!?かぐや姫に妨害されたの!?」

「やっぱりそうか。セレネ嬢、御石の力ではないぞ。今のは単にセレネ嬢と私の魔力が相殺し合っただけだ」

「ほっほっほぉ―――ぅ!考えなしの小娘は、やはり間の抜けたことをやりおるわぁ――!」

「んなッ!!その話し方は、ムルキャン!?」


 いきなり思いがけない相手から嫌みったらしい言葉を向けられた。わざわざ声の主を探さなくても誰だか分かってしまう。その程度には、因縁のある相手だ。


「相変わらず淑女に対して失礼な奴ね!貴方、森の守り人になったんじゃないの!?なんで王都に出張してきてるのよ!!」

「むっふぅ、よくぞ聞いた!は小娘の主張の激しい魔力とは違う、静かなる月光のごとき魔力に惹かれてやって来たのだ!そして我が君と共に在るのは、我の必然だからなぁ」


 んん?我らって?

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