第3話 帝石と女神の御石が祀られる長閑な?庭園。

 わたしと王子の視線の先には、嘗て帝石が置かれていた円形庭園の跡地が広がっている。


 かぐや姫降臨以前は、帝石より発せられる強力な魔力によって、黄金の魔力と神器の継承者以外の只人の接近を悉く拒んでいた場所。けれど、今はその結界じみた力も消え、誰もが近付ける様になった。更にとある偶然の事故帝石暴発の影響で、その場を取り囲んでいた頑強な壁までがボロボロになっていたのだけれど……。事故の関係者が心の広い人たちばかりで良かった――じゃなくて、うん、あれは偶然が重なった事故なのよ。

 その後、迅速に施された改修で、そそり立つ壁は大きな開口部を幾つも設けた解放感ある作りへと変貌した。等間隔に設けられた大人の背丈よりも大きなその内外を繋ぐ切れ目からは、見る気がなくても、庭園の様子がよく分かる。


 改築前は、荒地さながら剥き出しの土に覆われ、ぼこぼこと乱雑な起伏がついていた場所。今は、芝生が敷き詰められたなだらかな広場となっており、その中央に祀られる事となった2つの黒くすべらかな大石が寄り添って佇む。


「パッと見には休日の午後の長閑なひとときを、のんびりと楽しむ微笑ましい光景なんですよね」

「だが、今日は休日ではないし、朝だし、なんならここにいる殆どの者達は仕事を放り出している。それが数日に亘っているのだから業務も滞り、大変なことになっているのだがな」


 あ、王子の笑顔が黒いわ。これは大分この騒動での煽りを食っているわね。


 わたしたちの視線の先に広がる芝生広場には、何人もの騎士や文官が座り、あるいは寝ころんでいる。ただ静かにその場に在る彼らは、眠っている訳でもないし、たまたま休憩をここでとっている訳でもない。恍惚とした表情で、この円形庭園の空間に身を置くことに満足感を感じているようだ。

 王城で新たな商売のヒントを得たからと言って、帰宅もせずに素材採取に出掛けたきりの、仕事熱心すぎる父と足して割ればちょうど良いと思う。


 わたしと、隣に立つアポロニウス王子はここへ来てもそんな充足感を感じないから、彼らの気持ちは一片たりとも理解出来ない訳で。2人で顔を見合わせて苦笑するしかない。


 遠くから、誰かの忙しい靴音がカツカツと響いて来た。足音の主は年若い文官だ。


「なんで私みたいな下っ端に全部の決済が回って来るんだよ!先輩たちは登城しているはずなのにっ」


 ぶつぶつ文句を零しつつ一心不乱に足を動かす彼の眼の下には濃い隈が居座っている。


「どうした?お前の所属する法務部はここから随分離れているはずだが?」

「え――――は!?はっ!!これは御前をお騒がせしてしまい大変申し訳ございません!!アポロニウス王子っ」


 ふいにアポロニウス王子が話し掛けるものだから、文官の青年の慌てようったら無い。気の毒なほど恐縮して、顔色の悪さも相まって今にも倒れそうだ。―――っておや?


「貴方は、バンブリア商会うちの商品を御贔屓にしてくださっているのね。ありがとうございます」


 青年の全身を包み込んだ薄黄色い魔力に気付いたわたしがそう声を掛けると、それまで憧れの人を見る目で王子の事を見詰めていた青年が途端にきょとんとした目を向けて来た。


「は……い?え?えっと、貴女様は?……うち、の商品?」

「あぁ、セレネ嬢。彼の纏ったごく薄い魔力の色を読み取って、その理由をすぐに察する事が出来るのは流石なんだが、それでは初対面の相手は君がそこまで察して話しているとは気付かないぞ?」

「そんなものですか?」

「あぁ。一般用ドリンクで現れる色はごく僅かだからな」


 ふむふむ、そんなものなのね。けど、どんなに薄い色でも、わたしの平凡な商会ライフが大きく変化する元になった因縁の黄色を見落とす訳がない。まぁ、今はバンブリア商会と王都中央神殿との業務提携で、『御仏の鉢』の魔力の特質である『持久力』に作用するドリンクを作る縁にはなったけど。

 ちなみに、一般に流通させているのは、以前に占術館の騒ぎでとんでもない効果をもたらす「聖水」として扱われた時や、魔物の大量発生に対抗するために戦闘員に配った時よりも、かなり薄めて効果を弱め、疲労回復のためのスタミナドリンクとしたものだ。これが今では、忙しい働く人々の人気を集めている。

 なので、目の前のこの文官の青年も、仕事に追われる人間の一人なのだろう。


「ごっ……ご無礼をいたしました!!」


 わたしの正体に気付いたらしい青年が、ただでさえ悪い顔色をさらに悪くして、勢いよく頭を下げた。

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