第2話 アポロニウス王子に気遣いさせてしまう近況です。
何だかんだあって、しがない男爵令嬢だったわたしは当初の婿取りの予定からは大きく人生設計を外れて、公爵位を賜ることとなったハディスと婚約を結ぶことになった。
ただ、王立貴族学園を卒業するまでは護衛の立場としてわたしに接するとの「契約」があるから、逸脱することは許さないとの父弟の頑固な反対に合い、今はまだ護衛と護られる側の節度を持った関係は継続中だ。
お陰で糖度控えめな婚約者生活を送ることになっている……。思い切った決断をしたつもりなのに、これまでと変わらないなんてちょっぴり物足りないわ。
けどだからと言って商会を発展させることを諦めたわけじゃあない。むしろハディスのプレゼンにあった通り、男爵位のままよりも、公爵位での販促活動によって得られる利益の方が大きくなると判断したからだ。最低位の家格から自力でコツコツ積み上げて行くのが堅実で実直で好感が持てる……なんて云うのは現実を見ないただの綺麗ごと。一番は利益なのよ。コツコツ積み上げる時間と、好きな人に引かれて一足飛びで地位を得るのにかかる時間……その2つを利益の天秤にかけたら、断然後者が有利。一気に高位に上り詰めて販路開拓した方が、ずっと生涯利益が大きいわ!
……まあ、ここぞと云う時に現れたり、さり気無く見守ってくれてたり、ちょっぴり頼りなくはあるけど、それでも背中を守ってもらうならこの人だとか、へにゃりとした作らない笑顔が良いとかっ、それとかそれとか……――――!
そ・そんなのは些細なことで、単にハディスと一緒が都合が良いってことよ!
「選ばないなんて選択肢は有り得なかったもの。だから、学園を卒業したのにまたお勉強しなきゃいけないことくらい、とるに足らない苦労なのよ!うん」
「熱烈な告白だな。私を友人と思っての戯れ言だとするなら、他の男のことであっても微笑ましいものだ」
ふいに隣から響いた声に、無意識に両肩と心拍数が跳ね上がった。まずい!ここ最近1人だったから油断してたわ。
「アポロニウス王子……!申し訳ございませんっ!まさかそんな……どこからどこまで声に出ていたんでしょう…………失礼致しました」
「いやまぁ……事情は分かっているから、気にするな」
しおしおと俯けば、どことなく申し訳無さそうな王子の声が伏せた頭の上から掛けられた。何だ、珍しく慰めようとしてくれてるのかと思えば、目があった途端、圧のある笑顔がむけられている。
「それより呼び方」
「……そういうお方ですよね。アポロン様」
「うむ、それで良い。これから身内になるのだからな。気安くあってくれても良いと思うのだ」
気安くあれという人間が「圧」を掛けたりする?いや、しないよね……。そう思うと同時に、一応気を遣ってくれているんだろうな、とも思う。それは、王族と婚約をするにあたって、高位貴族や王族にかかる教育を受け始めたわたしに、こうしてアポロニウス王子が付き添ってくれることからも明らかだ。本当なら、王城へ毎日のように通い詰めて……いや、ついに昨日からは泊まり込んでいるハディスが居るはずなのに……。
まぁ、今日の付き添いは、いつものお勉強とはちょつと違う目的なのだけれど。王子と待ち合わせた今日以外でも、ハディスがついて来なくなってから、何かと気に掛けてくれているのは本当だ。
わたしと王子は、王城の広く長い廊下をゆっくりと進む。常とは異なり擦れ違う男性官僚や騎士の姿は、まばらだ。
王城内は4日前に父テラスと共に訪れた時と比べ、随分と閑散とした印象を受ける。流行り病や、城外での多事多端に追われて、城で働くものが少ない訳じゃあない。だって父の登城理由は、城内の新聖地『帝石と女神の御石』を巡るツアーを企画する様、デウスエクス国王から要請を受けたからだもの。繁忙期にそんな酔狂な依頼が来るはずはない。
ちなみにその日、父とは、登城して入り口までは一緒だったけれど、わたしは婚約に向けての短期集中講義を受ける為に、すぐに別行動になっていた。なんと、その後父は『新しい商売のヒントを得たから、元になる素材を採取しに行く。どんな閃きがあったかは、帰ってからのお楽しみ!』とのメモを、王城使用人からわたしに手渡るよう手配して、そのまま卒業祝賀夜会前日までわたしの前に姿を現さなかったのだけれど……―――。まぁ、それは別の話。
目的地である、嘗て帝石が置かれていた円形庭園の跡地へはすぐに辿り着いた。そこには、予想通りの異常な光景が広がっている。
「今日も皆さんお揃いで……」
「あぁ、日に日に増えて行くな」
女神が消えてもトラブルに巻き込まれるのは変わらなかったみたい。
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