【後日譚】 卒業祝賀夜会の婚約破棄再び!巻き込まれヒロインに安息の時はない!

第1話 婚約破棄、再び!!なんてさせませんから!

 ちょうど一年前の出来事を寸分違わずなぞるように、その声は響き渡った。



「僕は真実の愛を見つけたんだ! 僕たちの婚約を破――」


 ばしゃっっ



 王立貴族学園の卒業祝賀夜会の場。

 この世界の最高神である月の女神の神話から、女神が荘厳に光を纏い月へと昇る場面が、天井いっぱいに描かれた華やかなダンスホール。


 高らかに婚約破棄を告げかけたのはメルセンツではない。


 鮮やかな赤髪から更に赤い液体をぽたぽたと滴らせた青年――そう、わたしの婚約者、ハディスだ。

 対峙するわたしは、ほんの一瞬前まで並々と赤ワインの入っていたピッチャーをハディスに傾ける形で静止している。もちろん中身は今ハディスの髪から滴っているアレだ。


「ご不快でしょう。灰塵と致しましょうか?」


 心底楽しげな声で、何も乗っていないシルバートレイを片手に、給仕係の衣装を纏ったオルフェンズが耳元でささやく。密着度の高さと、彼特有の危険な妖艶さに、一部のご令嬢がよろめくのが視界に映るけど、今はそんなことどーでも良い。

 空になったピッチャーをオルフェンズに返したわたしは、大きく目を見開いて呆然とわたしを見詰めるハディスの顔を下から覗き込む。


「ハディ?これでちょっとは正気に戻ったかしら」


 にこりと微笑んで小首を傾げれば、やがて紅色の瞳が揺れて、へにゃりと眉根が下がる。


「あぁ……僕は、そうか何てことを言ってしまったんだ」

「言わせませんでしたけどね」


 弱々し気に呟くハディスだけど、未遂で済んだことだけは一応伝えておく。まぁ、ショックは消えないだろうけど、気休めにはなるだろう。


「言質が取れなくて残念ですね。決定的な一言さえおっしゃっていただけたら、私はすぐにでも桜の君をお連れ致しましたのに」

「オルフェ、貴方わたしの護衛なのに拐かす気満々なのはおかしいと思うのよ?」

「利益のため、好機を逃さず動くべきだと桜の君より学びましたが、違いましたか?」

「間違ってないわね」

「認めるの!?そこ、認めちゃダメだからね!?銀のが言う好機って、セレを拐って何百年も拘束することだからね!?僕がちょっとの間、正気を失っただけで物騒な話を進めるの、やめてよねーもぉー!」


 2人との気のおけない遣り取りも、約一週間ぶり……。内容はアレなのに、ついホロリとするような感慨深さを感じてしまう。

 くつりと笑う気配がしてその主を見やると、アイスブルーの双瞳がピタリとこちらを捉えていた。


「桜の君の御心に呼応して赫々と煌めく花弁が、ようやく戻って参りましたね。何よりです。貴女はそうやって笑んでおられるのが一番良い。こんな迂闊な男でも、貴女の役に立つことがあるのですね」


 いつの間にか、口許が綻んでいたみたいだ。オルフェンズに言われてようやく、ハディスがおかしくなってから張りつめていた気持ちが、こんな些細な遣り取りだけで解れていたのに気付いた。


 そして、ぐるりと周囲を見渡せば、ここだけでなく、ホール内のあちこちで婚約破棄と婚約解消の申し出による騒動が繰り広げられている。

 そのどれもが令息からご令嬢に向けての一方的な宣言で、令息の真実の愛の相手は何れのペアの元にも存在していない。


 ――婚約破棄のバーゲンセールなの?なんのお祭り騒ぎだって言うのよ。ったく我儘なお姫様のせいで……。


 そしてわたしは3日前の出来事に思いを馳せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る