第148話 御伽噺のお姫様が女神をやっている様な、ふざけた世界に転生させられたけど 、今を生きるわたしはとことん実利を求めて進み続けてみせる!
突然のプレゼンを提案して来たハディスが堂々と話し出した。
「セレが僕と一緒になっても、君の仕事は続けて構わない。ということは、バンブリア商会は公爵家の後ろ盾を得ることになり、今まで取引することも出来なかった高位貴族との商売も可能になって、国内シェアどころか売上額はこれまでの比較にならないほどに伸びるだろう。さらに、公爵夫人となった暁には、国内外要人との関わりも増えて販路はますます広がりを見せる。爵位を得た君のもとには名のある職人もこぞって手を貸すだろう。職人技とセレの発想力が合わされば、創り出される商品はこれまでとは比べようもないほどの進化を遂げるかもしれない!」
――ちょっと待って!?おいしすぎるわ!
「まぁ、逆に良いものでなかった場合の悪評は、より辛辣に権威を持つ君を襲うことになるのだろうけど。どちらにしても、セレネと云う個人の資質がより顕著に評価されることになるだろう。全ては君次第だ」
ごくりっ……と生唾を飲み込む。嘗て無い緊張感に肺や心臓がキュキュッと縮んだんじゃないかと思うくらいの息苦しさに襲われ、更に熱さが込み上げる。
――なんてやりがいのある仕事なの!
握られた手に、逆に喰い付く様に力を籠め、微かに憂いの色の見える深紅の瞳を力を込めて見詰める。すると、視線の圧が強すぎたのか、合わせた目を僅かに逸らしたハディスが苦笑を漏らした。
「……けどね、僕としては理詰めよりも気持ちを優先したいんだ」
それは、わたしの見て来たハディスとは思えないくらい弱々しく、自信なさげな声だった。
「僕にとって、僕の魔力の化身である緋色のネズミ達は、幼い頃から虐げられる原因となっていたから、ずっとコンプレックスの元でしかなかった。だから女神から選ばれた神器と言われていても、疎ましく思う気持ちが捨て切れないでいたんだ。けれどそれをセレが救ってくれた。もしセレが神器の継承者じゃあなかったとしても、僕を魔力ごと認めてくれたセレが良い。」
そこまで言い切ったところで、ハディスはわたしの手を取ったまま、その場でそっと腰を落として跪き、まっすぐな瞳でわたしを見詰める。いつもの様におどけた様子はなく、彼の紅色の魔力と同じ真摯で力強い意思の宿った瞳だ。
「ずっと側に居て欲しい。護衛らしく君を完璧に護れる者……――とは言えないほど、自信のない不完全な僕なのは申し訳ないけれど、僕にはセレの存在が何より大切な心の支えなんだ。情けない男の必死な本心だよ」
騎士らしく、凛々しく愛を請う姿を見たのなら、わたしはもう少し冷静になれたのかもしれない。
けれど、実際に目の前に跪いている男は、そこまで言い切ったところで緊張の糸が切れてしまう様な、ちょっとばかり抜けて、頼りないところがある男だ。自信なさげにへにゃりと眉尻を下げた、少し垂れ眼の愛嬌ある見慣れた姿に、ほっこりするどころか庇護欲が沸き上がって来るんだから、わたしも始末に負えない。
「僕が幸せになる自信はあるんだ。だから必死にセレの利益になることをプレゼンしてみた。使える手段は全部使おうと思って、人脈を利用して君の功績をこの場でみんなに知らしめ、君がいかに凄い女性かを伝える機会を作った。誰も僕とセレの婚約に異論を唱えることなんて出来ない。僕が君に対して愛する気持ちを持てる事こそが僕の利益だ。その気持ちが温かさになり、心強さになって、僕を前に進める力をくれるし、自信だって持てるから」
――あぁ、そこまで言われて断る理由なんてないわよね。
「ハディ……。わたし、貴方を護るために出来ることはそんなに多くないかもしれない。けど、そのままの貴方が一番かわいいって思うから、全力で貴方を護る道を切り拓きたいと思うわ。一緒に進む、わたしの未来のためにも。――婚約のお申し出、有難く受けさせていただきます」
はっきりと告げると、ホール中に轟音の様な歓声が響き渡った。
誰が何を叫んでいるのかなんて全く分からない、喝采による嵐。
そんな中、ハディスは顔全体をくしゃりと歪める満面の笑顔を浮かべると、手にしていたわたしの左手の薬指に恭しく唇を落としてくれたのだった。
わたしとハディスの婚約が正式に発表された後に行われたパレードでは、国王と王妃、そしてアポロニウス王子が華やかに飾り付けられた4頭立ての4輪馬車に乗り込み、わたしたち神器の継承者はそれよりも少し小振りな2頭立ての4輪馬車2台に分かれて乗り込んで、ゆったりと街を巡った。
どんなメンバーで乗り込んだなんて聞くまでもないわよね?やっぱりと云うか、わたしの乗る馬車にはここでも当然の様に護衛ズの赤銀が揃って乗り込んで来たわ。
ただ、これまでの様に大渓谷の並び順にはなってない。だって、わたしは理想的な婚約者であるハディスと一緒にいるんだもの。ハディスの膝の上に横座りをして、街道に居並ぶ人達に笑顔で手を振っている。
「ハディ、オルフェ!見て、串焼き屋さんが手を振ってくれてる!!王都警邏隊の皆さんもいるわ!」
「うん、さっきセレの雄姿を見たばっかりだし、妬けるくらいセレへの声援が多いよね。ちょっとセレの事ばっかり見すぎじゃない?」
「桜の君?本当にこのように狭量な赤いのを選んで良かったのですか?いつでも思い直される時はお声をお掛けください。何百年でも先の時代へお連れ致しますから……ね」
薄い笑みを浮かべたオルフェンズにゾクリと背筋が冷える。相変わらずこの男は本気だ。わたしは今を頑張るって決めたんだから、はっきり言っておかないとまずいことになりかねない。
「え、遠慮しておくわオルフェ……。だってわたしはこれから公爵夫人としてバリバリ新商品を開発して一大ムーブメントを起こすのよ!バンブリア商会の名を周辺国にも轟かせて見せるわ!!」
まずはお客様のハートをゲットしなきゃ!と、ハディスの膝からすっくと立ちあがり、人垣に向かって満面の笑顔を振りまいて手を振って見せる。
「みなさ―――ん!みなさんの温かい声援が何よりもわたしの力になります!わたしの力は頼もしい皆さんのお陰です!!皆さんの事が大好きです!一番は最愛のハディだけどねっ」
「「「「「「はうっ」」」」」」
なぜか元気に手を振り返してくれていた人たちは、胸を押さえて蹲ってしまった。
なんで?と首を傾げていると「もういいから……」と、ハディスの腕がわたしの腰にがっちりと巻き付けられて、膝の上に引き戻されてしまう。
ちょっと不貞腐れているのは焼きもちを焼いているからだろう。
「本当に可愛い人ね」
「セレには負けるけどね」
街道をゆく馬車の中、温かいと感じるのは歓声を送ってくれる人たちの声援なのか、それとも寄り添う相手の居る心強さなのか……どちらにしても、とっても心地の良い居場所なのには違いない。
わたしは人の温かさを心の支えに、堅実に確実な利益を追って、これからも更に上を目指して進み続けて行くつもりだ。
御伽噺のお姫様が女神をやっている様な、ふざけた世界に転生させられたけど
今を生きるわたしはとことん実利を求めて進み続けてみせる!
―――愛する人と幸せに生きるためにね。
女神が『かぐや姫』なんて!
《完》
―――――――――――――――――――――――――
最終話までお読みくださり、ありがとうございます!
大枠のみ先に作り、細部はキャラクターの意思に任せて順次組み立てて行ったお話で、想定以上の長編となったにも拘らず、たくさんの方にお付き合いいただけて嬉しかったです。
皆様のおかげで、途中で折れることなく最終話まで毎日投稿で走り続けることができました!
今後は後日譚や番外編で書ききれなかった部分を書いていけたら、と思います。
ぜひフォローはそのままで……(。>ㅅ<。)
■ お願い ■
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