第147話 ちょっとプレゼンさせてもらっていいかな?

「じゃあ聞くけど、黒い魔力分布図のレポート、これを提出したのは?」


 何故か突然ハッキリとした声で大広間に響いたのは、そんな場違いな言葉だった。突拍子もない発言の主はポリンドだ。見覚えのあるルーズリーフに纏められたレポートを美しい顔の側にペラリと持ち上げて、誰もが見惚れる妖艶な笑みでこちらを見詰めている。


 ――あれはわたしが、月見の宴の時に見た魔力分布を纏めたもの!なんで今持って来てるの!?


「……わたしです」


 思い切り首を傾げたい気持ちをぐっと堪えて、なんとか答えを口にする。

 すると、国王の側に佇んでいた近衛騎士のうち最も多くの勲章を胸に付けていた男が、徐に一歩踏み出す。焦げ茶色の髪と、大柄で厳めしいこの男に既視感はあるが、騎士団本拠地で出会った一人だと記憶している程度だ。わたしとは大した係わりは無いはずだけれど。


「私は第一騎士団団長ポルトラスと申す者です。バンブリア様のお書きになられたその分析書のお陰で、魔物の大量発生する場所を予め掴み、近衛兵ら戦力を有効に振り分けて、被害を最小限に留めることができました。それがなければ今頃はどれだけ大きな被害が出ていたか知れません。我々騎士団は貴女に最大の感謝と敬意を捧げます」


 物々しい物言いに全身が強張る。そんな凄いことをした覚えは全く・ない。どちらかと言えば、文化体育発表会の課題のついでみたいなものだったのだから。


 戸惑う間もなく、今度はミワロマイレ大神殿主が、肩甲骨までの鮮やかな黄髪を手で後方へサラリと払いながら前へ出る。


「神殿内部の危機に逸速く気付き、私を含めた愚かな思い違いをしていた者達を、その力で戒めたのは誰だったかい?」


 婚約破棄騒動に神殿が絡んでいたから止むを得なかったのだけれど、言える雰囲気ではない。

 更にその言葉を引き継いで堂々たる儀礼服姿のイシケナルが、紫紺のマントを翻してわたしに向き直る。


「私の心棒者たる生成なまなりが、道を踏み外すことなく力を得るに至るきっかけとなった、樹海のあの場に、私と共に居た者を私は忘れんぞ。お前の存在があったからこそ、きやつは人の心を失わぬ生成となるに至った」


 仲良く生成ムルキャンの初期型に追い掛けられた、あの時のことを言っているのだろうか。あの後何日かは、あの悪夢から出て来た様な姿のムルキャンが、しばらく夢に出て来てうなされたわ。


 更に思いがけない人物からの言葉が続く。その場での最高位を頂く人物が、会場の貴族たちを睥睨しつつ重々しく口を開く。


「何より、古来から漫然と続いていた忌まわしき行いの無意味を見破り、逃れようのなかった我々を解放した6人目の神器の継承者――天の羽衣セレネ・バンブリアよ……そなたの献身は、あの動きを止めた2つの暗き大石が何よりも雄弁に物語っている。王家に連なる我々には何よりもその意味の大きさが理解できておる。歴史をも塗り替える偉業、このフージュ王国の有り様を根底から変える勲功だ。そなたの存在は既に国の命運を変える程のものとなっている。いや、変えたのだ!」


 国王の言葉に、会場中が水を打った様にしんと静まり返る。婚約破棄の場の注目なんて比じゃないくらいの視線と興味をひしひしと、感じる。デウスエクス国王の実質上の後ろ盾宣言だ。もはや誰も異を唱えることはできまい……。

 更にアポロニウス王子が前へ出る。


「バンブリア嬢のお陰で、私は父を喪わずに済んだ。そして父が居なくなった後は私が引き継ぐ筈だった、生命を削る鎮護の魔法行使を終わらせてくれた。間接的に、私は貴女に命を助けられている。」


 今度は命の恩人と来た。一体どんなスーパーヒーローを讃えているのだろうと、笑顔を浮かべたまま遠い目になってしまう。けれど、攻撃の手はまだ止まない。ポリンドが挑戦的に口角を吊り上げた笑顔でわたしに強い視線を送ってくる。


「これだけの王国への多大なる功績を持って尚、公爵程度の夫人も勤まらない立場だなんてふざけた言葉は、他人はもちろん、貴女自身だって言えないでしょう?」


 ――やられた!祀り上げられた!!


 驚きが過ぎれば、笑顔のまま固まることも可能だと初めて知った。困惑のままバタつくことも、気を失うこともできない。けど、わたしには譲れない想いがある!


「けれど、わたしはただ権威を手にして公爵夫人になるよりも、苦心して物を考える商品開発を続けたいし、自分たちの力で商会を発展させたいのです。権威に縛られない、わたしたちの発想と想像力で。物を創造するのがなによりも好きなんです。わたしの生きる意味が、誰かの思惑に流されるのは嫌なのです!」


 ――そう、かぐや姫の勝手な自滅願望のために、異世界から引き寄せられたわたしだからこそ、この世界では自分の望みを叶えるために流されることなく一生懸命に努力したいの!


 強い意思を持って主張するわたしを見て、それまで黙って成り行きを見守っていたハディスが、大きく息を吸い、すぅ――と長く吐き出す。

 呼吸音が止まった瞬間、流れるような動作で静かに左手を取られた。




「セレ?ちょっとプレゼンさせてもらっていいかな?」




 思い切ったように告げられた言葉は、その場にあまりに似つかわしくないもので……ポカンと目を見開いたわたしに、ハディスが目尻を下げてへにゃりと笑った。

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