第146話 婚約解消ね。

 午前から始まった一連の行事も昼を過ぎ、残すところは功労者である神器の継承者を讃え披露する式典と、泰平の世のアピールのために企画された王族と継承者を伴うパレードのみとなった。


 いよいよわたしが6人目の神器の継承者として式典の場で、フージュ国王からこの大人数の前で寿がれてしまうのだ!家族と一緒にのんびりしていられるのもここまで。継承者として披露されてしまえば否が応でも注目を浴び、その他大勢として広間に埋没していることは出来なくなるだろう。


「セレ、迎えに来たよ。」


 純白の儀礼用騎士服が目に眩しいハディスがわたしの前に立った途端、あちこちから射る様な視線、値踏みするような視線、好奇の視線……様々な意図を持った視線が注がれる。まぁ、そのほとんどは「誰だコレ?」って云う胡散臭いものを見る目なんだけどね。けど、継承者、そしてハディスの婚約者として発表されてしまえば、これ以上の視線を集めることになるんだろう。


「ハディ!有難う。緊張するわ……ハディは落ち着いたものね。さすが王弟だけあるわ」

「いや、僕もとんでもなく緊張しているよ。これからの事を思うと。」


 堂々としているように見えるけれど、彼なりに穏やかではないらしい。うちの家族へ緊張の伺える表情で目配せをするハディスに、可愛いところもあるものだなーと微笑ましくなる。


 ――うん、頼りになるハディスだけど、こんな可愛いところがあるのを知ってるのは婚約者のわたしや家族だけの特権よね。婿入り後はしっかりわたしが護るからね!


 密かに心の内で拳を握って決意を新たにしていると、これまでどこか強張った表情をしていたヘリオスが、強い光を湛えた瞳を真っ直ぐハディスに向けて口を開く。


「ハディアベス閣下、貴方のお考え通りに事が運ばなかった暁には潔い決断を望みます。」

「ヘリオス?いったいどう云う……」


 言い掛けたところで、国王陛下直属の侍従がわたしとハディスを迎えにやって来てしまった。いよいよ式典が始まるのだ。気遣わし気な視線を寄越すヘリオスと、いつも通り商人らしいにこやかな笑みを浮かべる父、そして何故かこっそり胸の前で握り拳を作ってエールを送ってくれる母の力強い目―――応援してるから思う通りやって来なさい!そう言われている気がするけど・なんで??

 何が何やら分からない困惑状態のまま、わたしは国王陛下を始めとした、王族、神器の継承者の集う大広間最奥のステージへと立つ為に、そこへ続く10段の階段を軽やかに上ったのだった。




 デウスエクス国王より、過去より蘇った帝とかぐや姫、そして6人の神器の継承者たちの此度の活躍と献身が華々しく発表され、その活躍によりポリンドとハディスが王家直轄の所領を得、公爵位となることも併せて発表された。


「――婚約解消ね」


 国王からの発表を、皆が笑顔で受け入れ、喝采を叫んでいる中、いつもの様にぽろりと唇から零れた言葉は、大きくはなかったのに隣に立つハディスにはしっかりと聞こえていたらしい。

 驚きの表情を向けて来るハディスに対し、わたしは至極当然の流れを口にしただけで何とも思っていない――そう表すために、穏やかな令嬢らしい微笑みを浮かべて、満場の歓声に笑顔で応えている。

 舞台の下で歓喜の表情を浮かべる人達には聞こえない、ステージ上のわたし達だけに聞こえる会話だ。こんな些細なことで式典を壊すわけにはいかない。


「わたしはしがない男爵令嬢だもの。残念だけれどお別れね。未来の公爵夫人と仲睦まじく、うちの商会を御贔屓にしていただけたら有難いけど……男爵家の持つ商会には高位貴族への販売権は無いから無理ね。これで会うこともないでしょうけどお幸せに」


 ハディスもいい年だ、さっさと公爵夫人にふさわしい相手を見付けて欲しい。御誂え向きに、今この場には王国中の貴族が集まっていて、婚約者を見付けるのには丁度良い。ただ、わたしが見ている前でハディスがあちこちに声を掛けるのを見るのはちょっと辛いから、すぐにここから立ち去るから、その間だけ待って欲しい―――。


「違うって!そんなつもりじゃないから。セレを手放す事なんて考えてないよ。セレ以外に僕が側に有ることを望む相手なんていないから!」


 いきなり、大きな声で告げられてギョッとする。ステージの上でなんて事を……と驚きの表情を隠すことも出来ずにハディスを見遣ると、怒ったような、少しだけ悲しそうな、真剣な面持ちのハディスと真っ向から視線が合った。


「僕は、セレが側にいてくれるならと、公爵位を受け入れたんだ。君とならやっていけるって。そして君にもこの地位は相応しい」

「買い被らないでください。わたしは高位貴族の教育なんて受けてないわ。それに、公爵の奥方になれるような地位にも無いもの」


 ステージの上で始まったわたしとハディスの遣り取りは、意外なほど必死の抵抗を見せるハディスが、衆目を憚らず強堅に主張したお陰で、誤魔化しようがなくなってしまった。

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